アルバイトのすすめ
憧れて入った大学はやはり憧れの大学で、私は完全に蚊帳の外だった。
パンフレットで見かけたような華やかな女の子たちが、にこやかに歩いていく。
見惚れたレンガのキャンパスに、よく似合う子たち。
通販で手に入れた洋服をモデルのように着こなせない私は、野暮ったく、彼女たちの景色にさえなれていなかった。
大学を機に上京を許されたのは、母方の祖母が都心から少し離れた町に住んでいたからだ。
古い平家の小さな木造住宅で、祖父が亡くなってからは祖母が一人で住んでいた。
以前、ディズニーランドへ行った帰りに伺ったくらいしか記憶はない。
父方の実家に住んでいた手前、母方の実家とはあまり行き来が無かったが、週に一度の電話はかかさなかった。
祖母はその定期連絡みたいな電話を待っていてくれたし、とにかく祖母は私を可愛がってくれた。
今回、間借りをする話も喜んで受けてくれた。
家賃が掛からないだけありがたかったが、大学にはキレイでオシャレな子たちが溢れている。
みんなでランチを食べようものなら、あっという間にお小遣いは消えた。
仕送りに感謝しつつ、やはりアルバイトは必須だ。
私が居間で求人雑誌を眺めていると、祖母はそれが何か気づいたらしい。
「りえちゃんみたいになるよ」
と、静かに言った。
りえちゃんとは、母の兄の子どもだから私のいとこだ。
2人兄妹で、有名な大学に入ったがバイトが楽しくなり、結局、そこのオーナーと結婚した。
仕事を見つけ、好きな人に会い、楽しくやっているのだからイイじゃないかと思ったが、世の中そうは行かなかった。
伯母は発狂した。
幼い頃から優秀で、超エリートと結婚すると勝手に想像し、勝手にりえちゃんを自分の化身としていた伯母は、りえちゃんを許さなかった。
それから、りえちゃんの行方は知らない。
ただ、伯母の怨念ばかりが渦巻き、だれもりえちゃんの名前は口にしなかった。
「学業に差し障りないくらいのバイトだったらどう?週に2回とか3回とか」
祖母はやっぱりイイ顔をしなかった。
両親が許しても、だ。
そんなある日、祖母が電話番号が書いてあるメモを手渡した。
脇には「花登家」とある。
「ここは昔の教え子がやってる店だよ。小さくてステキな割烹料理屋だし、花登も信用できる。週に3回の仲居のバイトを募集してるから、行ってみたら」
時給さえ分からなかったが、とにかくここでしかバイトは認められないらしい。
祖母は学校の教員をしていたから、その時の教え子なのだろう。
お墨付きなら安心だ。
パワハラやセクハラ、ブラックな店の可能性も少ない。
ならば、行くしかない。
私は「花登家」に電話をかけ、面接もしていないのにそのまま採用が決まった。
謎だらけだったが翌日から、火、金のアルバイトとして採用された。
始めて「花登家」へ行った日、面接もしないで採用する不思議な対応に不安を抱いたが、店は小さいながらも趣きがあり、自分の両親より年配の店主も奥さんも穏やかで暖かかった。
紹介してくれた祖母に心から感謝したが、それ以上に感謝することになるなんて、この時はまだ知らなかった。




