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七奈美の分身

 力也を先頭に、忠太と鈴音、そのあとを神園と英二と栞が、階段をのぼる。


 全員の足取りが重いのは、一年前に飛び降りがあった屋上へ向かっているという気持ちのせいだろう。誰も軽口をたたこうという気がないらしく、静かに重々しい雰囲気のまま、階段を踏みしめていく。


 屋上の扉が見える踊り場まできたとき、思いだしたように、栞が声をあげた。


「あ、屋上の鍵。――って、普段から、屋上は閉め切っているよね」

「ここに鍵の束があるんだよ」


 どうだと言わんばかりの顔をしながら、力也が栞へ振り返った。持ちあげた右手には、鍵の束が握られている。


「さてと。どれが屋上の鍵かな……」


 面白がるように、力也は鍵を確かめていく。

 その表情が曇った。


「なんだあ? 屋上の鍵がねぇぞ?」


 そうつぶやく息屋に、後ろを歩いていた忠太が、思いついたように手を挙げた。


「はい、はい! 力也さん! 例えば、屋上へのドアの鍵が開いていない時点で、屋上で七奈美や成りすましが待っている可能性って、ゼロってことじゃないですか? 放送室みたいに無人だと思いますっ」

「あ、そうか。なるほどな」


 とたんに態度をコロッと変えて、力也は忠太へ馴れ馴れしい顔を向ける。


「忠太、頭いいじゃねぇか。そうだよな」


 そう言うと、力也は屋上につながる鉄扉へ向いた。

 ドアノブをつかみ、ゆっくりと回して力をこめる。扉は、軋んだ音を立てて押し開かれた。


「――なんだ、開いてるじゃねぇか」


 なんとも言えない表情を浮かべて、力也は独りごちる。

 そして、少し考えたあと、力也は表情を険しくして振り返った。


「おう、忠太と英二。おまえらふたりは、ここで待機しとけ。誰かがあがってきたり飛びだしてきたら、取り押さえろ。あと……。先生と安藤と鈴音、おまえらは俺と屋上だ」

「え?」


 栞が、抗議の声をあげる。反抗的な声をあげたとみなしたのか、栞を睨みつけながら、力也は小声で言葉を続けた。


「開いてるってことは、犯人がいるかもしれねぇってことだろ? 女たちは、囮になってもらうんだよ。ほら、さっさと屋上に出ろ」

「力也、あたしも?」

「おまえもだ、鈴音。さっさと行かねぇと承知しねぇぞ」


 凄みをきかせて、力也が歯を剥いた。

 体を震わせた鈴音が、慌てて力也の前を通過して、屋上へ向かう。恐る恐る顔を突きだして、辺りを見回しながら歩を進めた。そのあとに続いて、神園と栞、そして力也が最後に屋上へと出る。その背後で、そっと扉は閉められた。


 栞の心境としては、微妙なものだ。

 力也に、囮として先に行かされたから当然だ。屋上へ出たとたんに、待ち伏せでもされていて、いきなり頭を殴られたらどうしようと、内心びくびくしながらゆっくりと歩く。


 だが、屋上に出てみると、突然襲われるようなことはなかった。

 すっかり日が暮れており、晴れた空は、満天の星が広がっている。体を包むひんやりとした澄んだ空気の中、誰の気配も感じられない。


 はじめてあがった屋上は、ぐるりと栞のお腹ほどの高さの格子柵で囲まれており、その柵の外側は誤って転落しないようにするためだろうか、一メートルほどの広めの足場が回廊のようにあった。

 あたりを見回しながら、栞は、そばにいる鈴音に話しかける。


「ねえ、屋上って、普段は鍵がかかっているはずよね。その――一年前の事件もあったし。それなら、どうして開いていたんだろう? 放送室と同じ犯人が、屋上の鍵を開けたんだと思う?」

「そんなの、あたし、わかんない」


 栞と同じように、力也に囮にされている鈴音が、拗ねたように返す。

 だが、扉の前に立ちふさがった力也は楽しげに声を張りあげる。


「同じ犯人だとすれば、ここが相手の追い詰め先で合ってるってことだろ? さあ、七奈美か成りすましか、姿を見せろよ」

「でも、それって、おびき寄せられたとも、言うんじゃないかな……」


 結局、相手の思惑通り、この場に誘導させられたのだとしたら。

 ここになにか、仕掛けられているかもしれない。

 そう思った栞は、慎重にあたりの様子をうかがった。


 だが、一分、二分経って変化がなく、次第に力也が苛立ってきた。


「なんだ? だまされただけじゃないのか? それとも、ここが相手の逃げ場所じゃなかったってことか。――おい、安藤! 闇雲に探さずに、いそうな場所を考えてって、おまえが言いだしたことだよな?」

「え……。それは、そうだけど……」


 力也の怒りの矛先が、栞のほうへ向けられる。


「だって、ほかにいい方法が思いつかなかったし……」


 力也の眼光に恐れをなして、栞があとずさる。

 そのとき、神園が声をあげた。


「ねえ、もしかしたら、柵から見おろしたら、下に七奈美さんがいるんじゃないかしら」


 その思いつきに、栞と鈴音は呆気にとられた。力也も、眉根を寄せて神園の顔を見る。


「――先生、やめてよね。なんだか冗談にならないわ」


 鈴音が、かすれた声で言う。

 だが、気になったのか、力也が一辺の柵のほうへ、どかどかと近づいていった。

 柵に両手をかけ、身を乗りだして下をのぞきこむ。


「んん? 真っ暗で、下までよく見えねぇな」

「力也、危ないって」


 鈴音の声を聞きながら、力也は、柵の向こう側の左右も見渡した。


「ここには、これ以上隠れる場所もねぇな。ってことは、追いかけっこの舞台は、屋上じゃないってこった」


 そして、力也は柵から離れると、不機嫌そうに扉の前まで戻ってきた。


「ここには誰もいないし、なにもない! はい、終了!」


 そう結論づけた力也とすれ違うように、今度は神園が、力也がのぞきこんでいた柵へと近寄っていった。気がついた栞が、声をかける。


「先生? 危ないですって」


 栞の言葉が聞こえたのだろうか。

 神園は、柵を両手でつかんで振り返る。その視線の先は力也へ向けられた。


「ねえ、佐々木くん。あなた、下をのぞきこむとき、迷いなく一直線に、この柵に近寄ったわね。もしかして、七奈美さんが乗り越えて飛び降りた場所って、ここなのかしら」

「え?」


 その質問に、力也は言葉に詰まったようだ。

 あちらこちらにさまよう視線が、その答えを肯定していた。鈴音と栞も、場所ははっきりと知らなかったため、声を失う。


 そのとき。


 神園の言葉と、その穏やかでなにも恐怖を感じていないような彼女の顔に、栞は違和感を覚えた。それは、スピーカーから、放送が流れてくる直前に感じた、ぞわぞわとした嫌な予感だった。


「――先生?」


 栞が、小さな声をかけた瞬間。

 神園は、足をあげて柵を乗り越え、屋上の淵に立った。

 呆気にとられたような三人に向かって、神園は、唇の両端を吊りあげてみせた。


「みんな、気づかなかった? 今日の流れた放送などは、私がすべて仕組んだことなのよ。一年前の真実を、知りたかったの」



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