【短編】悪役令嬢の初恋とか失恋とか。
「レベッカお嬢様。私は貴女を軽蔑します...」
私にそう告げたのは、我が家の執事であるヨハンだった。
彼はあどけなさの残る顔を怒りで歪ませ、その黒い瞳を冷たく私に向ける。
「あら、なぜかしら?」
私はヨハンを揶揄うような態度で聞き返す。
私の態度にヨハンは更に怒りで顔を歪めた。
まったく...折角の可愛らしい顔が勿体ない、私は素直に思った。
だが彼の怒りは当然だろう。
私が姉ジェシカにした仕打ちを考えれば...
我が家、ルーデリア子爵家には姉であるジェシカと妹である私レベッカの二人姉妹がいる。
私たち姉妹が幼い頃に、国の権力者であるアルデス公爵家との縁談が決まり、そして公爵家嫡男は私の姉ジェシカと婚約する事となっていた。
ーーーしかし、先日その約束は破られた。
公爵家嫡男からジェシカは婚約破棄を言い渡され、代わりに私との婚約を結んだのだ。
そして、それを仕向けたのは他ならぬ私である。
「レベッカお嬢様は公爵家に通じ、ジェシカ...ジェシカお嬢様の在らぬ噂を伝え、彼女の評判を落としたのでしょう?!」
「あら、何のことかしらね?私にはさっぱり...」
ヨハンの言うことは概ね当たっている。
私は公爵家嫡男に取引を持ちかけ、婚約破棄を仕向けた。
「惚けないで下さい!何故そのような事を...」
ヨハンは私を真っ直ぐに見つめる。
少しだけ、私の鼓動が早くなった。
「単純な話よ。公爵家へ嫁ぐのにジェシカお姉様より私の方が相応しいからよ」
私は冷たく言い放つ。
姉ジェシカは優しく、純粋な人だ。
人を疑う事をしないから、すぐに騙される。
それでも笑って許し、また人を信じるような愚かな姉だった。
ーーー私はそんな姉が大好きだった。
姉をあの権力争いが絶えず、血で血を洗うような怪物たちが住む公爵家に嫁がせる事は出来ない。
謀略渦巻くあの屋敷には、姉よりも私の方が相応しい。
幸いにも、私は人を騙したり、策略を巡らすことは得意な方だ。
それに姉は...公爵家嫡男なんかより、このヨハンと一緒にいた方が幸せになれる。
姉は幼い頃からヨハンの事が好きだったのだから。
それに...この執事ヨハンも姉に想いを寄せていた。
ヨハンも執事の身でありながら、貴族の私にここまで怒りを向けるのだから、相当に姉を大切に想っている事がわかる。
この男なら安心して姉を任せられる...
ーーー私はヨハンに視線を移す。
彼の顔を見ると、心が締め付けられるような気分だったが...
この"想い"には、まだ蓋をしておこう。
この気持ちに気づいてしまったら...
私がやってきた事が無駄になってしまうような気がしたから。
後日、公爵家嫡男と私の婚約が正式に決まった。
更に私は、公爵家の力を借りることでジェシカをルーデリア子爵家から追い出す事にした。
「さようなら、レベッカ...体には気をつけてね」
姉が屋敷を去る当日だった。
荷支度を済ませたジェシカが私を心配そうに見つめる。
私はエントランスの上からジェシカをただ見下ろしていた。
「...」
ジェシカの横にいるのは執事のヨハンだった。
彼もジェシカと共にこの屋敷から去るのだ。
きっと、この二人は結ばれる事になるだろう。
二人が扉を開けて屋敷を去るのを私は最後まで見届けはしなかった。
二人が去った後、私は自室に向かう。
屋敷の中では使用人やメイドたちが私に怯えた視線を向けていた。
「自分の姉の婚約者を奪うなんて...」
「幼い頃から一緒にいたヨハンも追い出して」
「あの公爵家に取引を持ちかけたらしい。そこまでして...」
彼らは声を小さくしながら噂をしている。
どうやら私はちゃんと"悪役"を演じれたらしい...
ーーー私は姉が大好きだった。
そしてヨハンに恋をしていた。
私は大好きな二人の笑顔を守りたかった。
だから姉を公爵家から遠ざけた。
だからヨハンに恨まれるような事もした。
だから二人をこの屋敷から追い出した。
自室に戻り私は窓から屋敷の外を眺める。
二人の門出にはちょうど良い澄んだ青空だ。
「...これで良かったんだ」
私は自分に言い聞かせるように一人部屋で呟いていた。
私がぼんやりと空を眺めていると屋敷を去るジェシカとヨハンの姿が目に入る。
ーーー二人は私に気づき...
深く頭を下げていた。
私はその姿を見て、涙が...蓋をしたはずの"想い"が溢れ出る。
ヨハンは私の"初恋"だった...
そして今、その"初恋"は終わりを告げた。
私は自室から姉たちを見送り、部屋で泣き崩れていた。
ーーーどのくらい泣いていただろうか?
気づけば外は日が沈み、夜となっていた。
これが所謂、"失恋"というやつか...
私は散々泣き腫らした顔を鏡で見て、思わず笑ってしまった。
私は鏡台の前に腰掛け、化粧をし直す。
ーーー子爵家の屋敷の扉が開かれた。
「こんばんわ。迎えに来たよ、私の姫君」
そこに立っていた金色の髪をした美しい男は妖しく私に笑いかけ、手を差し伸べる。
公爵家に住む嫡男。
あの怪物蠢めく屋敷の住人だ。
これから私は公爵家に嫁いでいく。
きっと、それは戦いの日々になるだろう。
だけど...私のような"悪役"にはそれがお似合いだ。
私は決意を新たに、彼の手を掴んだ...
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