放送室
渡り廊下を通って、職員棟に入る。
職員棟の入り口には、廊下をはさんで向かい合わせに職員室と保健室がある。職員室に並んで校長室があり、その奥に、放送室があった。
栞と神園、英二が放送室の前までやってくると、力也が、放送室のドアを蹴りながら怒鳴っていた。
「出てこい! 中にいるんだろ! ツラ見せろや!」
困り果てたような表情の曽我が、神園に気づいて近寄ってきた。
「どうやら鍵がかかっているみたいで、開かないんですよ」
そして、チラリと力也のほうを振り返った。
ため息まじりに、言葉を続ける。
「ドアが頑丈で、壊れることはないと思うが。佐々木が聞く耳を持っていなくて」
「――あの……」
栞と神園のあとについてきていた英二が、おずおずと片手を挙げながら声をだす。曽我が、英二の存在に気がついたように視線を向けた。
「ん? ああ、なんだ?」
「放送室って、たしか音が漏れないように二重扉だった気がする……」
「二重扉?」
驚いたように、曽我は目を見開いた。その声が大きかったらしく、英二は、ビクッと体を強張らせる。無意識に神園の後ろへ身を隠しながら、小さい声で言葉を続けた。
「はい……。えっと、友だちが放送部で、昼休みとかに遊びに入ったことがあって。たしか、二重扉だった気が」
「それって、鍵はどうだったか覚えてる?」
少し落ち着いたのか、栞が話に加わってきた。
「鍵? えっと……。覚えていない……」
「なんだ。役に立たないな」
曽我の無慈悲な言葉に、たちまち英二は項垂れた。
しばらく力也が足をあげて、靴底でガンガンとドアを蹴っていたが、さすがに疲れたのだろう。蹴るのをやめると肩で息をしながら、じっとドアを睨みつけている。
その様子を見つめながら、栞は口を開いた。
「たぶんだけど。二重扉ってことは、外側のドアは、外から鍵をかけるんじゃないかなって思うのよ。だったら、もう放送室の中には、誰もいないんじゃないかな」
「なんだって?」
栞の言葉に、曽我は考える表情を浮かべる。
両手で頬をなでながら、なるほどなとつぶやいた。
「中扉は、内側の鍵。外扉は、外側の鍵。普通に考えたら、そうだよな……」
「鍵がかかっているんだったら、もう中には誰もいないと思う。だったら、いまも流れている放送は、はじめから全部、録音された音源じゃないかな」
「録音テープか……」
「よく考えたら、最初と途中は、まったく違う内容だし。その――歌も、繰り返しだし。きっと、録音テープかなにかをつなぎ合わせて作って、放送室でセットして、外から鍵をかけて流しっぱなしにしているのよ」
「それじゃあ、この放送を流した犯人はもう、学校の外へ逃げだしている可能性があるってことか」
そう曽我が口にしたとき、ようやく力也が気づいたように、曽我のほうへ振り向いた。
「なんだって? もうこの中には誰もいないってことかよ!」
怒りの矛先を曽我へ向けた力也は、詰め寄って胸倉をつかもうとする。
「こら、佐々木! だから落ち着けって」
「それじゃあ、職員室へ、放送室の鍵が戻っているかも」
思いついたように、神園が、曽我と力也のあいだへ割って入りながら口にした。
「私が職員室へ、取りに行ってきますから。みんなはここで、ちょっと待っていて。ね?」
この場をおさめるように、神園は全員の顔を見回す。
曽我から引き離された力也が、忌々し気に舌打ちをした。
「わかったから! 先生、さっさと取ってこいよ!」
力也の声を背に、神園は大急ぎで職員室のほうへ向かった。紺色のフレアースカートをひらめかせて駆けていく。ぱたぱたとした足音が小さくなる。
しばらくして、徐々に足音が大きくなって、神園が戻ってきた。
肩を揺らして大きく呼吸をしながら、困った表情を浮かべ、神園は、恐縮するように小さな声で曽我に報告をした。
「その、なかったの」
「え?」
「鍵がないの。職員室に、放送室の鍵が戻っていないの」
「なんだと? じゃあ、どうするんだよ!」
力也が吼えて、放送室のドアを思い切り蹴りあげた。その音に、栞や鈴音、英二や忠太、そして神園や曽我も、ビクッと身を竦ませる。
「冗談じゃない! この放送テープは、絶対ぶっ潰す! この世から抹消してやる! そうだ、向こう側から窓ガラスを割って入りゃいいじゃねぇか!」
思いついたように、力也は叫んだ。
この放送室の向こう側は、運動場に面している。ガラスの入った大きな窓で見晴らしがいい。体育祭や球技大会などの行事で、外のテントに機材を持ちだすところもあるが、この高校では、放送室にいながら放送業務を行えるようにするためだろう。
力也の言葉に、曽我が蒼ざめた。
「やめてくれ! 明日は卒業式なんだ。トラブルを起こさないでくれ!」
「うるさい! やりやがった奴も見つけだして半殺しだ!」
聞く耳を持たず、目の前のことしか見えていない。力也は曽我を押しのけ、廊下を駆けだした。この様子だと、行き先は告げたとおり、放送室の運動場側だろう。
曽我も、力也を追いかけて走りだした。
神園と栞は、顔を見合わせる。曽我がひとりで、力也を押さえきれるだろうか、という思いが、お互いに見てとれた。
「――私たちも、行ったほうがいいかしら」
「うん……。曽我先生ひとりで、力也くんを説得するのは厳しいかも」
どちらともなく、ささやくように口にする。
それを聞いた英二が、放送室のドアに背をつけた。そのまま膝を立てて座りこむように、ずるずると下へ背を滑らせる。
「ぼくは、ここで放送室を見張っているよ。行っても、みんなの役に立たないと思うし」
それを聞いた鈴音と忠太は、蔑むような目で英二を見下ろした。だが、そう思ったことで、自分たちは力也を止めに向かわなければならないと感じたらしい。
「だったら、あたしぃ、力也を止めにいこうかな」
「そうだな。ぼくらで力也を止めなきゃ」
ふたりが神園と栞へ、うかがうように顔を向けた。思案顔の神園は、放送室のドアを見つめながら、ポツリとつぶやく。
「でも、放送室の鍵って、どこへいったんだろう。あ、もしかして、校長室に予備があったりするのかしら……」
その言葉を聞いて、ふいに思いついたように、栞が提案する。
「ねえ、神園先生。先生は職員室や校長室とか、生徒が入れなくて鍵がありそうなところ、探してもらえますか?」
「え? でも」
「放送室の鍵があれば、力也くんが窓を破って入ろうとするのも止められるし」
栞の考えに、すぐに神園は小さくうなずいた。
「そうね。鍵があればいいものね。探してみるわ。みんなは、無理をしないで。危険なことはしないようにね」
そばの入り口から職員室へ入っていく神園の姿を確認したあと、栞と鈴音と忠太は、なんとなくうなずき合って歩きだした。やがて、小走りとなる。かすかな歌声に追われるような気持ちで廊下を駆けて、運動場へ向かった。