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第六話

 外からはぽつぽつ、運動部が出している声が響いてきている。

 2人がここへ来たのは、だいぶ早くのこと。ようやく他の部たちも活動開始といったところだろうか。


「――と、あたしばかり報せても仕方ないわ。夏樹はどうだったの?」


「ああ、たいした量じゃないけどな。ひとつ気になるものを見つけた」


 会長のタブレットを取り出し、パスワードを打ち込む夏樹。

 立ち上げたのは地図アプリ。あらかじめマップがダウンロードされてあったし、先の話もあるからオフラインで立ち上げた。


「会長がいなくなる2日くらい前から、このロケーションの履歴が、やたらたまっていたんだ」


 夏樹がマップに打たれたピンを画面中央へ持っていく。千里もそれをのぞき込むも、すぐ首を傾げた。


「この地図、どこかで見た覚えがあるような?」


「こうすりゃ、分かるか?」


 マップを縮小。周囲の地形が分かるようになって、千里も「あ」と声をあげた。

 地図の端には、いま夏樹たちがいる学校のマークと敷地が映っている。


「驚いた。ここの近くじゃない。少し山になっているみたい」


「一番遠い外周コース途中から、ちょいと脇へ外れるくらいだ。野村が足を運んだかもしれない条件に合致する」


 夏樹はニッと笑ってみせる。


「どうだ、行ってみないか? 今から」



 2人は室内の取材用リュックを背に、学校を出た。

 こうしていっそう気を張ると、よりこの近辺がハピラジに毒されているのが知れた。

 通りがかる家の三軒に一軒はハピラジを漏らし、コンテナを積んだトラックも窓を開けたまま、二人を追い抜きざまに例のBGMを流す始末。


「知らぬが仏、とはよくいったものね。ああしているうち、いつ自分が消えてしまうのかも分からないのに。昨日まで、あっち側だった自分が怖いわ」


 千里は持参した扇子で、顔のあたりをあおいでいる。

 夏は毎年、暑さという特大のお土産を運んできていた。


「そうでもないんじゃないか。本当にやばいなら、それこそ大音量で流しているさ。耳が遠くなっているだろうから。まだ大丈夫」


 俺もな、と夏樹は心の中で付け足した。正直、聞こえてほっとしているところだった。

 二人の移動手段は徒歩。バスは通っておらず、自転車は学校へ持ってきてないし、借りられる環境も近くにない。

 時間を惜しむならタクシーという手もあったが、万一、逃げ場のない車内で無線代わりにハピラジでも流されたらたまらなかった。

 ばかげた可能性、と切り捨てられる段階は、もう過ぎている。



 タブレットで何度も照らし合わせ、二人はようやくその地点の近くまできた。

 ふもとの月極駐車場よりわずかに登った先は、いまだ緑豊かに生い茂る葉たちに隠された、未舗装の坂道。高くないとはいえ、山はここから見上げるほどはある。二人はまだここに入ったことはない。

 2人はすでに取材用リュックからデジタルカメラを取り出している。たとえこれから映ることを発信できなくても、会長とハピラジの手掛かりになるかもしれない。

 顔を見合わせてうなずきあう夏樹と千里は、それぞれ録画を開始しカメラを構えかけたところで。


 ふと前方。道を覆い隠すように垂れていた葉たち。その一部が、ぱっとかき消えたんだ。

「あ!」と二人はつい、声を出して後ずさってしまう。

 夏樹は車で、千里はボールと会長で目にしたのと同じような、前触れなき消失。


 ――あたり、かもしれない。だが同じくらい危ないかもしれない。


 それを裏付けるように、山の上から少しずつ肉声が近づいてくる。


「ハピ、ハピ、ハピ、ハピ、ハッピータイム・レイディオ〜・ハピ、ハピ、ハピ、ハピ、ハッピータイム・レイディオ〜……」


 男の声だ。しかも、二人がそろっていま、耳にしたくないものと来ている。


「いったん隠れるぞ!」


 月極駐車場に止まっている車の中から、最も道から見づらい角度に停まったものを選び、影へ回り込んだ二人はタイヤのそばへしゃがみ込む。

 じょじょに足音は大きくなってきたが、こちらへ近づく様子は見せない。せいぜい蹴散らしただろう小石が、車体の向こう側へいくらか当たるくらいだ。

 だが、やがて車から離れ、駐車場から走り去っていく姿に、夏樹は首を伸ばす。


 ――野村孝太!


 今朝、県大会への壮行を受け、自分の取材依頼を断った男が、遠ざかっていく。すかさず夏樹はその背をカメラにおさめた。



「もしかして、とは思ったけれどビンゴだったか」

「なんか、これだけで今までの取材より、疲れたんだけど……」


 千里はタイヤを背もたれのようにして、へたり込んでしまっている。

 あの消失にくわえ、今まさに消えようとしているかもしれない人を間近に見たんだ。会長のときを思い出してしまったのかもしれない。


「だが、こっからが本番だぞ。あいつが何をしていたか、このポイントに何があるのか、確かめなきゃならない」


「わかってる、わかってるって。でもちょっと休ませて」


 リュックから水のペットボトルを取り出し、千里は中身の3分の1ほどをぐいっと一気飲み。口元をぬぐうと、「よし!」と掛け声一番、飛び起きた。

 二人は再度うなずくと、今度こそ坂道へ足を踏み出していく。


 茂み、下生え、周囲を覆う枝葉。

 注意を払いながら進む2人だったが、数分進んだところで、早くも先陣を切る夏樹が千里にストップのサインを出す。


「こいつを見てくれ」


 夏樹が指さすのは、一枚の葉っぱ。のぞき込んで千里は、そっと口元に手をやった。

 昨日、会長宅を訪ねた際の屋根のてっぺん。アンテナごと上部に引っ付いていた、あのピンク色の物体が、ここにあったんだ。

 やはり、塗料などがかぶさったというより、葉そのものが変化しているように思える。拾った枝で触れてみると、石でも叩いているような硬質な感触が返ってきた。


「いったい、どんなものなのかしら、これ? 見当がつかないんだけど」


「俺もわかんねえ……実はこの世界のものじゃない、とか」


「もとオカルト部、おつ……とでも言えばいいかしら? でもこれがここにある、ということは」


「ああ。会長やあの行方不明になった7人を追う手掛かりが、見つかるかもしれない」


 夏樹はまたニヤリと笑ってみせた。


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