後編~怪事件?そして~
朝のはじまりとともに・・・。
大作は暗闇の中で待ち続けた。
ずっと。
ずっと。
幾年月。
「母さん!」
そっと差し伸べる母の手に、大作は喜び泣いた。
前日から未明まで語り明かし、はしゃいだ受雷と真美(主に真美の方だか)は、旅館のチェックアウト時刻である10時まで寝過ごしてしまった。
互いの浴衣ははだけ、布団はぐっちゃぐっちゃだ。
爆睡する真美のスマホから着信音が流れる。
「ん?」
何度も鳴る音に、気づいた受雷は、真美を揺り動かす。
「ん~」
彼女は寝返りをうつと、ぐいっと布団を引き寄せて、さらに安眠体勢とうつる。
「・・・・・」
どうしたものかと、ぽりぽりと頭をかく受雷、液晶ディスプレイを見ると、着信の主は晶子だった。
「やむなしか」
受雷は呟くと、通話ボタンを押す。
「はい」
「あっ、真美・・・えっ」
「すいません伊武です・・・彼女爆睡しちゃって」
「ああ、じゃ夜はおたのし・・・ああ、すいません。お客様っ!・・・そっ、そうです!伊武さんは探偵ですよね!真美から聞きました」
「はい。一応」
受雷は、ついでにと駆け出しのぺーぺー探偵と言おうとしたのを止めた。
「じっ、事件ですっ!」
やや、芝居がかって聞える晶子の声に受雷は尋ね直す。
「はい?」
「事件なんですっ!主人が発見しました!すぐに来てください」
「はあ」
思わず、間の抜けた声をあげる受雷であった。
20分後、受雷と真美は旅館の若夫婦と合流し、裏山を歩いている。
「ふあ~」
真美は思わず欠伸をし、慌てて口元を抑えた。
「昨夜はお楽しみ?」
隣を歩く晶子が小声で囁く。
「馬鹿」
その前方を歩くのは、受雷と晶子の夫正である。
受雷は彼に事情を聞いている。
やがて少し拓けた場所に、木々に覆われた土蔵が見えた。
正の話によれば、この裏山も旅館の敷地内で、正面の土蔵は先々代の頃、造り酒屋で財を成していた頃のものだという。
鍵も忘れ去られ、ずっと放置し続けた蔵だが、土壁が崩れ倒壊の危険がある為、正は昨日から蔵の中を整理していたという。
そして今朝見つけた。
「死体?」
決して穏やかな話ではない、受雷は改めて聞き直した。
「そうです。酒甕の中に・・・」
正は話を繰り返す。
「事件性は?」
「分かりません・・・元々、密閉されていた場所ですから・・・ただ、なんといいますか・・・その・・・いや・・・ちらっとしか見てないんで・・・なんともなんですが・・・」
正の歯切れが悪い。
「どうかしました?」
「新しいような」
「・・・!」
受雷は思わず、真美と顔を見合わせた。
「本来なら警察の方に連絡するのが先なんでしょうが・・・晶子・・・妻に友人に探偵がいると言われまして・・・」
「そうですか、助かります」
「作者に代わりまして」
受雷と真美は慇懃にぺこりと頭をさげた。
4人は壊れた壁から土蔵の中へ入った。
陽光が土蔵の中を照らし、つんと黴臭い香りが鼻につく。
「こちらです」
正は、隅の光の届かない場所に置いてある酒甕を指さす。
甕は5個ほど整然と並べてあった。
「一番、奥です」
正は言った。
「わかりました」
受雷は3人を手で制して、甕に近づく。
蓋は床に外されて置かれていた。
「ご主人、発見時には蓋はされていましたか」
「はい、蓋がされていました。それと上の梁から落ちた材木が上にのっていました」
「そうですか」
受雷は甕の中を覗き込む。
水が並々と入っている、その中に小さな子ども、確かに言われた通り、死後間もなくのように見える。
受雷は姿勢を正し、両手を合わせる。
「いきます」
それから、右手を甕の中に入れ、子どもの肩に置く、そこにはなんの感情もない。
「ダイブ」
目を閉じ、念じる。
「うん、うん、よしっ!よしっ!」
鎮魂探偵は、かすかに残る子どもの思念を頼りに、死と生のはざまを泳ぎ漂う。
「いたっ!」
子どもの姿がみえる。
しかし、届きそうで、届かない。
受雷はそっと彼のおでこに手をあてる。
心と思念を深く読み取る。
・・・・・・。
・・・・・・。
「うんっ!うんっっ!うんっ!こんなんでましたけど!」
かっと受雷は目を見開いた。
そっとその子の頭を撫でる。
「事件は解決しました!」
「なんか胡散くせぇな」
「ねぇ」
と、夫婦。
「ちょっと、これが伊武さんのスタイルよ」
真美は憤慨する。
「うおっほん。では、事件の全容を説明します。ご主人、神隠しのいいつたえありますよね?」
受雷は正に尋ねる。
「はい、じいちゃんから聞きました、昔突然、家の子どもがいなくなったって、それでどんなに探しても見つからなかったって」
「甕の中の子どもが、その子玄太君です。彼はこの蔵が閉鎖されて間もない頃、鬼ごっこでこっそりとこの甕の中に身を潜めました。が、運の悪いことにその時、地震があり梁に乗せてあった材木が蓋に覆い被さり出られなくなった・・・そこから家の混乱期もあり、土蔵のことは次第に忘れ去られていくことになります。だけど、好か幸いか、土蔵の雨漏れにより甕の中が水で浸された事と甕の底にあった防腐剤と、なんらかの作用によって、彼の遺体は奇跡的に保たれた・・・これが顛末です」
「そんな・・・そうでしたか」
「彼はずっとしばらく、さみしがっていましたが、上で両親と巡り合えました。今は親達と同じ場所に葬ってほしいと言っていました」
ガタン、ゴトン電車は揺れる。
隣で真美は小さないびきをかきながら、心地よさそうに眠っている。
「ったく」
受雷は苦笑いを浮かべながら、フリスクを頬張り、彼女の付き合い半分で飲まされたコップにわずかに注いだビールを飲み干した。
「かーっくうぅぅ苦っ!今回はタダ働きか・・・」
独り言を呟き、首裏に両手を組んで背もたれにもたれかかる。
「ふふふ、そんなことないよ」
薄目をあけて微笑む真美。
「あっ、起きていたの」
「うん」
彼女はごそごそとバックを漁りはじめる。
「じゃーん!」
それは旅館の宿泊券だった。
「また行けるね」
屈託なく微笑む真美。
「ったく」
受雷は彼女に微笑み返した。
完
読んでいただき、ありがとうございました。
春の推理企画に繋げられるか?