第三話
「――落ち着いたか?」
あの後、顔を青くして尻もちつきながら震えていた千里を、夏樹はそばのファミレスまで連れてきていた。
何度か一緒に取材したから、彼女の好みは把握している。
三段重ねのパンケーキとミルクティー。鎮座するバターの上からたっぷりメープルシロップをかけて前に出してやると、彼女はゆっくりとだがナイフとフォークを手にとった。
一枚目を味わうようにゆっくり食べると、二枚目はそこそこ。三枚目はほぼいつも通りの速さで千里は平らげる。
その口元をお手拭きでぬぐうのを待ち、夏樹は先の言葉をかけたのだった。
「うん……だいじょぶ、ありがと」
ミルクティーにもガムシロップを投入して、マドラーで混ぜ始める千里。
夏樹はというと、ぬるくなり出したドリアをちまちまかじりながら、回収したタブレットをいじっていた。
千里は会長が目の前で消えた、というが夏樹はその瞬間を見ていない。
そのせいかいくらか冷静に、ことに臨んでいる。
同好会の活動でもしばしば会長が使っていたものだ。
私物ではあるが、夏樹たちに貸すこともあってパスワードは知っている。
履歴を見る限り、会長は休み始めたタイミングでハピラジの時間は欠かさず番組を聴いているらしかった。
それ以前に履歴をさかのぼっても、聴くことはあるが散発的。それがこの手のひらの返しようは誰かと示し合わせたか、あるいは何かしらの発見をし、確かめようとしたのか。
――会長。
夏樹はもとオカルト部の人間。もろもろの事情で他の先輩たちがいなくなり、ひとり途方に暮れていたところに、新聞部側として会長が合併を打診してきたんだ。
はじめての顔合わせで、その端正さに胸がかすかに高鳴ったことは否定しない。ただ恋愛感情より、憧れに近いものを感じた。
一緒に活動したのはかれこれ一カ月程度で新聞一枚を製作した程度だが、調べもの熱心で内に外に飛び回る姿は、素直に感心した。
頑張っているからこそ、報われて欲しい。そのために、自分が助けになれればいい。
新聞を作りあげたとき、達成感とともに心に湧いた気持ちだった。けれど、それを果たそうとした矢先に、会長は休み、よりによって目の前で不可解なことに巻き込まれてしまっている。
――あの人を助けたい。そのためにも考えなきゃ。
タブレットの操作を続けつつ、夏樹は千里に尋ねてみる。
「その、消えた人さ。マジで会長だと思う?」
「多分……制服も着て、あの顔で空似だとしたら、双子くらいしか考えられないんじゃない? そのタブレットのパスも、知ってるものだったんでしょ?」
半分ほど飲んだミルクティーをかき回しながら、千里はおずおずとテーブルに置いたタブレットをのぞき込んでくる。
「メモアプリ、もう見た?」
千里の意見を受けて、夏樹はメモアプリを探す。
このキーボード一体型なら、文字入力もたやすい。会長自身、出先でもよく文字を打ち込んでいた。
社外秘ならぬ会外秘だ、と会長はタブレットに入れた情報は、すぐ消去してしまう。
それがいま、開いたメモアプリの履歴にはひとつだけ開けるメモファイルが。
「最後の保存は……昨日だな」
『ハピラジ取材』と書かれたメモを開き、二人はのぞき込んでみる。
そこには7人の生徒のフルネームが最初に載っていた。うち一人は夏樹たちと同じ学年で、千里と同じクラスの井上マリという少女だった。
「この子、もう30日以上休んでいるよ。家庭の事情、の一点張りだけど」と千里。
『……以上の7名について、ハッピータイムラジオの放送よりいまにかけて、行方が知れない子たちと目されている。
実際に家族から話を聞けたわけではないが、彼らそれぞれと親しい友人、近所に住まう人に聞いて回り、久しく姿を見ていないという見解がほぼ一致しているのを確認した……」
やっぱりフットワークの軽い人だ、と夏樹は改めて感心するも、行方知れずのフレーズには、千里と顔を見合わせざるを得なかった。
引き続き画面スクロールはしていく。
『姿を消す前の彼らには、共通していることがあった。
まず、いずれもハピラジにのめり込んでいたこと。次に、耳が遠くなる傾向が見られたことだ。
いなくなる少し前より、呼んでも返事をしてくれないことがときおり見受けられたらしい。無視しているわけではなく、声が聞こえづらいのだと彼らは話していたとのこと。
実際、呼びかけ以外にも音が耳に入っていないような状況が……』
読みながら、夏樹は思わず自分の耳を手でふさいだり、どけたりを繰り返してしまう。
今日のハピラジを聞いたときが思い出される。あのとき、自分はいつもと変わらない設定の中、音を遠く感じてしまったはずだ。
そして先の会長の無反応も、もしかして……。
また胸の鼓動が強まる。今度は先の会長へのあこがれとはほど遠い。