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死者からの挑戦状

 スピーカーを通していても、少しキーが高い声は、耳に心地よく涼しげに響いた。

 やわらかな方言は、ぴたりと動きを止めた栞たちに降り注ぐ。


『わたしは一年前に追いかけられて、追い詰められたけど、まだ捕まってへん。聞いてる? 力也くん』


 独特のイントネーションは、静かに、やわらかく、耳にする彼らの不安をあおってきた。

 栞が、悲鳴のような声をあげる。


「七奈美の声! 七奈美? 七奈美だよね?」

「――うん、七奈美って、こんなしゃべり方だった気がするけどぉ」


 半信半疑の表情で、鈴音が首をかしげた。

 声がでない力也や忠太、そして曽我に、無邪気に問いかける。


「一年前って……。七奈美、もしかして生きてるの? これ、この声って、本当に録音なのかな?」


 部室へ向かうために、運動場の真ん中ほどまで駆けてきていた力也が、その場から大声で怒鳴った。


「ふざけやがって!」


 すぐに踵を返すと、今度は放送室へ向かって走りだす。

 もう一度、窓ガラス越しに誰もいない放送室の中をのぞきこんだ力也は、ヒビが入るかと思うほどに、強く手のひらで叩いた。


「くっそ! 手のこんだ悪戯をしやがって!」


 力也は、頭から湯気がたちそうなほど血をのぼらせていたが、ガラスを素手で割るほど馬鹿でもないようだ。


「とりあえず落ち着け、佐々木」


 追いついた曽我が、力也に恐る恐る声をかける。

 おとなしくさせようと、力也の肩に置いた曽我の手は、すぐに鬱陶しげに払われた。

 曽我と力也の後ろで、振り回されるように走らされた鈴音と忠太が、ため息をつきながらささやき合う。


「さっきの声も、歌と一緒に吹きこまれた録音だったのかなぁ」

「それにしたら、ぼくたちが放送室を見ていない、いいタイミングで流れたよな」


 ふたりの会話に、駆け寄ってきた神園が混ざってきた。


「さっきの放送、みんなも聞いたのね。一年前が、なんとかって。ちょっと内容を整理したんだけれど。――七奈美さんが亡くなったのは、一年前でしょう? それまでに録音された音声なら、一年前がって言葉は、吹きこまれないわよね?」

「それじゃあ、やっぱり七奈美は生きてるってこと?」


 少し強張った表情で、そっと鈴音がつぶやく。

 そこへ、蒼ざめた顔の栞が、小さくヒステリックに叫んだ。


「そんなこと、あるわけないわ! だって、七奈美は、七奈美は!」

「でも、あたしたち、誰も七奈美の死体を見ていないもの」


 驚いたような皆の視線を浴びながら、鈴音は唇を尖らせて続ける。


「七奈美のお葬式って、親族だけで行いましたって聞かされただけだしぃ」

「それじゃあ、七奈美は、じつは生きているってこと?」

「おい、安藤、衣川。小坂七奈美が生きているってのは飛躍し過ぎだと思うぞ。いくらなんでも、そんなややこしいことを、彼女のご両親がされると思わないからな」


 曽我が、ふたりの会話に割りこんだ。


「でも、七奈美の声っぽかったし。生きてるわけでもなく、録音じゃないとしたら、どういうこと? 死んじゃった七奈美の声だとしたら、それじゃあ、七奈美の幽霊ってことになるの?」

「待って、待って。ふたりとも」


 栞と鈴音の会話を聞いていた神園が、落ち着いた声でまとめた。


「こういうこと? 最初に流れた放送は、録音テープかなにかで、いま流れた声は、その録音を放送した犯人で。幽霊って現実的じゃないわ。だとしたら、幽霊というより、七奈美さんの成りすましってことじゃないかしら」


 神園の言葉は、力也の耳に届いていたようだ。


「さっきの放送じゃ、まだ自分は捕まっていないって言っていたよな。校内で、一年前の追いかけっこの続きをやろうってことだ」

「佐々木、挑発に乗るんじゃない」


 曽我の制止に耳を貸さない力也は、指をバキバキと鳴らしながら憤った。


「幽霊だか成りすましだか知らねぇが、望み通り追い詰めてやるよ! この手で捕まえて、犯人をぶちのめす!」


 言うことをきかない力也に困り果てた曽我が、情けない表情で、助けを求めるように神園の顔を見る。

 神園は、力也を落ち着かせるために、あえて静かな声で口を開いた。


「なんで――成りすましの人は、こんな回りくどいことをするのかしら? 狙いは、名前を呼ばれた佐々木くんなのかしら。でも、その理由がわからないわよね……」


 すると、鈴音がポツリとつぶやいた。


「――きっと、仕返しのつもりなんだわ」

「え? 仕返しって?」


 神園が、鈴音の言葉を聞きとがめる。

 だが、鈴音は首を横に振って、それ以上は口を開かない。先を促すように鈴音の顔をのぞきこんだ神園へ、ふいに思いだしたように曽我が声をかけた。


「そうだ、神園先生! 放送室の鍵は見つかりましたか?」


 放送室のドアさえ開けば、力也がひとまずおさまるだろうと考えたのだろう。

 呼ばれた神園は、パッと顔をあげる。そして、申しわけなさそうに返事をした。


「やっぱり、どこを探しても、放送室の鍵は見当たらなかったんです。でも一応、教室とか体育館とか、ほかの鍵は所定のところにあったから、ここに持ってきましたけれど」


 体育館と聞いて、曽我は顔をしかめた。講堂と兼ねている体育館で卒業式が行われる。すでに下級生が卒業生と保護者用の椅子を並べ終わっていて、準備が整っていた。


「明日は卒業式なのに……。これ以上、おおごとにしたくないなぁ」


 その曽我の言葉につられるように、忠太が体育館の方角へ顔を向ける。

 そして、驚いたような声をあげた。


「あれ? あの体育館って、電気がついていないか?」

「え?」


 皆が一斉に、体育館を見た。

 もう日が暮れて、部活動もない運動場には、ライトがつけられていない。暗闇の中で、体育館の窓から光がぼんやりと漏れていた。


「いや、でも……。ぼくと神園先生以外は、もう教職員は帰っているはずだ。ぼくが学校の戸締りを言付かっているんだから」


 その曽我の言葉を聞きつつも、鈴音がぽろっと口をはさんだ。


「でも。もしかしたら、卒業式に使われる体育館に、誰か残っているのかもよ。たとえば、放送室の成りすましとか」


 鈴音の無責任な言葉に、力也が動いた。


「ふざけた真似をした奴は、オンナだろうが容赦しねぇ!」


 そう叫んで、力也は体育館へ向かって駆けだした。



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