問題児たち
この高校は、学生棟と職員棟のふたつの建物が、敷地内に隣同士、並んで建っている。
あいだの一階はウエルカムホールのように広めの石畳調の床で、二階、三階は、各階ごとに渡り廊下が職員棟と学生棟をつないでいた。
職員棟は、一階に職員室と校長室、保健室と放送室があり、二階、三階に、化学室や生物室、その資料予備室、調理実習室などが並んでいる。
生徒棟に近い角に位置する職員室は、向かいにある保健室側と生徒棟側の二カ所に出入り口があった。
体力の順番なのか、学生棟は三階が一年生、二階が二年生、そして一階が三年生の教室として、一学年八組が割り振られている。
それぞれの階の突きあたりは、上から音楽室、美術室、図書室となっていた。
高校の敷地内には、学生棟と職員棟の両方から臨める運動場がある。
学生棟と職員棟、そしてL字型に食堂と、講堂を兼ねた体育館があり、さらにその向こう側に運動部専用の部室が、二階建てのアパートのように並んでいた。
「こんなもんかな……」
栞は、黒板から数歩、後ろへさがった。全体を見渡すように目を走らせる。
真ん中に白色で、大きく丸みを帯びたポップ文字で『ご卒業おめでとうございます』とレタリングをした。黒板の下から桜の木を林立させ、文字の周りは大量の花びらを散りばめた。
捻りも何もない構図だが、美術が得意とはいえない栞にとっては、これが精一杯だ。
栞と並んで、花びらを黙々と描いていた藤堂英二が、手を止めた。チョークまみれの自分の右手を見つめながら、ぼそりとつぶやく。
「うん。これでいいんじゃないかな……」
「だよね。終わったぁ」
栞は、顔をあげない英二に返事をすると、小さくため息をついた。
やっと帰ることができる。クラスの委員長だからと居残りを命じられ、とんだ災難だ。その気持ちが、うっかり漏れたため息だ。
すると、そんな栞に声がかけられた。
「おう、やっと終わったか。ったく、かったりぃよな」
教室の一番端の机の上に座っていた佐々木力也が、両手を天に突きだして伸びをした。凝った肩をほぐすように、ぐるぐると必要以上に腕を振り回す。
大柄な体躯の力也は、制服のブレザーをどことなく着崩し、締めている学年色のネクタイも結び目を緩めている。それを彼は、本気で格好いいと思いこんでいるようだ。全体的にセンスがよくない。また、野性味のある風貌は整っているほうだが、目つきの悪さと歪めた唇の端が、彼の品位をさげていた。
真面目さを誇っている栞にとって、力也の見た目も横柄な態度も、あまり関わりたくないクラスメイトのひとりだった。
「いやぁ、委員長が一緒に残ってくれて助かったな」
そう口にするが、ほぼひとりで仕上げた彼女に感謝する言葉など持っていない。
力也は悪びれる様子もなく、そばの椅子に座っていた衣川鈴音に、栞がいた幸運について、同意を求めるように顔を向けた。
「ほんと。助かったわ。あたしらって絵や文字の才能なんてないし」
鈴音は、力也の言葉に相槌を打ちながら、スタンド型の鏡を立ててのぞきこんでいた。一生懸命に髪の手入れをしている。
ウエーブがかかった自慢の長い髪を梳かしたあと、両側の髪をひとつかみ分掻きあげて、バランスよくくくることに集中しているらしく、力也への返事はおざなりだ。
力也と鈴音は高校入学後に、すぐに付き合いはじめた。学年トップクラスの可愛らしさを誇る鈴音と、それなりに顔のいい力也は、傍からは美男美女のカップルと言われている。
鈴音が適当に相槌をした気配を、敏感に察知したのだろう。彼女の態度が気にいらなかった力也が、たちまちムッとした表情を浮かべる。
すると、そんな力也へ媚びるように、十河忠太が声をあげた。
小柄な彼は、度のきつい眼鏡をかけており、女子からみてもひ弱そうに感じられる。ただ、他人に取りいることがとてもうまい、狡猾に立ち回るクラスメイトだった。
「これでやっと帰れますね、力也さん! いやぁ、安藤さんがいてくれて助かりましたよ。俺らだけじゃ、この時間でここまで仕上げることができなかったでしょうから」
栞に感謝しているというより、大げさに力也の言葉を持ちあげているだけだ。それがありありと伝わってきて、栞は顔をしかめた。
その栞の横で、相変わらず英二が皆の顔色をうかがいながらモジモジと身を持て余している。内向的でいつもおどおどとしている彼は、いじめられていないだけマシだと言わんばかりに、力也たちに好き勝手にこき使われていた。
腕力でクラスを威圧する力也。
可愛いともてはやされ、いい気になっている鈴音。
力也にへつらう腰巾着の忠太。
グループの使い走りの英二。
ただクラス委員だというだけで、ソリの合わない四人組の居残りに付き合わされた栞は、不運としか言いようがない。
だが、力也たちのほうも、栞のことをどう考えているかわからない。
損得で動く力也にとって、優等生の栞は今回のように、せいぜい利用価値のある人間だと考えているだけだろう。
 





