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18.

 

「では、入海(いりうみ)先生ご自身についてお尋ねしたい」


「私自身について」


「ええ。主に行動の話になります。抗争の起こる前のことが一点。入海先生は往診で、安紫(あんじ)会の若頭(わかがしら)を訪ねたこと。劒物(けんもつ)大学病院側は、そのことをまず最初は把握をしておられた。先ほどもお話しましたが、我々は社に()て大学病院側から連絡をいただいたんです」


「ええ。そして今は私がこうして、釆原(うねはら)さんを訪ねている。ということも病院としては既に把握していると」


「そのことはひとまず。少し話を戻します。若頭を往診する。安紫会の事務所へ向かわれたのは、入海先生ですね」


「ええ」


「往診へ向かわれたというのは、あなた自身のご意向でしょうか。それとも誰か他の(かた)の代わりに。安紫会の事務所を訪ねた」


(ほか)の方、そうですね」


入海暁一(いりうみあきかず)


彼は考え込んだ。







釆原凰介(うねはらおうすけ)の自宅。

入海が来てから話を開始するまでに、たっぷり時間を取る。

皿に入っていた、調理後の肉は二人の腹の中だ。


今はそれぞれカラになって、テーブルの上。

釆原と入海は、お互いに向かい合わせだ。

サッポロの瓶。







「私の聞いたところによるお話です。安紫会の事務所へ往診に向かうにあたり、最初にお名前が挙がったのは湖月先生でした。そう記憶しています。釆原さんは湖月(こげつ)先生をご存知でしょうか」


「ええ。湖月康天(こげつこうてん)先生。外科の名手とお聞きしました。自分の手術の時にも執刀された方です。伊豆蔵蒼士(いずくらそうじ)の腫瘍の手術を以前、担当されたらしい」


「あなたの手術、といいますとそれは抗争の」


入海が言うので、釆原は肯いた。


匕首(あいくち)による腹部の怪我。


手術により縫合がなされている。


伊豆蔵蒼士。


安紫(あんじ)会の若頭の名前だ。


「劒物大学病院で主に外科を担当していらっしゃる」


釆原は尋ねた。


入海は答える。


「ええ。湖月(こげつ)先生は精密な作業を徹底的にし尽くす、ということにかけて。誰に引けを取るという枠を越えておられる。劒物大学病院という中だけではありません」


「なるほど」







三杯目を瓶から注ぐ。

中身の減りが急速になった。

入海にもどんどん酔いが回っているはずである。

そして自分にもだ。

釆原はそう思い始める。

情報を()き出すことにおいて。

情報を話す側において。

酔いは良い方向に回りつつある。

かもしれない。

入海は、失踪から戻ったばかりだからだ。


「解放」と入海は言った。

ただ失踪についてはあまりまだ、自身で言及する部分がない。

会話の中で。







五日間。

その(あいだ)、入海は姿が見えなかった。

劒物大学病院から、安紫会の事務所へ。

そして事務所から、どこかしらへ。

抗争の最中(さなか)だった。

入海としてはどうやら、「連れ去られた」という言葉が適切なのかもしれない。


だが釆原は、失踪に関するあらゆることを、五日間では確認することが出来ずにいた。

それは日刊「ルクオ」をはじめ、安紫会を管轄内としている西耒路(さいらいじ)署も同じくである。

抗争が起き、盗難があり、動画企画の失敗がある。

失踪もある。

(おおやけ)にしないまま五日。

そして酔いがない場合は、入海としても口を開くのに今よりも(かたく)なであったかもしれない。

調味料とフライパンと料理。

そしてビール。

落ち着く上での食事はなんとかなったと思われる。


釆原としては入海本人から、失踪の情報を得たい。

そう思った。

だが、入海の話には矛盾も存在する。

「入海がどのような経緯で、安紫会の事務所へ向かうことになったか」。

そこを出発点と決めた。






入海。


「そう。腫瘍の手術でしたね。若頭の」


「ええ」


「往診の話に戻ります。安紫会さんから連絡をいただいたのは、予定の二日前です。湖月先生には二回、手術の予定がおありでした」


「二回ですか」


「ええ。電話で安紫会から連絡を受けたその日が、一回目の手術。そして次の一回は、事務所側への往診日です」


「すると九日と十一日。湖月先生の執刀があったと」


「そうです。日程を御存知でしたか。記者さんは情報がお早い」


入海は微笑した。


釆原は少々慌てた。







質問しているのはこちら側である。

だが入海のペースにも乗せられつつある。

そう思った。

少し呼吸を整える。

酔いと落ち着きの間を行き()


入海はグラスを口へ運ぶ。

テーブルの瓶は二本目に差し掛かる。


組員に関すること。

往診。

大学病院側と安紫会の関係。

往診となれば、それは組事務所の話になるのだ。

であれば、病院側としてもそれ相応の準備をして(のぞ)む。

医師としても、大学病院側としても。

何名か候補の医師の名前が挙がった。

それは釆原も事前の調査で把握済みだった。


往診を受ける予定だったのは伊豆蔵蒼士(いずくらそうじ)だ。

整形外科だった。

テーブルの瓶は、更に増えるかもしれない。







「十日。その日は()いておられた。湖月先生も、安紫会の事務所へ伺うことが出来た。確かそうだったと私の記憶では」


「ええ」


「安紫会の幹部候補として、洋見(なだみ)さんという(かた)がいます」


洋見仁重(なだみとよしげ)でしょう。知っています」


「その洋見さんです。最近特に、若頭と近い位置で動くことが多いそうです。我々病院側の人間としても、その(あたり)はお話をしやすい方に行っていただくのが適切ではないかと」


「しやすいというのは交渉などを、ということですか」


「ええまあ。既知の人間が伺う方が、先方としてもあまり警戒をせず対応して下さるでしょう。そう判断いたしましてね。私と同じ整形外科の、中逵(なかつじ)が事務所へ伺う候補に上がりました」


ここまで。

釆原が菊壽作至(きくじゅさくし)五味田茅斗(ごみたかやと)と共に、推測した流れと同じである。

菊壽は釆原の同僚で、五味田は後輩。

伊豆蔵の若頭。

その手術を担当する候補として最初に挙がったのは湖月康天。

それから中逵景三(なかつじけいぞう)という医師の二名。

入海はそう聞いていた。

そう記憶しているという。







「湖月先生は、安紫会の事務所へよく出向(でむ)かれていたそうですね」


釆原は言った。


数登珊牙(すとうさんが)からの情報である。

数登は葬儀屋、釆原は記者。

いろいろあって友人である。







入海の今回の失踪の件は、一番の謎でもあった。

謎というのは一つだったら、謎は一つで終わる。

ところが今回は出来事が立て続けに起きている。

それ故か、失踪という件がより目立って見える。


数登(すとう)九十九(つくも)社の葬儀屋である。

個人的な謎の依頼。

それから刑事の担当する案件に首を、突っ込みたがる性質がある。

安紫会の件にも興味を示した形だった。

釆原としてはいまだ、外部には知らせていない。

入海が戻ったということについてだ。

それは数登にも。


数登は入海の失踪に関しても、動いている。

彼が情報を持っているのもその一環だ。

安紫会の事務所では、入海の失踪の他、盗難なども発生。

ために、西耒路(さいらいじ)署のガサ入れの対象になった。

数登は刑事の怒留湯基ノ介(ぬるゆきのすけ)と、それからマル暴の炎谷(ぬくたに)と一緒に、洋見(なだみ)と若頭へ話を訊いた。

湖月に関する情報は、その時に得た情報だという。







「十日は空いていた。その次の当日十一日。事務所へ向かう候補として、湖月先生のお名前は挙がらなかったということでしょうか」


「ええ。十一日、先生は手術の予定がおありでした」


「なるほど」


「私自身、安紫会の事務所へ行くというお話は、事前にいただいておりました。ですが十一日は別の用で出る予定が入っていた。そちらが急遽取りやめになり、時間が空きました」


「入海先生もまた、事務所を訪ねるという候補に挙がったのですね」


「はい」


「安紫会の幹部らとお話をしやすいというのは、どんな経緯があったのでしょう」


「ああ、中逵(なかつじ)のことですね」


釆原は肯いた。


知っていたが()えて訊いておく。







釆原はこの件に関して、劒物大学病院側の関係者へ話を訊いていた。

菊壽と五味田とも情報を共有している。


「お(はなし)をしやすい」ということ。

何かと警戒されずに話をしやすいという意味だろう。

組員というのは少しの反応で、大きく返して来る場合が多い。

往診をする病院側として、大きく反応されては、診察をするという意味においてメリットはあまりない。


組員側と壁を作らないで話が出来る。

その必要があったということだろう。

中逵は洋見仁重と大学が同じだった。

ただもちろん、学部は異なる。

それでも、同じ大学であれば。


というのは安直な考えかもしれない。

ただ適任であったと判断されたのはそうなのだ。


入海が、安紫会の事務所へ赴いたのは十一日。

その二日前、九日に電話を受けて劒物(けんもつ)大学病院は人選を始めたということになる。

ただすぐに人を選んで決定出来るわけではなかった。

一度、往診前に事務所へ出向いたという情報を得ている。

事務所に行ったのは、中逵と螺良青希(つぶらあおき)という医師。

それから、研修医の軸丸書宇(じくまるしょう)







釆原が気に()かっていたこと。

何故入海が往診へ向かうことになったのか、についてである。

何か理由があるのだろうか。

入海の意思か、それとも他の意向を()んでか。

その辺りの状況について。


今の段階で。

釆原と菊壽と五味田、日刊「ルクオ」の三人が話を聞きやすそうとして判断しているのは一名。

軸丸書宇である。

入海は失踪から戻って来る見込みが、今の今までは見えずにいた。

軸丸から何か聞けるのではないかと、三人で考えていた。


だがいまは釆原の眼の前に、入海がいる。

軸丸の情報を入海に尋ねることも出来るだろう。

だが今知りたいのは入海が、事務所へ向かった経緯である。


その経緯をはっきりと今尋ねてしまった方が早い。

中逵や螺良、軸丸からは連絡先を得ているが、彼らに聞いて得られるかもしれない情報。

今、入海に尋ねれば一発かもしれない。

だがそれは安直である。


釆原が既に知っている情報をまた回って話していることになる。

そういう場面も多い。

洋見と中逵の大学の話もそうなのだ。

既に菊壽(きくじゅ)五味田(ごみた)と共有している情報だ。







「同じ大学だといっても、それぞれ学部は違うのでしょう。大学名は」


「当然学部は違うでしょうね。東実(とうじつ)大学と言います。大学は一つと言っても学部は多いはずですから。あなたもそう思うでしょう」


入海はビールが進んでいる。


飲み過ぎるということはないが、進んでいるのは明らかである。


「ええ。思いますね。中逵さんは医学部、洋見は情報工学部とお聞きしております。中逵さんに関しては大学病院の(ほう)に。洋見の大学については、()の件で聞き知ったものです」


入海は苦笑した。


「知っておられる」


「ええ」


「では、安紫会で少々動きがあったというのは、ご存知でしたか」


「と、言いますと」


「そう(おっしゃ)いますがね。知っているのでしょう。敢えて言わせてください」


入海はグラスを口へ運んだ。


飲むペースはちびちびだ。


「動きがあったんです。中逵が若頭の往診へ行くことでほぼ確定していたんです。ですが変更になった。急遽ね」


「何故でしょう」


入海は少々間を置いた。


「安紫会の動きによるものです。刺激になることは少しでも避けた方がいいと」


「ほう」


「それから、阿麻橘(あおきつ)組のお話になります。少々この話は物騒ですが」


「でしょうね」


釆原は言った。


入海は眼を丸くする。


「入海先生は、阿麻橘組へ口をつぐむように言われていたのでしょう。その話は大丈夫なんでしょうか」


「ああ……いえすみません」


入海は少々、戸惑うように。


「阿麻橘組が抗争を仕掛けた件ですね。安紫会の関与を疑ったという話は既に、自分らも情報として持っています。(おおやけ)にもなっています。他殺体が出たという情報でしょう。違いますか」


「ええ……刺激しない(ほう)がいいと言ったのは、そのことだったのです。安紫会さんの動きがあったという、情報が病院側へも入って来ました。恐らく洋見さんと若頭も、他殺体の件に関して敏感になっていると。そう判断したのです」


「中逵さんを行かせるのは逆に危ないかもしれないと」


「そうです……」


入海はテンションが落ちた。


「逆に今まで往診へ行ったことのない私ならどうかと。中逵から言われましてね」


「なるほど」







入海先生が往診へ行くことになった経緯はこれで掴んだ。

そのはずだが()せない部分は残る。

特に病院関係者の細かい動きや情報などは、今の入海さんの話からは把握出来ていない。


釆原は入海のことがあってから、今の時間も引き続き外側への連絡及び確認を放棄している。

軸丸(じくまる)から何か来ているだろうか。

といっても何もまだ話や情報共有の開始点としてはゼロなわけだ。

何か来ているとしてもメールアドレスか、何か短い話題だろうな。

釆原は考え込んだ。


怒留湯(ぬるゆ)さんに、何か連絡を入れた方がいいだろうか……。







「分かりました。あなたが安紫会の事務所へ、往診へ行った経緯については大体把握出来たことになります」


「お役に立てましたか」


「ええもちろん」


入海は苦笑する。


「ただ私は、抗争の最中(さなか)についてのことは。よく憶えていないんです。恐らく……」


「突然でしたか?」


「頭をこう、何か殴られたか。なのでしょう。記憶がないのです」


連れ去られた時の状況だろうな。


と釆原は思った。


「違う場所へ居たのは目が覚めて、気が付いてから知った。ということでしょうか」


「ええ」


入海は肯いた。


要するに、阿麻橘組側のどこかの一室とか、そんな感じだろう。

手荒なことはされなかったと入海は続けて言う。

だがそれもまた、酔いが手伝っているからこその発言かもしれない。

実際にはかなり、やつれていたのだ。







釆原は続けた。


「では。あなたの方はいかがだったんです」


「と(おっしゃ)いますと」


入海は眼をぱちくり。


「あなたのご自宅ですよ」


「ああ……」


入海は眉をしかめた。


(なん)でも、安紫会側ではあなたの失踪に加えて、盗難も発生したという話です。似た点が多いと言いますか。気になりませんか」


「荒らされていたのはそうです。それは、気には掛かっていますが」


「何か心当たりは」


「心当たりですか」


「ええ」


入海は考え込む。


「何かなくなっていたとしても気が付くことが、出来なかったかもしれない。そして心当たりとなると」


入海は(あいだ)を置いた。







阿麻橘組から解放されて自宅へ戻った。

荒らされているという状況を見て、すぐそのまま出たのだろう。

釆原が安紫会の事務所を張っていた時に見た姿と、今の入海の服装は違う。

白衣ではないのだ。

だから自宅へ置いてきたのかもしれない。

混乱したのかもしれない。

応急的に、下着は新品の物を何枚か渡してある。


しばし沈黙。

夕方を過ぎ、()む回数は記録を更新し続けた。

今は呑んでいない。

そろそろ寝るにはいい時間だろう。

大分(だいぶ)夜は深まった。


釆原は皿の片付けを始める。

入海は考えに耽っている。


流れる水の音。







明日以降。

入海さんと引き続きの情報共有は行いたいところ。

ではある。

それに安紫会の縁側。

事務所の縁側だ。

入海さんと洋見(なだみ)の会話も、予想で追加があれば書き出す。

怒留湯さんなら書き出す作業というのは、当に終えているだろう。


幸いかそうでないか、あるいは抗争の前後だったからか。

正確には口の動きだけの映像だが、釆原は鮮明に憶えている箇所があった。







釆原の想定内で、入海は話をつないだ。


「荒らされていたことは、それは何かきっと、阿麻橘組の組員が侵入したのでしょう。としか現時点では考えられません。私は実際、一時的に阿麻橘組へ居たことになる。組員さんとしても侵入くらいはお手の物でしょうから」


「安紫会へは往診に向かわれただけなのですね。それなのに何故、あなたが阿麻橘組に狙われたのかについては」


入海を阿麻橘組が連れ去ったということ。

入海の部屋が荒らされていたこと。

そして大学病院側が、入海が解放されたという情報を彼自身、知らせていないにも関わらず。

既に持っていたこと。

その三点。







「心当たりと言っては、何も浮かばない。ただ気が付いた点もあります。阿麻橘組の幹部の(かた)が、多く出入りしていたと記憶しています」


「あなたが今日解放されて、それから出て来た場所においては、ということですね」


「ええ」


釆原(うねはら)は頭を()いた。


弱ったな……。

大切な部分のはずである。

知りたい根幹の部分がある。

入海は何故失踪したのかという部分だ。

それが現時点で全くもって、分からない。







阿麻橘組で出た他殺体。

確か河川敷にて()られていたという話だった。

阿麻橘組としては、安紫会に抗争を仕掛けるという。

その理由になるには、十分だったかもしれないが。


確かに安紫会の抗争が起こったという要因には、成り得るかもしれない。

だが失踪も大きい。

入海の失踪やその前後。

それも抗争に掛かる何か要因に成り得る、と考えたとしても。

あまり不自然ではないはずだ。

そう釆原は思っていた。


だが何故、失踪したのかという根幹が見えてこない。

解放されたと言っている、入海本人の話から見えてこないのだ。







「入海先生は病院側に知らせなかった。と(おっしゃ)いました」


釆原は言った。


「明日以降はどうなさいます。自分としては『一日』と言いましたから、明日の夜まででも構いません。あなたの荒らされた部屋についても、外部と連絡を取るのかどうかを考えたい。あまり放置もよくないでしょう」


「その件なのですが、というか少し話は変わるのですが」


「どの件でしょう」


「私の心当たりというか。少々予想したことがあります」


「ええ」


「安紫会の事務所へ行ったのは、私です」


「ええ。それは既に説明をいただいている」


「そうです。実際に事務所へ伺ったのは私です。安紫会の組員の方々とお話もいたしました」


それも既に知っている。


と思った。


だが釆原は黙って聞いている。







釆原と菊壽と怒留湯で、安紫会の事務所を張っていたということについて。

いまの時点では入海に話を出していない。

警察と日刊「ルクオ」でも、そのことを知っているのはごくわずかだ。

数登(すとう)やそれから五味田(ごみた)桶結(おけゆい)への共有。

あとは少々それに関わる人々のみである。







「お話をした、といいますと」


釆原はビール瓶へ取り掛かった。

酔いが更に一周回った。

変な意味で覚醒しそうである。

それは入海も同じかもしれない。







「大したお話はしていません。ただ……そこなんです」


「そこ」


「ええ。私が安紫会の組員さんとお話をした。その様子を阿麻橘組の幹部の方々(かたがた)が見ていたとなれば」


入海は少しずつ飲んで呼吸を置いた。


「安紫会の方々から少しでも話を得た私を、阿麻橘(あおきつ)組の方が利用しようとお考えになる可能性も」


というと心当たりということになるか。


「予想になりますが、安紫会と阿麻橘組の一部です。一部の組員さんがつながっているという可能性はないでしょうか」


何か心当たりというよりも、入海の話は予想外の方向へ飛んだらしい。


釆原は驚いた。


「安紫会と阿麻橘組は、敵対勢力同士ですよ。事実あなたは『解放』されたばかりと(おっしゃ)った。それにあなたはご自身の部屋も、荒らされていたと言って、それで……」


頭を掻いた。


「俺には何が何だか分からなくなってきました」


「いえ、あくまで予想と言ったでしょう」


入海は苦笑した。


「申し訳ない。ただあなたを混乱させるつもりは全くない。あくまでも予想なんですから」


「それは分かりますが」


釆原は少々間を置いた。


「どうなんでしょう。いずれにしろ自分は外部の仲間と情報を共有するつもりではいます。ただ(おおやけ)にするかしないかはまた別です。その上で、安紫会と阿麻橘組の一部がつながっているというのはあなたなりに、何か根拠はおありでしょうか」


入海もまた少々(あいだ)を置く。


「何か根拠……ですか……」


それから苦笑する。


「私は往診へ行った際に、洋見さんとお話をしています。ただそれだけのことなんです。(たい)したお話もなかった」


一応だが判断のしがいは、十分ある。

これから考え得るべき問題でもある。

と、釆原は思いつつ。







入海は続けた。


「洋見さんは今、阿麻橘組としても見て見ぬふりを。することの出来ない存在のようです。何しろ幹部候補だ。そして阿麻橘組と安紫会とは敵対関係にあります」


「ええ」


「ですが一部の組員さんが、仮に安紫会とつながりがあるとする。それを利用しようとしているなら、どうでしょうか」


「利用、ですか」


「ええ。私は洋見さんと大した話をした記憶はありませんが、阿麻橘組さんもそこは情報が早いでしょう。私は洋見さんに若頭の伊豆蔵さんのお部屋へ案内された。安紫会で盗難があったと先ほど釆原さんは仰いましたね。仮にそれが敵対勢力のやったことであるとするならば、事務所内に事前に何か。仕掛けておくこともやってのけるかもしれません」


「入海さん」


釆原は言った。


「安紫会の事務所へ侵入するためには、それ相応の段階を踏まなければならないと思います。態勢は固いはずです。監視カメラは何台もあったはずです。地下の部屋住みも外部への対策に向けては、相応の指示を受けて仕事をこなしたりする連中だ。それ相応なんです」


「ええ。ですから安紫会の一部と阿麻橘組の一部の組員さんがつながっているとすれば、今仰った段階というのが、少し容易になるのではありませんか」


釆原はハタと入海を見()えた。


安紫会で起きた盗難とそれから、動画企画の失敗もあった。

じゃあ、俺の調べようとしている(すじ)は何かが違うということなのだろうか。

劒物大学病院と西耒路署。

当たるところが違うのか?

それとも、入海の言っていることは。

やはり矛盾があるのだろうか。







「あなたの(おっしゃ)るように、一部がつながっているとしても」


釆原は言い始める。


「今現在は多くが、西耒路署で取調を受けているはずです。対立勢力であることに変わりはない。つながりがあったとして両者に、何かメリットはあるのでしょうか。結局は抗争を起こした者同士ですよ」


「ええ」


「あなたが拘束されていた時に感じたことですよね、今までのお話は。あくまでも」


「ええ。ですから事実でも(なん)でもないのです。ただ私の予想でしかない」


「あなたが抗争中に姿を消したのは阿麻橘組が関わっていたこと。それは間違いありませんね」


入海はただ(うなず)いた。


「ただ……」


「ただ?」


「阿麻橘組のどなたかが、大学病院側へ連絡するということはまず、考えられません」


入海(いりうみ)()せないことと、釆原の解せないこと。


若干方向性は違うかもしれない。


「再度伺います。明日以降、どうなさいます」


今日のところは二人とも休んだ方がいいだろう。

ある意味では覚醒している。

それは話を続けることが出来るか(いな)かの覚醒ではなく、酔っているからこそのものだ。

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