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第五話

 一夜が明けて。

 目を覚ました夏樹は、もぞもぞと枕元に手を伸ばし、置いていたスマホを操作。お気に入りの曲をひとつ流す。

 寝る前にも流したもの。音量の設定もそのままにして、いまいちどかけ直す。

 頭が起きる前だからか、普段よりアップテンポに思えるが曲自体は聞こえて、ほっとした。

 ついでに新聞同好会からのLINEも確認。千里からだ。


『放課後、もと視聴覚室で報告会。もろもろのことはそこで』


 早くも何か情報を得たようだ。

 夏樹も昨晩、タブレットをいじってみて気になるところを見つけている。『了解』とだけ返しておいた。


「ハピ、ハピ、ハピ、ハピ、ハッピータイム・レイディオ〜」


 朝ごはんを食べる台所で、もはやおなじみとなるハピラジがBGMとして流れる。

 食事どきにテレビはつけない夏樹の家だが、「流行に乗らないとな」という父親の鶴の一声で、毎日のようにハピラジが流されている。

 昨日までは心地よく聞いていたこの曲を、まさか今日からおののきと警戒を帯びて聴かなくてはならないなんて。

 一刻も早くこの場を立ち去りたく、夏樹は味噌汁も鮭の切り身も、一緒くたにご飯へぶちまけて猫まんまにしてしまう。

 普段はやらない息子の所業に、母親は目を丸くしていたが、気にも留めなかった。



 通学路でも、しばしばハピラジのBGMを口ずさむ人と出会い、またすれ違う。

 こうして注意を払ってみると、自分たちや年少の子たちはおろか、大人の中にも小さくつぶやき気味に歌う人がいた。

 会長が世界に伝えなくてはいけないと危惧するほどの事態は、すぐそこまで来ているかもしれなかった。

 彼らとそれとなく距離を取るように回り道を繰り返し、夏樹はようやく学校へたどり着く。


 その日の朝礼は、部活の壮行会だった。

 今年、唯一の県大会出場者。卓球部所属の野村孝太は、夏樹のクラスから出ている。

 ひとり壇上に立ち、校長先生をはじめとする人から激励を受ける姿は、まさに独壇場といえる。

 だがその他大勢の列の中で立つ夏樹は、近くの男子のひそひそ話を耳にする。


「野村のやつ、ハピラジで県大会に行けたんだろ」


 ハピラジの単語に反応した夏樹は、姿勢そのままで、あたかも興味なさげな風を装いながら聞き耳を立てる。


「おう、聞いた聞いた。あいつ、組み合わせがひたすら良かったらしいぜ。番狂わせの連発で、あたるのあたるのザコばっかだったとか」


「先輩の話じゃ、あいつ試合中に出す声すら、ハピラジの一節だってよ? 外周のときも歌うのはあいつに限った話じゃないが、どうもひとりコースを違えるらしくてよ。かなり大回りをして帰ってくるあたり、誰にも聴かせたくないんじゃないか」


「ふーん、ひょっとしたらマジでハピラジの音程、真似できたんかね。いっちょ、ご教授願おうかな俺」


「はあ? 音痴のお前がトレースできるわけねえだろ?」


「あん? 大声だけのゴリラが何ちょーしこいてんだ?」


 そこからはヒートアップした二人が近くの先生にとがめられ、やり取りはストップしてしまう。


 ――持たざるもののやっかみだな。見苦しいもんだ。


 夏樹は鼻で笑いながらも、少し気になる言葉も聞いた。

 外周するとき、大回りをしてひとりになる。

 この学校の運動部の外周コースは、ほとんどの生徒が知っているだろう。一番長いものなら川向こうを行き来して、一周3キロ近くになる。そこから外れるとなれば……。

 周りから拍手が起こる。顔をあげると野村孝太が壇に取り付けられた階段から降りてくるところだった。

 短く刈り上げた頭。その口はクラスの列へ戻ってくる間も、絶え間なく小さく動いていた。

 どうやら、ハピラジのテーマを口ずさんでいるようだった。



「――で、その野村くんにはインタビューできなかったわけ?」


 ホームルームが終わると、夏樹はすぐもと視聴覚室へ向かう。

 千里はすでに来ていて、夏樹を見ると手を振りながら、机の上の缶コーヒーを差し出してきた。そして腰を下ろしつつ、すぐに報告会は始まったわけだ。


「県大会出場を記事にしたいから、と教室帰ってからの休み時間に打診したんだけどな。普段からあまり話す仲でもなかったし、パスされちゃったよ。ハピラジのことにも踏み込めずじまいだ」


 残念ね、と千里は缶コーヒーをくいっと傾け、ひとくち飲む。そこでわずかにずれた眼帯を戻しながら


「まあ、切り替えていきましょ。で、あたしからの報告」


 からん、と机に置いた缶の乾いた音が、部屋中に広がった。

 容易ならざることだと、夏樹も千里の表情を見て悟る。


「ハピラジのこと、おそらく情報規制されている」


 昨日、千里は夏樹と別れたあと、少し遠くのインターネットカフェへ向かった。

 そこのパソコンでSNSの捨てアカウントを作成。ハピラジのネガキャンを試みたとのことだった。


「ひゅ〜、マジでヤバそうなことしてんな、お前。で、どうなった」


「……いざ書き込みをしようとしたら、いきなり『HTTP 503』を吐かれたわ」


 千里は首を振る。

 HTTP 503。一時的にサーバーへアクセス不能という報せ。

 原因はいくつか考えられるものの、千里は書き込むより前にネットサーフィンを30分ほど行い、種々のページに問題なくアクセスできているのを検証済みだった。それが、まるではかったようなタイミングで、要求を拒否されたのだ。

 その前のサーフィンでも、ハピラジ関係のページはどこもかしこも礼賛やおすすめする声にあふれている。少し気をつけて探れば、違和感を覚えるくらいに。


「ただのエラーじゃない。大規模なファイアウォールかもと、私は踏んでいるわ。HTTP 503も、最悪検閲結果のカモフラージュの恐れがある。

 全世界対象のラジオなのだから、この環境を可能とするだけのスポンサーたちがついていても、おかしくないわね」


 文明の利器に頼った全世界への発信は、すでに潰されていた。手軽に会長からの依頼を達成、とはいかないらしい。

 そしてこれは下手なネット上でのやり取りも危ないと臭わせている。世界が相手なら、残った記録からネガキャンをした個人の特定も容易だろう。

 ハピラジに関する詳細は、こうして面と向かって話すか、筆談に頼るべきだと夏樹は感じた。


「この流行りよう、ハピラジを仕掛けた側からすれば大成功のはずだ。少しくらいの反対意見など、自然消滅するはず。

 それが、いささかも手を緩めないばかりか、なおもリスナーを増やさんとする動き。まるで宣教師の布教だな」


「それで行き着く先は、無機物と有機物を問わない消失、ね。人類滅亡、文明消滅の手としては確実かもだけど、だとしたらいささか緩すぎるんじゃない?

 もしそれらが目的なら、私たちみたいな反抗分子が現れる前に、早急にケリをつける手を選ぶと思うんだけど」


「――フォアグラづくり、かもしれない」


「ああ、ハピラジで存分に肥えさせてから、おいしくいただくってわけ? その域に達したのが」


 二人はしばし、止まってしまう。

『ひょっとしたら会長は、すでにフォアグラになってしまっているかもしれない』

 そう口に出す勇気が、二人にはなかったからだ。


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