エピローグ
空を覆っていたピンク色の雲。それらがすっかり失せたのは、数十分後のことだった。
屋根などに乗っかっていた、同じ色の塗料たちもまた忽然と消えて、後には不自然に削り取られ、穴の開いた危険な姿のみが残った。
人々が騒ぎ、いぶかしむ中、かの山へ急行する救急車たちの姿があった。
それは県大会を控えるある学生から知らされた、山の頂上付近にいる二人の男女の救助要請に応じたものだった。
無残にえぐり取られた傷痕を、ところどころに残す山道。その先のクレーターをこさえた頂上の近くに、果たして受けた通報通りの制服姿の男女がいた。
男子は腹部、女子は右目を中心とした大けがを負い、いずれも予断を許さない状況だったという。
すぐさま彼らは病院へ運ばれ、駆け付けた家族が祈る中、緊急の手術が行われることになった。
結果的に手術は成功し、一命を取り留めたものの、彼らは長期の入院を余儀なくされたのだとか。
夏樹はもう何度目になるか分からない、病院での目覚めを体験していた。
時刻は昼過ぎ。リハビリの運動以外では、ずっとこのベッドの上で過ごしている。
肺と腎臓をひとつずつ失い、胃にも潰瘍ができていたとのことだった。ただいずれもあまりに乱暴な切り取られ方で、獣にでもやられたのかと診察の際にはいぶかしがられたものだ。
あの車がすり抜け消えた時の断片は、そこにまで及んでいたのだろう。
そして被害はそれだけじゃない。
いま夏樹のベッドの脇には、カードで見られるテレビがついている。画面の中でキャスターが口を動かしていた。
まったく、聞こえない。音量を最大にしているのに、だ。
補聴器は用意をしてもらったものの、それを使ってもさほど効果はないほどだ。字幕がなければ番組の中身も理解できないところが多い。
ただ分かるのは、四六時中チャンネルを回していても、あの日に起きた出来事はちっとも取り上げられる気配はない、ということだ。
――ああなるのも見越している、というわけか。検閲スポンサーたちが、徹底してもみ消したのか。
画面から天井へ顔を戻しかけたとき、一気に視界を隠してきたものがある。
メモ帳だ。どうにか手で取り除けると、ベッドの横に車いす姿の少女が来ていた。音が聞こえないから、じかに見ないと近づかれても分からない。
千里だった。
右目を中心とする顔の半分は、ほぼ包帯で覆われている。
そのうえあの時、歌いきるまでの間に落ちてくる破片をかわし損ねて、靴と一緒に足趾をいくつか失ってしまっている。
慣れれば歩くことはできると目されているが、もうまともに走ることは難しい、と。
そして彼女もまた、夏樹と同じ。
夏樹はあらためて千里を呼ぶ声を出したつもりだった。でも彼女は夏樹を見て首をかしげ、耳に手を当てて見せる。
あの日から、千里もまた聴力を失ったままだ。お互い、ある日にひょいと回復するんじゃないかと思い、声を掛け合うことは忘れない。
千里が耳に当てた手を、先ほど取り除けたメモへ向ける。夏樹はその紙面を見た。
『わたしたち、やれたんだよね? ハピラジの役目を果たせたんだよね?』
連日のニュースの音沙汰なさに、不安を覚えたのだろう。
夏樹は身体が痛まないよう、そっとサイドテーブルへ手を伸ばし、転がっているシャープペンシルを手に取り、メモに書き足してやる。
『ああ、もちろんだとも。新聞同好会、最後のニュースは大成功さ。会長もそう思ってくれているって』
二人はそれを見て、顔を合わせると互いに笑って見せる。お互いに聞こえない声を響かせながら。
けれど、ゆえに二人は気づいていない。
「ハピ、ハピ、ハピ、ハピ、ハッピータイム・レイディオ〜」
いまや必要な院内放送をのぞき、病院中にはハピラジのテーマソングが流れていることに。




