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第一話

「すっご〜! お手柄じゃないか、夏樹特派員!」


 翌日。学校の放課後の視聴覚室で、くっつけた長机の向こうから、夏樹はわしゃわしゃと頭をなでられていた。

 深布ふかぶ中学校。

 県大会に出る部があれば大騒ぎというこの学校にも、同好会はいくつか存在している。中には合併してしまった同好会もあった。

 夏樹のいる新聞同好会もしかりで、もともとはオカルト研究部と新聞部に分かれていた。

 それが部員減少をきっかけとして、ひとつになってしまったとのこと。過去、七不思議特集を協力して組んだ経験も影響しているというが、どれほどのことか。

 本来は他に会長がひとりいるのだが、体調不良でダウン。現在の活動は夏樹ともうひとり、絶賛頭わしゃわしゃ中の千里ちさととの、二人体制で行っていた。


 彼女のちっこい手だと、夏樹のでかめのおはちをいっぺんにカバーできない。ぐりぐりかき混ぜる形になって、夏樹の髪の先っちょは渦まくような癖がついている。

 数カ月の付き合いで、どうもこれが彼女のコミュの仕方らしいと分かり、基本はされるがままにしている。

 ひとしきり頭をなでたあと、千里はそばに置いてあるアルコールボトルで手を消毒しながら、話を続ける。


「これはいよいよ、ハッピータイムラジオのウワサが信憑性を帯びてきた……というところかな?」


「ハッピータイムラジオ。その放送で流れるメロディは幸せを招く。口真似とかができれば、なお幸運を呼ぶ……って奴だろ?」


「そ、そ、そ、それそれ、それなのよ」


「そ、そ、そ」に合わせて天然パーマ気味の短髪を揺らし、こくんこくんとうなずく彼女。その右目は今日も白い眼帯に隠されている。


 ハッピータイムラジオ、通称ハピラジは一カ月半ほど前に新しく始まったラジオ放送だった。内容は番組に寄せられたリスナーからのはがきに、パーソナリティとゲストが答えていくポピュラーなもの。ジャンルは多岐に渡る。

 期間限定の実験配信と称し、日本では珍しい全世界対象の配信と銘打たれて始まったこの放送は、従来の電波によるものに加え、時代に即したインターネットラジオにも対応している。

 そこらを歩いている子供でも、スマホをちょちょいといじれば簡単に聴取ができた。

 全世界対象は伊達ではなく、無数の言語による翻訳が母国語の読み上げに続く。その特性から、多言語学習の一環として使う人が増えているとかいないとか。

 各国の時差の関係もあるのだろう。24時間を通した細かいスパンで、このハッピータイムラジオは流される。

 犬も歩けば棒に当たるが、いまや20分もラジオを聴けばハピラジに当たるともいえる状況だ。


 フリースポットかつ、ときたま長尺な放送も入ると、他のコマーシャルを軒並み潰す勢いでの席巻。

 それが認められている時点で一般人もタダごとじゃないと感じ出し、これまでラジオに興味がない人にまでうわさが広まる始末。

 おそらく、この深布中学校でもハピラジを聞いたことがない人は、もはや一人もいないだろう状況だった。


 そのさなか、この学校で持ち上がったのが先のウワサだ。


「ハッピータイムラジオの曲は、その名の通りに幸運を呼ぶ。それを音程などもすっかり真似て口ずさめたなら、もっと幸運を引き寄せる」


 いろいろと試したい盛りに、この手のウワサは効いた。

 真偽を確かめようと、ハピラジのテーマソングを「ハピ、ハピ……」などと口ずさむ者がちらほらと姿を見せたんだ。

 いつも口ずさんで、うまくいったならハピラジのおかげ。仮にうまくいかなくても、自分の真似っ子が下手くそだっただけ。

 みな、ハピラジに感謝こそすれ、恨みをぶつける奴は相当なへそ曲がりでない限りは、出てこなかった。


 ウワサの出どころははっきりしないものの、千里は広めた本人と自負している。

 彼女のする眼帯も、その理由のひとつだという。本人いわく、半月前の習い事の帰り、近所の運動公園の横を通りかかったとき、敷地内では野球をしていた。

 その特大のファウルボールがあがったとき、彼女はちょうどイヤホンをしながら、ハピラジを聞いていた。長尺なハピラジ放送が行われる時間だったんだ。

 避難をうながす声が聞こえず、ふと街路樹の枝葉が騒ぐ気配に見上げた時は、もうボールが目前に迫っていた。


 が、直撃はしなかった。

 あきらかに右目にあたるコース。なのにいささかの衝撃もなく、ボールは目を通り抜けてしまう。おりしも「ハピ、ハピ……」とハピラジのテーマソングが流れている最中だったとか。

 落ちた音もしない。振り返って見下ろしても、道路にはずむ白球の姿もない。

 すり抜けたんじゃない。消えてしまった。でも、この顔は守られた。

 肌で感じたスクープとオカルトの気配が、彼女の火をたちまちあおった……というわけだ。


「で、どうして眼帯なんだ? クラスじゃ千里が病気に目覚めた、なんてひそひそ話してるぜ?」


「素肌じゃだめだめ、神秘が逃げる。こうしてフタをしておけば、神秘が中に溜まるでしょ? 溜めないのはいつでもできる。でも溜めに溜めた先に、大スクープへの道があるかもというわけよ」


「ビームでも発射したいのか? やはり病気をり患してるじゃないか」


「なので、夏樹もさらしを巻いてくんない? 私より面積広い神秘とか、とてつもないものが生まれるかもよ?」


「どこが『なので』だ。お断りする。なんでどこかのケンカ屋みたいに……って、本当にバンテージ用意してんのかよ」


 千里は極厚の肌色伸縮包帯を、すごすごと引っ込める。

 が、教室の壁にかかった時計を見やると、さっとスマホを取り出して操作を始めた。

 ハピラジの定期的な長放送枠。その開始時刻が近づいていたからだ。



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