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第十四話

 ◇◇◇和歌山城下のとある街角にて


「……下拵えはどうか?」


 道端で立ち話をしている男達。決して食事の準備の話ではない事は雰囲気から察することができる。

 その者らは、周囲から気にされる様子も無い。取り立てて良い男振りでもなければ醜男でもない。着ているものも高価そうでもなく貧しさを感じる事もない。

 あまりにも普通すぎて取り立てて記憶に残るようなポイントが見当たらない男達なのだ。

 そして彼らは会話しているかのように時折口を動かすのだが、周りに声が聞こえてこない。それが普通ではないと言えるだろうか。


「さすがに紀州藩も藩士が多い。潜入は難しそうだ」

「人が多ければ紛れ込むのは容易かろう」

「ある程度はな。表屋敷であれば、うろついてきたが中・奥屋敷は場所柄、顔見知りで占められている。潜り込むのは無理だろう」

「屋敷を派手に襲うなら出来なくもないが、三人とも狙うのは無理だな。それは最後の手段か」

「ああ、となると綱教《藩主 光貞の長男》を狙うには、時間をかけて藩士として潜り込むしかあるまい。先に入れておいた下男程度では深く入り込めんしな」


 一番印象に残らない男が話題を変える。この男が上役だろうか。


「綱元《藩主 光貞の次男》と頼方《藩主 光貞の四男》はどうか?」


 別の男が答えるように口を動かす。相変わらず声は聞こえてこない。


「どちらも藩主になったくせに和歌山から出ん。一度も領地に行かんとは予想外だ。お互い領地も近いから、向こうに行きさえすれば、道行でまとめて始末してやれたものを」

「いくらなんでも藩主が行かぬとはな。江戸定府なら分かるが、実家に引きこもるとは考えもつくまい」

「愚痴を言っていても詮なきこと。何かないのか」


「葛野藩主の頼方《藩主 光貞の四男:主人公》ですが、街中で出会った女子の家によく行っています」

「町人か?」

「いえ紀州藩士の下士の家の子女のようです」


「なんだ。下賎な母を持つと身分の低い女を好むのか。そんな所まで遺伝するとはな」

「それが今や大名。我らは明日も知れぬ身」

「ふん。我らに狙われている以上、あやつらも明日も知れぬ身に変わりあるまい。知っているか知らぬかの違いよ」

「まずは四男か。行動を徹底的に調べておけ。解散」


 集まっていた男達はその言葉を聞いて、ふっと離れていった。ある者は間借りしている農家の納屋へ向かい、ある者は行商人の風体で目抜き通りの商家へ、先ほどまでの話し合っていた事など無かったかのように過ぎ去っていく。


 ◇◇◇◇加茂村

 僕は今、鍬を振るっている。朝から晩まで。日の出と共に働き始め暗くなるまで土を耕す。そう農民のように。今日だけの事じゃない。昨日も一昨日も、先週も先月も。

 僕は武士になったのではなかったのか。これではどう見ても農民にしか見えない。寅に見られたらと思うと憂鬱だ。


 河原者から武士になれるなんて夢のような話だったけど、現実はこんなもんだ。

 きっと寅が見たら、まるで農民だなって笑うんだろう。

 笑われるのは嫌だな。


 義理とはいえ父ができた事は嬉しいけど、その父の指令をこなすのは飽きてきた。

 代官たる者、農民と共にあるべしって聞いた時は立派だなって思ったのに、こうなってくると話は別だよなって思う。気持ちを理解するために同じ生活をするべしって、共にあるっていうより農家になっちゃってない?

 農家は土と会話するなんて言うみたいだけど、僕は土に恨み言をぶつけているだけなんじゃないかな。これではダメだとわかっていてもやめられない。

 これで農民の気持ちなんてわかるのだろうか。


 そうそう、河原者の僕が武士になった成り上がり譚はというと……なんて格好良く言っちゃってみたけど、そこまで大した話じゃないんだ。

 ある日、参勤交代で、こっちに戻ってきていた新之助殿、今は頼方様か、彼が久しぶりに長の徳利爺の所へ、挨拶をしに来ていたんだ。普段、僕達に会いにきたら徳利爺を起こしたりせず、そのまま入ってくるのに不思議だなって思ったっけ。今にして思えば、僕を武士の家の養子にしていいか断りを入れていたんじゃないかって思ってる。

 だってその時の頼方様は熱心に徳利爺に話しかけていて、終わり際には笑顔になって、そのまま僕のところに来たんだもの。

 頼方様はとても嬉しそうに僕を養子に迎えたい家があるって説明してくれたっけ。彼も僕が武家の血筋だって知っていたから、武士に戻れる事を喜んでくれたんだ。そんな気持ちに気がついて、僕もすごく嬉しくなったよ。もちろん、武士になれるって事も嬉しかった。河原者の中では僕にできる事は少なくて、こっちでも迷惑かけちゃってたから、そこから抜け出せるっていう喜びもちょっぴりあるかな。


 話を聞いてみると、一度会ったことのある加茂村の代官 黒川甚助殿が黒川家を残すため養子を探しているのだとか。黒川家は、川の決壊による被災でご家族を亡くしていたらしい。確かに一度お会いした時は、家にご家族は見受けられなかった。

 元々は自分の代で断絶させるつもりだったらしいが、頼方様と話して気が変わったらしい。そのおかげで、僕は武士になれたんだ。


 小さい頃から、ずっと一緒だった寅と離れるのはすっごく寂しかったけど、あいつは笑ってこう言ったんだよ。


「俺は長と自由な船乗りになるぜ。いくらか離れるつったって加茂村くらい船で乗り付けりゃあ、あっという間さ。会いたきゃいつでも会えんだから、辛気臭え顔すんな。大出世じゃねえか」


 まさか寅に励まされるなんてね。寅をフォローするのが僕の役割だったのにさ。


 そっからはトントン拍子で話が進み、河原者の巳之助は黒川巳之助になったんだ。簡単だったのは、そこまで。

 はれて黒川巳之助となったその日から義父 黒川甚助と熱血指導が始まった。

 最初の一年は代官屋敷に軟禁状態。一歩も家から出してもらえなかった。

 武士として恥ずかしくない教養や礼節、常識などなど。言葉遣いも細かく指導された。自分の事を「おら」と言うのは真っ先に直されたよ。

 最初に会った時の義父は古風な武士然としてて実直な人だという印象だったのだけど。一緒に暮らしてみれば、一年も軟禁されたり刀を左に置いてすぐ抜けるようにしてから講義をしたり。変な緊張感を感じさせる熱血教官だったよ。


 そんでもって、やっとの思いで外に出れるようになったらこれさ。農民生活。

 今にして思えば武士らしかったのは最初の一年だけだったな。軟禁されたけど。

 その後の四年は農家の真似事だもん。これじゃ農民としてのキャリアの方がだいぶ長くなってしまったよ。


 また土に愚痴をぶつけながら鍬を振るう。あーあ、いつになったら武士になれるんだろうな。

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処女作ですので皆様の反応で一喜一憂しながらモチベーションにして書いています。

気持ちが乗れば筆も走るので更新ペースも上がるかもしれません。

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