17.
「脚の状態は、いかがです」
だがそれは逆に、釆原凰介が訊きたいことだった。
今は自宅。
釆原のである。
何か訊きたいこと。
何を尋ねたらいいのだろう。
誰か自分以外の者に、連絡を入れるというのはもちろんだ。
だが、今すぐに連絡を入れるというのでは、また違うと思う。
脚の状態。
入海暁一。
彼の言ったことだ。
一方。
釆原凰介。
いま彼は自宅に居て、そこへ入海が来ている。
釆原が入海に訊きたいこと。
それは脚のことではない。
脚は釆原が逆に、入海に医師として診てもらっている部分である。
以前の怪我だ。
入海は医師である。
だが今の場合は少し違う。
彼が失踪から戻って来た、という点において。
釆原には気に掛かることが山ほどもあった。
とりあえずコーヒーを、淹れに行くことにした。
電話を受けてのことだった。
日刊「ルクオ」が、劒物大学病院から電話を受けた。
行方不明という状態。
入海が失踪してから五日が経過していた。
安紫会の事務所で抗争が起き、その最中である。
何故なのかは分からない。
そのことでいろんな人が動いた。
西耒路署は頭を悩ませる。
それは釆原の居る日刊「ルクオ」も同じ。
安全の確保というのはまず第一。
入海暁一の安全という意味でだ。
いまの入海の姿を見れば、「安全である」とはとても言えない。
それは明らかだった。
「あなたはどこに居たんです」
第一声。
釆原が言った。
彼はコーヒーを淹れ終わって、テーブルへ戻った。
インスタントコーヒー。
入海と向かい合わせ。
「失踪は他人事ではない」。
西耒路署の鑑識である歯朶尾灯。
数登珊牙の話によれば、歯朶尾はそんなことを言ったらしい。
ネットワークの網。
その網は刑事の場合、慎重に張られている。
それは記者のネットワークも同じ。
網を辿る。
それもまた、刑事と記者で同じかもしれない。
だが網を辿ろうがどこを探ろうが。
失踪後の入海の足取りは掴めなかったのである。
その入海が今、釆原の前に居る。
何とも奇妙だ。
釆原は思った。
「ああ、どうぞ」
釆原はコーヒーを勧めた。
入海はどこか落ち着かない様子である。
やつれても見えた。
「何からお話をすればいいのやら」
そう言って、入海は苦笑いしてみせた。
「私自身はまだ病院の方へ、知らせておりませんで」
釆原は黙って聞いている。
大学病院側から、日刊「ルクオ」へ連絡が入ったのである。
最初はガセかと思った。
「ガセかなあ」
と云ったあるいは思ったのは釆原ではない。
五味田茅斗だった。
だがガセかと思ったであろうは、社に居た他の人間もそうだったと思われる。
釆原、それから菊壽作至と五味田。
日刊「ルクオ」へ電話が入ったその後、どうしようかと話し合い。
最初は「ガセ」かと思ったのは五味田から波及し菊壽も釆原もそうなった。
彼らは三人で、入海暁一の失踪について話し合うべく場所を変えた。
レコードをリクエスト出来る喫茶店。
だが失踪の状態から一気に転じている今。
入海は、知らせていないと言った。
日刊「ルクオ」には劒物大学病院から、電話が入ったのである。
明らかに今の入海の発言には矛盾がある。
嘘なのだろうか。
入海が自分を守るために?
何のための嘘だろう。
それとも劒物大学病院側が、「入海が戻った」という情報に先んじたのだろうか。
西耒路署はどうなのだろう。
釆原は頭を巡らせる。
入海は続けた。
「先程だったんです」
「それは……いらした場所から出られたのが、ということですか」
入海はかぶりを振る。
「自宅へ戻ったんです。実際に解放されたのは午前中でした」
釆原は驚いた。
だが、なるべく表情へ出さないようにする。
注意深く。
入海の話を聞くのに徹することにする。
「解放と言いますと」
「ええ、言葉通りなんです。どこからどこまで話して良いのか、自分でも」
「自分へお話になれば、入海先生としては大事になるかもしれない。それは避けたい、ということでしょうか」
入海は眼を丸くした。
それから困ったような顔をしたが、笑顔を作ってみせる。
「どなたか刑事さんのお耳にはいずれ入ってしまうことだとは思いますが……」
「ええ。今はとりあえずお話をお聞きしたい。自分としてもです。ただあなたが話せるところまでで構いません。大事にしたくないのはこちらも同じです」
入海は肯いた。
「自宅へ一旦戻りましてね。そうしたら少々荒らされておりまして」
「荒らされていた」
「ええ。ちなみに解放されたというのは阿麻橘組の方々から、という意味なんです。どこにおりましたか、その場所と言ってはあまり離れていない場所でして」
「なるほど……少し、一杯どうです」
実を言うと釆原が一呼吸置きたかったというのもある。
入海の方へコーヒーのカップを勧めた。
そして言った。
「あなたの失踪の件に関して。あまり公になっていないことなんです。我々もしていません」
「ええ。存じております」
そう答える入海の表情を、釆原は見つめた。
日刊「ルクオ」に劒物大学病院側から、連絡が入ったこと。
電話では、入海のことにも言及していた。
一方で、いま眼の前に居る入海は「病院の方へは知らせていない」と、云う。
知らせていない。
すると、どうなるのだろうか。
やつれた表情。
確かに午前中というよりはむしろ「今しがた」解放されたというふうに。
手入れされていない顎の髭。
縮れの乱れた髪の毛。
やつれた顔色は悪く眼のところの落ち窪みか隈か。
それが一層際立って見える。
阿麻橘組か……。
そして、入海と病院側の発言の矛盾。
どう考えれば良いのだろう。
公にするしないの問題ではなく、今は入海と何を話すかが問題だ。
そして彼には身の安全の確保が必要だ。
でなければ話を訊くもなにもへったくれもない。
「よければ一日、いてください」
「え」
入海は眼をぱちくりした。
「し、しかし……」
「あなたがどこまでお話になるのかは自由です。自分も変に周りと連絡を取るということは、今はしません」
入海はしばし釆原を見つめている。
「幸い妻は今日一日、おりません。仕事でね。ですからどこか部屋を使っていただいても、俺としては構いませんので。何より、あなたは第一に休まれた方がいい」
入海は眼をぱちくりしているばかりだ。
釆原は尋ねてみる。
「劒物大学病院の件なんですが」
「あ、ああ……ええとすみません一杯いいですか」
「飲んで下さい」
「ありがとうございます……」
入海はカップを持って、一服。
釆原も一杯。
やつれは変わらない。
入海先生は確か二十八だと菊壽は言っていた。
でも眼の前に居る彼は明らかに、そう見えなかった。
落ち窪んだその部分に納まった眼は光を、失っている。
だが、一服やると少し変わるものがある。
のかもしれない。
間があり、釆原と入海は黙り込んだ。
落ち着くためかもしれない。
どこともなく見つめる。
入海の眼の窪みは少し、コーヒーの前と後で少し変化したように。
釆原の眼にはそう映る。
入海が失踪したのは、安紫会での抗争時。
事務所へ往診に行った入海。
その様子を、西耒路署の怒留湯基ノ介と一緒に確認していた。
菊壽とも組む。
入海の様子を伺ったのは三人で、である。
五味田も正確には、同じ現場へ一緒に居た。
だが場所は変えていた。
五味田は安紫会の事務所正面だった。
怒留湯の相棒である桶結千鉄と、それから五味田で一緒に。
入海は忽然と姿を消す。
そして五日間というもの、情報を何もなく。
何も得ることが出来ず。
西耒路署としても。
劒物大学病院としても。
釆原たちにしてみれば、痛手だったかもしれない。
特に両者で動きらしいものは、五日の間は見受けられず。
五日の間は一体何が、どんなことになっていたのだろう。
釆原が言う。
「連絡を入れていないというのは、そうなんでしょうか」
「大学病院側へでしょうか……ええ」
入海の様子が少々変わる。
その眼に、落ち着きが完全に戻っているとは言い難いが。
「私から病院側へ連絡を入れるとなると。少々面倒になるのではと心配をしたんです」
「心配というと」
「ええ。刺激というのは避けたいものでしてね」
「それは組員に対して、ということでしょうか」
「そうです。阿麻橘組の方々が反応するのではないか。と思いました。何しろ、解放されたばかりです。そして阿麻橘組もまた私を解放した側です。何か私が変わったことをすれば、そこから事態が大きくなってしまうかもしれない」
「なるほど」
釆原は少し間を置いた。
「実はですね。日刊『ルクオ』での話なのですが。劒物大学病院から自分らへ連絡が入ったんです」
「何ですって」
入海は眼を剥いた。
正直、釆原はこの反応に驚いていた。
だが冷静に。
釆原は少し手で制す。
「恐らくですが。あなたの情報が漏洩されたというよりむしろ、西耒路署の刑事さん方が、あなたの行方を捜していることに起因している。我々としてはそう考えています」
入海は顔を伏せる。
「捜査されていたというのは、そうでしょうね」
「ええ。黙っているわけにはいきません」
「分かっています」
「五日経って、刑事たちが捜索に本腰を入れないとは考えにくい。自分が知りたかったのは、です。あなたの発言には矛盾があった」
「と言いますと……」
「入海先生と病院側で言っていることに矛盾がある。それはあなたも今聞いて分かったことと思いますが。それでいま話に出しました」
「そう、ですね……」
入海は顔を上げる。
釆原は、その眼を見つめた。
濁った瞳から、その濁りが少しずつ取れていくようだ。
「私としては堅く口止めをされていたものですから……」
「解放、いえお戻りに関することは言うなと」
「少なくとも私には、そう感じられまして」
入海は顔を伏せる。
釆原は言った。
「所謂プレッシャーというやつでしょうか」
入海は答えない。
釆原は肩をすくめる。
阿麻橘組からの口止めか。
となると少し複雑になる。
入海が嘘を言いたいわけでもなさそうだ。
「大学病院側には知らせていない」。
知らせればきっと阿麻橘組が動くだろう。
となれば入海が言わなかったとして。
何をもって劒物大学病院側が情報を得たかだ。
それが気になる。
「私からも質問いいでしょうか」
入海が尋ねる。
いきなり積極的になった。
釆原はきょとんとする。
「ええ。どうぞ」
釆原は入海の姿を、改めて見つめる。
「あなた方記者さんが公にしないのには、何か理由があるのでしょうか」
「あなたの失踪の件に関して、ですね」
釆原が言うと、入海は肯いた。
「西耒路署はじめ刑事さんたちも、デリケートになっています」
「私のことに関してですか」
「ええ。そうです」
「何故でしょう」
「あなたの情報を掴んだとしても今回は組関係で、少しの刺激に注意を払う必要がある。というのは記者側の我々としても、その少しで何が起こるか分からない。と判断したためです。実際あなたは今まで拘束されていた。そう仰ったでしょう」
「そう……いえ否定も肯定もいたしません」
「分かりました。とにかくあなたは『解放』されたと仰った。失踪はおろか拘束となれば、刺激があれば双方に何が起こるか分かりません。最悪の場合命に関わる事案が出るかもしれない」
入海はただ肯いた。
「そうなれば刑事も慎重になります。それは記者も同じことです」
「そう、ですか」
「自分からもまだ質問したいことがありますが」
釆原は言った。
「どうでしょう。やはり一日ここへ居るというのは難しいですか」
入海は考え込んだ。
なかなか答えようとしない。
釆原は少々溜息をついた。
入海が居ようとしないのであれば、それもいいだろう。
だが安全の確保とすれば、入海だけの問題ではない。
俺も何かしなければならないよなあと、釆原は思っていた。
「一風呂浴びたらいかがです」
釆原は言った。
入海は再び眼を丸くする。
「何ですって」
「何てことはない。ただの風呂ですよ。あなたに必要なのは落ち着くことです」
「それは……そうかもしれませんが……」
入海はまた落ち着きをなくした。
「自分としては構いません。今は落ち着いて冷静になられた方がいい。あなたの様子を見ていると落ち着いて話を進められる状態ではない」
少し神経を逆なでしないと逆に、入海が行動に移してくれない。
そう思っての発言だった。
「お話をある程度お訊きしたいのです。自分としては。あなたの安全の確保が何よりの最優先事項です。外側への連絡はあとからでも出来ます。今はあなたが戻られたという事実が、あるだけですから」
入海は釆原を見つめた。
それから言った。
「今も、私としては落ち着いていないわけではありません」
「そうですか」
「そうです」
「ええ」
「分かりました……」
入海は立ち上がって頭を下げた。
「ありがとう」
入海は再度深々、頭を下げる。
同じ空間に居れば身の安全は、とりあえず確保が出来るだろう。
刑事や組員の監視の眼もない。
シャワーの音がしている。
釆原はしばし一人になった。
入海さんには部屋を一つ貸した。
維鶴は今日居ない。
取材とかなんとからしい。
そうなると考えなければならないのは、食べる物である。
何かあったかな。
なければスーパーに走るしかない。
だが他にも考えることはいろいろある。
入海さんから話を訊くために、どうするかということ。
一風呂は勧めた。
どのくらいで出てくるかは彼次第だ。
出た時は部屋なりで休憩してもらえばいい。
ただ外側へ連絡をするのは憚られる。
今の段階ではだ。
菊壽や五味田、あるいは珊牙か怒留湯さんか。
思い切って鑑識の歯朶尾さんや清水さん辺りに話を通してもらう。
怒留湯さんなら出来るだろう。
だが、一番は話をどうするかだ。
何を聞き出すことが出来るか。
シャワーの音が弱くなった。
夕方を回った。
劒物大学病院から電話をもらったのは午後。
日刊「ルクオ」に電話がかかって来たわけで。
内容は入海さんへ言及したもの。
しかも俺の家へ向かっているらしいという情報だった。
釆原の判断。
入海の様子を見た上で彼が考えたこと。
一点。
釆原が記者であるということを、入海はあらかじめ知っていたこと。
更に一点。
実際に釆原が劒物大学病院にて、入海に診察を担当してもらっているということ。
阿麻橘組から解放された、入海が考え得るであろう。
今の状況を伝えるための相手に、適任なのは誰だろうか。
そう判断した。
大学病院側へ伝えもせずに直接、釆原宅へ向かってきた。
のかもしれない。
そして診察時に顔を見て、知っている間柄だ。
ならば邪見にはまずしないであろう。
入海が考えるとすればこんなところか。
自然な考えだとは、釆原も思う。
想像だが。
なんだかそれで納得している自分がいると、更に思ったりする。
ただ疑問として残ること。
大きな疑問。
電話をくれた劒物大学病院側。
それもまた、「入海が釆原の家へ向かっている」という情報だった。
何故なのか。
入海は自身の状況について病院側へは、伝えていないと言った。
それで何故病院側が知っていたのか。
情報漏洩か。
誰かの意図があってのことか。
何故知っていたのか。
それを病院側へあれこれ問い合わせるのも憚られた。
何より釆原もそれでは落ち着かない。
今の状況ではだ。
根本で「入海から話を訊くこと」の前提が崩れてしまう。
崩れないかもしれないが、あれこれ何かするというのが適切ではない気がした。
そうなるとやはり、釆原に気になることの第一。
それに立ち返る。
何故、安紫会の往診へ入海が行くことになったのか。
そこを聞けば良い?
良いだろうか。
よく分からない。
さて、食べる物をどうするかだな。
釆原はしばらく一人であれこれ考えてソファに居た。
立ち上がった。
日刊「ルクオ」に電話があった。
その段階で、釆原は社での仕事を打ち切り、家へ戻って来た。
実際「ルクオ」としても、入海に関することであれば扱いたい情報なのだ。
ならばこれも仕事の一部だろう。
「入浴後は休んでください」
入海にそう言い含んだ釆原。
しばらく時間が出来る。
安紫会への往診と、入海さんの関係だ。
どのように彼から、情報を引き出そうか。
それは食いながらがいいと、釆原は思ったりする。
その本人を落ち着かせないことには話にならない。
今しがた解放されたばかりのやつれた人間から、「落ち着いて何か話を訊かせろ」なんていうのはハナから難しい。
今はデスクワークもいいだろう。
だが、さて。
料理か。
で、冷蔵庫を開ける。
鶏肉一枚。
鮮やかな桃色。
開封していない。
それが眼に入った。
料理か……。
だが肉をそのままにするのは惜しい。
釆原はあまり普段料理をしない方である。
だが何の調味料がどこにあるか。
そのくらいは把握している。
一時間か二時間か経過。
鶏肉はなんとか調理された。
それはストックしてある。
入海は部屋から出て来る。
やつれは大分取れたようである。
入海の様子を見て、そう釆原は思った。
冷蔵庫から取り出す。
各々テーブルへ腰掛ける。
料理と、それからビール。
調味料と鶏肉とフライパン、煮込んで出汁をかけた。
あとは米。
そしてビールだ。
サッポロ。
空が暗いのはカーテン越しでも分かる。
食べるときは無言だった。
お互いビールにも手をつけなかった。
食後に再度、入海は休む。
釆原は待った。
グラスへ瓶から注いで、考えを巡らせる。
「質問の続きをよろしいですか」
「ええ、どうぞ」
夜になった。
いくつか種類のある瓶。
白いラベルに星。
釆原はそれを取る。
各々のグラスへ注ぐ。
「入海先生が、安紫会の事務所へ往診に向かわれましたね」
「ええ」
「どのような経緯があったのでしょう」
「ああ……その話に戻るのですね」
「ええ。最初の出発点です」
「記者さんというのは情報を掴まれるのが早いのでしょう」
「恐らくね。そういう仕事だとは思っていますが」
釆原と入海。
「そうですね元々は。往診して欲しいと依頼を下さったのは、安紫会の組員さんで」
「電話で、ということでしょうか」
「ええ。若頭である伊豆蔵蒼士さんの代わりにお電話を、と。そう聞きました」
入海はちびちびやりながら言った。
一番搾り。
釆原は一杯干した。
酔いを回すところではないのだろう。
だが反して、酔いを強めたかった。
失踪した入海は今ここにいる。
そして、解せない部分は多い。
失踪に関しても、入海の発言に関してもだ。
直接の話を訊いている今、その直接の部分をゆくゆくは情報へとつなげたい。
今はまだだが、日刊「ルクオ」としても情報は欲しいのだ。
そして西耒路署の怒留湯と、桶結とも共有する部分は出てくるだろう。
研修医の軸丸から、何か情報を得るかもしれない。
今後だ。
釆原は二杯目を注いで、少しゆっくり飲むことにした。
入海は少し飲む量を増やした。
釆原の頭には、入海を張った時のことが映り出す。
安紫会の事務所のぐるりを高く囲んだ塀。
その少し上から、菊壽がカメラで映像を撮った。
音声はなかった。
そのためにカメラより送られた映像を、注意深く見ていた。
釆原と怒留湯。
怒留湯は、西耒路署の強行犯係である。
入海が事務所屋敷の縁側で、何を話していたか。
それは映像による口の動きのみで判断、するしかなく。
釆原は抗争へ巻き込まれたあとに、劒物大学病院へ搬送される。
入院と相成った。
手術後。
夜のそのベッドで、釆原は「入海が何を話していたか」について。
映像に基づいた予想をメモしていた。
怒留湯さんは、あの時のを既に書き出しているだろうか。
珊牙だったら既に、怒留湯さんと連絡を取るなりしている。
のかもしれないし、それは珊牙次第だ。
連絡を取っているとすれば、怒留湯さんの書いたであろう内容を既に把握しているかもしれない。
いますぐ二人に連絡をするに越したことはない。
だが、事務所での会話が何だったのかについては、直接尋ねることも出来る。
いま入海さんと眼の前で話をしているのだから。
何を話していたか、さらっと訊いてしまえば。
それで済む。
だが。
俺と怒留湯さんと菊壽が事務所を張っていたという情報を渡すことになる。
入海先生を介して劒物大学病院へ情報が行くやもしれない。
事務所を張ったことを、公にしていいかどうかも今は判断しかねている。
であれば、いま入海先生が話題に出していることをまず。
収集としよう。
「伊豆蔵が直接、あなた方へ電話を入れてきたわけではない。ということですね」
「ええ。そうなんです。恐らく声からして、年若い組員さんだったと。受付の青奈はそう言っていたと記憶しています」
「なるほど。で、そいつは名乗ったんでしょうか」
「いえ。安紫会の若い衆の方々で電話を担当なさるのは、その日の当番。そうした組員さんでしょう。経験則ですが」
「何回か電話は受けられている」
「ええ。その中でも我々今まで受けた中で、名乗られたというのはあまり、ないことなんです。『安紫会です』だけとしか」
「なるほど」
「何か、伊豆蔵さんの直接でないと情報としては不十分なのでしょうか」
入海のこの発言に、釆原は眼をぱちくりした。
入海は少し笑ってみせた。
「何せ記者さんです。情報は何かと欲しいところでしょう」
どうやら入海先生も、少しずつ酔いが回って来たようだ。
あまり強い方ではないのかもしれない。
釆原は思った。
「ええ。それは欲しいところですよ」
そう言っておくことにする釆原。




