15.
「清水さんから聞いた話だ。正確に言えばね。清水さんが怒留湯さんから聞いて、それをあたしたちへ伝言した形になるの」
八重嶌郁伽が言った。
「なるほど」
カップのアイスをむしゃむしゃ食べていた、数登珊牙。
そのカップは、今カラになった。
匙を置いた数登。
「それで」
郁伽へ尋ねた。
「安紫会の事務所。盗難の件です。盗難について今の段階では、進展なしですよね。ただ他に、Se-ATrecの動画の件もありました。あれね、意図的だったんですって」
「意図的」と郁伽が言ったことに、数登と杵屋依杏は顔を見合わせる。
数登は再度。
「清水さんが、怒留湯さんからそう聞いたと」
「正確に言うと、桶結さんからです。桶結さんが『意図的にやったであろう』証拠へ、つながるものを発見したんだって。難事が引き起こされたんだってことを」
杵屋依杏と八重嶌郁伽のシェアハウス。
数登珊牙は今、そこへ一時滞在中だ。
時刻は夜。
三人。
食事も風呂も済ませており、いまはダイニングキッチンに。
数登はアイスを食べ終わる。
依杏と郁伽は、書類仕事とお喋りをしている。
そして三日前から現在までの、状況確認を三人ですることになった。
郁伽の話題は、「安紫会の事務所」について。
それが中心となっている。
立て続けに抗争、盗難と起こり、トラブルとしては動画企画が失敗するという難事が発生。
全部ドドッと発生その他だった。
依杏はあまり、立て続けに起こったために頭の整理が出来ていなかった。
そして安紫会の事務所では更に一件。
医師の失踪が起こった。
依杏と郁伽、それから数登は九十九社の人間だ。
依杏は通信制の高校も兼ねている状態。
郁伽はバイト。そして本業は歌なのだ。
九十九社。
葬儀屋だ。
ただ、葬儀関連の仕事に加え、例えば個人的な「謎」についての調査。
その依頼を受けたりすることもしばしば。
安紫会の事務所についても、数登の判断でその類とされた。
三人は調査に関わっている。
清水颯斗、怒留湯基ノ介、桶結千鉄。
郁伽の話題に出た、三人の名前。
西耒路署の刑事たち。
安紫会の事務所について、数登たちは既に彼らと接触をはかっている。
立て続けの、一連に関して現在協力中。
怒留湯と桶結は強行犯係の刑事。
そして清水は鑑識だ。
数登は依杏を見つめた。
依杏は郁伽へ尋ねる。
「その意図的に難事がってどういう、意味なのでしょうか」
「Se-ATrecの動画企画。西耒路署への企画だった。安紫会の事務所が一番の配信先で、その動画配信の最中に、途中で映像が途切れた。そうだったでしょう」
「そうでした」
動画企画が失敗した難事。
Se-ATrec、そう呼ばれた彼女はバーチャルアイドル。
主に動画配信にてイベントや企画や歌、その他いろんな活動に従事しているアイドルだ。
Se-ATrecの今回の企画。
それは「刑事さん方への盗難対策アドバイス」というもので。
正確な企画名を、依杏は把握していなかった。
ただ西耒路署への企画として行ったというのは確かだ。
突然のブラックアウトは、その企画配信中。
事務所内にて。
郁伽は続ける。
「その映像が途切れたっていう現象自体が、『意図的だった』っていうことなのだそう」
依杏はハッとした。
「誰かが、何かしたってことです?」
「そうなの。その痕跡をね、桶結さんが発見した」
「どこでですか!」
「すごい食いつくのね」
「そ、そりゃ食いつきます!」
郁伽は苦笑した。
「どこだったか。それは安紫会の事務所内でね。お庭の方で桶結さんが見つけたの」
「親分の趣味の庭でしょうか」
数登は言った。
「そうです。鮫淵柊翠親分のお庭。日本庭園のね。そこから少し事務所屋敷の方へ回ったあたり。事務所内じゃなく外側。そこで、桶結さんは発見をした」
郁伽は少し、大げさに身振りをつけた。
「ただ、『意図的』なる証拠はもちろん出なかった。それが逆に『意図的だった』ってことらしいの」
「なんだか逆説めいている」
依杏は言った。
「うんそう。でも、何かあったはずの現場に『何もなかった』っていうのは逆に不自然なのよ。そうじゃない? 何かあったはずなのに指紋も何もない状態だったんですって」
依杏は聞いて眼をぱちくり。
「郁伽先輩、珊牙さんより先んじている感じに」
「えへへー」
郁伽は笑う。
「怒留湯さん、そして情報共有にも非番の日はありますからね」
数登も微笑む。
「そうそう! 珊牙さんだっていつも、西耒路署の刑事さん方と会っているわけでは、ないですもの」
「ええ」
「あたしが先んじることだってあるのだ。何も問題なしだ」
「ええ」
「安紫会の事務所の件があって今日で三日目。うち二日は、あたしたちは花の手配。一、二件出張葬儀も入ったでしょう。杵屋はその、葬儀会場の掃除が今日だった。つまり、三人ともで情報共有の時間はあまり持てなかった。怒留湯さんとも同じことなのさ」
「掃除でした」
言って依杏は再び、テーブルにぐんにゃりした。
「指紋も何もなくて不自然な痕跡で逆説」
依杏はぐんにゃりしながら言う。
「てことは」
依杏は少し頭を起こした。
「安紫会の事務所は不自然だらけってことになります。あたしの印象では、なのですが」
「安紫会の不自然か……」
郁伽も姿勢を崩して言った。
「では僕から、新しい情報を」
数登はアイスのカップを片付けながら言った。
「え!」
郁伽は眼を丸くして言った。
「郁伽さんの状況報告を聞いて、いま思い出しました」
「そんな! それじゃ本当に情報の共有になっていないのじゃありません!」
郁伽が言うので、数登は苦笑。
「怒留湯さんから、実は三日前に教えていただいたことです。阿麻橘組で出た他殺体に関して」
依杏はガバッと身を起こした。
「そ、それってまさか……おっと」
依杏は赤くなった。
数登は続ける。
「他殺体が、安紫会の誰に殺られた。という情報ではありません。いまだに誰が関与をして他殺体が出るに至ったか。それは不明なんです」
依杏は肯いた。
「他殺体の状態について。頭の部分がないと」
頭蓋骨。
頭に浮かんだそれ。
依杏は勢い込んだ。
「やっぱりどれもこれも、そうとしか思えない。安紫会の一連は不自然です!」
今までやっていた課題を全て、脇へやる。
依杏はその代わり、何か書ける物は残す。
阿麻橘組。
安紫会で立て続けの一連。
盗難と抗争、それから動画企画の難事と失踪。
そのうちの抗争について、阿麻橘組である。
阿麻橘組が安紫会へ仕掛けた。
その可能性が最もな有力視とされている。
何故仕掛けたか。その原因。
数登が話題に出した、他殺体の存在。
頭のない他殺体。
阿麻橘組の組員、一名だった。
安紫会との抗争が起きる前に発見されたもの。
誰が殺ったか。
対立勢力。
他殺体の出た理由としてはその一点に絞られた。
証拠は何もない。
ただ「対立勢力」というそれだけだ。
組員というのは、自分の者がやられた場合。
対応が半端ではない。
それが今回の場合は抗争になった。
阿麻橘組は、安紫会へ仕掛ける。
他殺体は出た。
それは変えられない事実である。
それとは別で、頭蓋骨も発見されていた。
九十九社近くの畑で掘り起こされたもの。
数登が関わっている「謎」の更に一件である。
「あまりにも全てにおいて、タイミングが良すぎるんです。それが不自然なんです」
「というと」
「入海先生は……入海暁一先生は、安紫会の事務所とか、居場所はまだ見つかっていないんですか」
「ええ」
数登の瞳は一瞬、悲しそうな色になる。
「一連を見て行けば。どこかの組の人が、入海先生の『失踪』の件も含めて関与している。そう考えるのは自然な流れかもしれない」
郁伽が言う。
依杏は郁伽へ返した。
「ただ……他殺体のその、頭がないっていうのは完全な、殺人ということに」
「そうねえ。よほど大きな事故に巻き込まれた。そういう可能性がない限りね」
郁伽は依杏へ言った。
「あの、そうだ。桶結さんの言っていた指紋も何もなくて不自然だったっていうのは、どこだったんですか。それを聞きたかったです」
依杏は尋ねる。
郁伽は眼をぱちくり。
「言うの、忘れていたわ」
郁伽は苦笑する。
「有線の部分。通信に使うものだと思うけれど。それがね、途中でふっつり切られていた」
「だから、Se-ATrecの企画映像が途切れた……」
依杏は考え込んだ。
「清水さんの言葉をお借りするならですよ。そういう状態が引き起こされるのも、人間対人間の関係性の問題……?」
数登は言った。
「動機の話でしょうか」
「そうです」
依杏は置いてあったコピー用紙へ書いてみる。
動機について。
依杏が鑑識の清水を、助っ人として呼んだ「賀籠六絢月咲のなくし物」の依頼。
その一件。
依杏が「動機」について拘り始めたのは、その一件からだ。
何か、動機は果たして。
絢月咲のなくし物。
正確には「盗まれたかどうか」も定かではない。
依杏と郁伽と清水は、絢月咲宅へ赴いた。
清水が、絢月咲のなくし物が仮に「盗難」であった場合について。
その動機の話題を出す。
お金が盗まれていないとなれば、「人間対人間の関係性の話になってくる」のではないか。
そんな風に、清水は話をしたのだ。
「動画企画の映像が途切れてしまったのは、郁伽先輩の言うように。誰かの何か意図があって、『意図的だった可能性』が高い。有線のコードが切られていた所を、桶結さんが発見。よし」
依杏は書いて満足する。
「で、ですよ。次は盗難の件です」
数登が言う。
「安紫会を引き続きですね」
「そうです。若頭愛用のライター。それから若頭と親分がかつて使っていて、最近まで装飾品になっていた小皿が五点。それがなくなりました」
「ええ」
「で、清水さんが仰っていた基本的欲求で」
依杏は勢い込んで書き始める。
郁伽が言った。
「ああ、食べたり飲んだり緊急性を伴うとか、そうでないかって話だろう」
「そうです。ただ絢月咲さんのなくし物と、安紫会の事務所のは別物です。どちらもお金は盗まれていない。食料品とか衣類を盗まれたわけでもない。ということは、盗む動機があった場合。盗む誰かが居た場合ですね。その衝動っていうのは基本的欲求へ向いたもの、ではないと。よし書いた」
「清水さんの説、な」
「そうです清水さん説です」
依杏は書きながら言った。
「で、ライターと小皿の件について。そっちは盗まれた確定がほぼです。絢月咲さんのは盗難かどうかも定かじゃないけれど」
「うん」
「そこで問題が出て来ました。若頭と親分は、盗難に遭っていたというか小物を盗まれたことを、知らなかったんです」
「そうなるわね」
「人間対人間の関係性の話になると仮定します。そうであれば、『若頭と親分には伝えないでおこう』という意図が誰かにあったと考えたら」
言って依杏は顔を赤くする。
「意図があったらの話ですけれど……」
郁伽は考え込んだ。
「少し杵屋の考えを整理してみましょう。ええと、安紫会に情報が行っていなくて記者さんが、先に盗難に関する情報を手に入れてしまっていた。だったよね?」
依杏は肯く。
「そうです」
「だけれど、杵屋の考えであれば。安紫会が情報を手に入れるのが、遅れたというより安紫会でも当然、盗難のあったことは情報としては手に入れていた。そう言いたい」
「はい」
「安紫会が情報で記者さんに遅れたわけではなかったと。ふむ……。で、だけれど敢えて、安紫会のだれかれ組員が、若頭と親分へ伝えていなかった。そんな感じか」
「あるいは、です。単純に考えれば対立勢力が、情報に先んじていた。それで安紫会より先に情報を手に入れていて、とか」
「ああ、阿麻橘組ね。その方が考えやすいかもしれない」
「はい。今の場合なら抗争を仕掛けた、阿麻橘組っていうのが考えやすいんじゃないかと……。安紫会の若頭、伊豆蔵さんは襲撃された側です。そして鮫淵親分は西耒路署内でもっと身動きが、その他の組員さんたちよりも、取れずにいた」
「ええと、安紫会を襲撃したのは阿麻橘組だったのでしょう?」
「有力視としてはそうみたいです」
「なら、西耒路署に居るのも阿麻橘組の方が、数が多いかもね。何かしらで刑事さんからこう、こそっと情報を取りやすいのも阿麻橘組だったか。なんて」
「それ可能なんでしょうか」
依杏は苦笑して言う。
「分かんない」
「ただそうなれば……」
依杏は考え込む。
数登はあくび一発。
そして言った。
「ディアの好きな動機の話にもなり得る」
「好きっていうか」
依杏は赤くなる。
「単純に考えやすくなるでしょう。動機につながるとかそんな感じで……」
「というと」
「人間対人間の関係性」
「清水さんの説な」
郁伽はそう言った。
「そうです。つまり阿麻橘組は安紫会に何かしら、情報が伝わって欲しくないことがあった。それが動機なら、郁伽先輩の言っていた有線のコードの話にも、つながるかもしれません」
「桶結さんからの情報につながると」
「はい。安紫会の事務所で流されていた『盗難のアドバイス企画動画』が突然途切れたのが、意図的だったという件について」
「つながると言いたい」
数登はそう言った。
依杏は肯く。
「盗難の情報が安紫会に伝わっていなかったのも。動画を受信するという環境が整っていたはずの安紫会の事務所で、意図的にブラックアウトが発生したのも。阿麻橘組の組員によるもの。そう考えれば、そこから抗争につながると考えられませんか」
「今であれば、数列の苦手分野を解くことが出来るかもしれません」
数登は依杏が印刷した問題用紙を滑らせた。
依杏は赤くなってかぶりを振った。
「数学の時間じゃないです」
「なるほど」
数登は微笑んだ。
郁伽はツッコんだ。
「数学の時間はいつ何時でも」
「いまはその時間じゃないです」
依杏は赤くなって言った。
「タイミングが違います!」
「タイミングか」
郁伽は苦笑した。
「で、整理するとだよ。阿麻橘組には安紫会へ情報が行くと、何か都合の悪いことがあったっていうこと?」
郁伽は尋ねる。
依杏は少し考え込む。
「そう、だと思います。ただ」
「ただ?」
「安紫会の盗難は、一体誰がやったのか……それは分からない状態なんです」
「そこへ戻るわけだな」
郁伽も考え込むようにする。
「若頭のライターや装飾用の小皿に、何かしらの情報がくっ付いています。なんていうのはあんまり考えられないな」
「それはもうジャンルぶっ飛んだ話になってきちゃいます」
依杏は苦笑した。
「ただ、珊牙さんの頭のない他殺体の話を聞いていたら、いろいろ浮かんで来たので、今までのこと。言ってみたんです」
「なるほど」
数登はそう言った。
郁伽は言った。
「うーん。都合の悪いのと情報と、安紫会と阿麻橘組は対立勢力か。裏の情報網に通じている安紫会の幹部さんでもハテナってなる部分がある。なら、西耒路署が関わっていたとすればますます、うちが調べるのは大変になるわ」
「安紫会の案件は全体的に言えば、西耒路署さんの管轄なんですけれど……」
「あたしらも十分噛んでいるじゃないか」
郁伽は言った。
依杏は苦笑した。
「頭蓋骨と、頭のない他殺体、か……」
依杏はぼんやりしながら、テーブルに腕を載せて、更に手を頬に添えて立て肱した。
「何はともあれだ。安紫会の一件はさておくとだよ」
郁伽も立て肱。
「杵屋の通信制の課題は、なかなか進んだのでしょう」
「進みました。たぶん九十パーセントくらい珊牙さんの秒処理です」
「進んだけれど頭へ入れる作業は頑張りたまえよ」
「はい……」
「そろそろ休んではいかがです」
数登は依杏と郁伽へ言った。
「そうね、頭をフル回転させたあとは休ませたほうがいいさ」
郁伽は言った。
依杏は肯く。
「明日こそ法要ありますよね」
「そうそう。じゃ、あたしお先に寝る~」
「おやすみなさあい」
郁伽は先に部屋へ引き上げる。
数登も立ち上がる。
依杏はしばらく、立て肱のままぼんやり。
数登はカーテンを引いて、それから胡坐をかいた。
依杏の段ボール部屋だった場所。
小さな香炉からくゆる煙。
一応この部屋には、小さいが窓がある。
開けた向こうは場所が開けているため風を、通しやすい。
依杏と郁伽と一緒にいる間、数登は窓を開けていた。
あまり部屋へ香の煙は、残っていない。
数登は窓を閉め、それからカーテンを引いた。
「塔」の中間に位置する辺り。
塔は文庫本で構成されている。
数登は一冊を引き抜いた。
倒れない塔。
数登は手にとって読み始める。
だがその眼は、正確には文字を追っておらず。
手を伸ばした先。
スマホだ。
掛けた相手は怒留湯基ノ介で。
『俺、電話番号あんたに教えたっけか』
怒留湯は不機嫌そうだ。
夜だから眠いのかもしれない。
「ええ。安紫会の事務所で。怒留湯さんがお帰りになる少し前に」
数登は言った。
『そうかい。何の用』
「今、怒留湯さんは署ですか」
『なんで分かるんだよ』
「周辺の音が程よく、静かに聞こえてきますから」
『アバウトだな……。でも今は何もしていないから数分くらいならいいよ。俺ももうそろそろ帰るし、何だい?』
「伊豆蔵の若頭はご無事でしょうか」
『若頭? え?』
素っ頓狂な声だ。
怒留湯が電話の向こうでポカン、としたのは明らかだった。
『なんだってそんなご無事とか訊くんだ。そんなの無事に決まっているだろう。うちの署にいるんだよ、いま』
「ええ。念のためです」
『そんな、そういう問題じゃないよ。うちの署は一度入ったら固いんだよ。いやいや無事とか無事じゃないとかいう話題は……立て続けは勘弁。俺もともと物騒なこと嫌な質なんだから』
「あなたは強行犯係でしょう」
『そんな身も蓋もないこと言うなよ。うんまあそうだ。俺は強行犯係なんだから』
「おやりになる分野は幅広い。だからお尋ねしました」
『そうかい。あんまりびっくりさせないでよもう……』
「分かりました」
数登は苦笑した。
『で、お話というのはそれだけ?』
「入海先生の失踪について。何か進展は」
『その話されると、いまは弱いのよね』
「ええ。僕もなんです」
『進展はないんだ』
「ええ」
『一進一退ってやつかな』
「なるほど」
『あんたも一緒に、安紫会の事務所で話を訊いただろう』
「ええ」
『安紫会の洋見仁重と若頭は任意で引っ張って今、西耒路署にいるんだ。だけれど、あんたと俺と一緒にさ。事務所で話を訊いた時と、何も変わりゃしない状態なのさ』
「何か、洋見さんと若頭の顔色から伺えることは、ありませんか」
『ない。あいつらなりに筋を通した話しかしないんだ。手掛かりの手の字も出ない状態でね。それに、安紫会で抗争に関わっていない者は、少しずつ事務所に戻りつつある。とまあ、そんな感じだよ』
「それは何より」
『何よりって……良くないだろう』
「事務所には平穏が戻りつつあるということでしょう」
『奴らが居るだけで平穏じゃないだろうよ。まあ、いまは細かい話は置いておこうか』
「そうしましょう」
『で、だ。対して抗争に関してさ。続々と攻撃側に回った奴がうちに入って来ちゃっているんだ。ドガガーッって攻撃に回った奴らはドカスカ署に入るんだ。なのに入海先生の情報がここまでないっていうのは、実におかしいんだ』
「取調室の確保もありますね」
『そういうことだな。そっちも手を回さなくちゃならない』
「なるほど」
『あんたは何かあるかい。一連に関してさ』
「少し僕も、考えてみます」
『ああ、それこそ何よりなんだよ』
「ええ」
『助かる』
「お互い様です」
『うん。じゃあ切るよ。いいかい』
「ええ。ご苦労様です」
『おやすみ。寝るとこだろう』
「ええ」
『じゃあな。何かあったら教えてくれ』
スマホを置く。
数登はそれから、読書を再開。
数ページめくる。
手を伸ばしていく先が小さな桐の箱へ。
一本取り出す。
それに火を点けて焚いた。
数登は息をつく。
そのままページをひっくり返して床へ置いた。
数登は小さな机へ向かい、座り込む。
依杏の手書きのコピーを見つめた。
その文字を追う。
シャープペンのかすれ。勢い込んだ揺れ。
沈思黙考。
焚いた香の煙。
しばらく、数登は机の上の紙を見つめていた。
正確には文字を追い、自分も何か書き出した。
胡坐をかき、姿勢を崩し。
焚かれた煙。
それは部屋へ満ちていくもの。
数登は仰向けになり、その煙の中へ体ごと入った。
何事か口を動かしている。
だが声にはならない。
やがて姿勢を戻す。
寝る時は簡易ベッド。
灯を消し、それから数登はベッドへ横になる。
少々窓は開けた。
*
DNA鑑定。
他殺体のDNAだ。
阿麻橘組の一名。他殺体。
阿麻橘組の力江航靖という組員、であると判定される。
すでに彼は、指紋のサンプルが西耒路署にて。
登録済みであった。
逮捕歴はなし。
ただ組員という理由があり、何かの拍子にサンプル収集に立ち会ったのだろう。
そう考えられた。
数登の言った、頭のない状態。
力江の頭部分はいまだに見つかっていない。
亡くなった場所、というよりボコられたであろう発見現場は河川敷だった。
時間帯は夜中。
死に至ったであろう原因。
致命傷と言うか当然、頭がない。
それが死に至った一番の理由であろうと思われた。
力江の体表面には揉めた時に、出来たであろう複数のかすり傷や引っ掻いた痕、押さえつけられたような痕跡が残っていた。
安紫会と阿麻橘組は普段、大人しい組として知られている。
だが他殺体発見場所の河川敷付近は結構、荒れている。
地域の組といえば安紫会や阿麻橘組のような枝だけとも限らないし、その他別の組も存在する。
チンピラも居る。
特に遺体発見現場である河川敷付近にはそうした連中が多い。
時々喧嘩沙汰が起こるのだ。
力江航靖は頭部をなくした。
やはり相当揉める原因になったであろう、何かがあったこと。
殺った相手との間で起こったことは、様々推測がなされつつ、現在も捜査が続けられている。
安紫会の洋見仁重。
いま彼は幹部候補である。
だが阿麻橘組の幹部は、「殺ったのは洋見だ」。
そう語った。
そうした幹部候補の立場で、じかに人を殺すのかどうか。
一方で、その日を追うごとに抗争に関する報道は、下火になっていく。
頭蓋骨が畑から出たという情報に関する枠。
それと、徐々に近くなりつつある抗争の枠。
枠の大きさだ。
その日を追うごとに、小さく狭くなっていく。
「週刊誌の中ではさ、抗争の件は相変わらず大入り満員」
「それって安紫会の親分が中心なんでは」
「ああ、当たり」
「鮫淵親分のですね人間関係とかこの」
手の指で示しながら言った。
「話題」
「そう」
菊壽作至は苦笑した。
「親分はいいけれど抗争とか吹っ飛んでいません」
「そうかねえ」
日刊「ルクオ」。
菊壽の手には週刊誌。
一枚一枚めくる。
そして隣の五味田茅斗。
菊壽の後輩である。
西耒路署へ入る組員の数。
それは今も増え続けている。
安紫会の抗争で攻撃に回った者で、後から発見される者が多いためだ。
逃走を図っていた組員も居た。
ただ周辺の住民へ、影響は少なかった。
何か危害が加えられたわけではない。
あくまで組員同士の騒ぎだった抗争。
ただそれに巻き込まれた者もいる。
菊壽と五味田、そして釆原凰介に至っては、匕首で腹部を刺され。
日刊「ルクオ」の記者である彼ら。
西耒路署の怒留湯と桶結と一緒に、捜査へ首を突っ込んでいた。




