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「冗談じゃない冗談じゃない冗談じゃない……」


 曽我は、何度も同じ言葉を繰り返しながら、小走りで校舎内へ駆けこんだ。


「あんなクズに、いつまでも付き合ってられるか」


 そう言い捨てたあと、職員室前の廊下で立ちどまる。周囲を見回すと、誰の姿も見当たらない。そこで曽我は、頭を抱えてしゃがみこんだ。


「佐々木に、生徒と付き合っていることがバレたせいだ。あれで脅されて、なんでも見逃す羽目になったんだ。くそっ!」


 曽我は、必死で考える。




 学生時代は、軽い気持ちで付き合っていた彼女がいた。

 だが、卒業するころには、自然消滅のかたちで疎遠となる。そして配属された高校には、曽我と年齢や話題など釣り合いそうな女性が、教師を含めて周囲にいなかった。


 自然と曽我の目は、生徒に向けられる。だが、それでも聖職者であるため、最初はセーブできていた。一年前、鈴音にそれとなくアプローチされるまでは。


 鈴音は、学年でもトップクラスの可愛さを持っていた。若く可愛い女の子から慕われて、嫌な気持ちになる男など、健全であればあるほどいないだろう。

 曽我はあっさり、鈴音の罠に落ちてしまった。


 二、三か月のあいだは楽しかった。

 人目を避けて重ねる逢瀬は、背徳の香りゆえに燃えあがる。危険な綱渡りも、甘美なスパイスとなる。甘えてくる鈴音は、とにかく愛しい。


 だが、実際に資料室で見つかりそうになった瞬間、曽我の気持ちは、一気にマイナスまで冷めた。

 なにをしているんだ、ぼくは。


 せっかくの安定した公務員で、周りから先生と呼ばれる立場であるのに、これからの長い人生を棒に振る気か?

 どうしてリスクしかない生徒に、手をだしてしまったんだ?


 生徒のあいだで、交際をしている教師と生徒を特定しようとする動きがあると知ると、曽我にはもう、恐怖でしかなかった。可愛く愛しかった鈴音が、憎らしい対象となる。


 そして、なぜか生徒のほうの噂が、小坂七奈美であると広まった。

 曽我としては、首をかしげる現象だが、渡りに船だ。実際に七奈美とは付き合っていないため、いくら疑われても、彼女との証拠など見つかるわけがない。


 いくらか心が平静に保たれたころに、職員会議で全員に釘が刺された。教師側が曽我であることが、バレているかどうかはわからない。ただ、しらばっくれて、教職員全員で、校長の言葉を神妙な顔で拝聴した。


 鈴音と縁を切るなら、いましかない。

 曽我は、鈴音の睨みつける視線を撥ねつけ、徹底的に無視をした。鈴音もバレたら困る立場なのは同じだ。距離を置いた曽我から、しぶしぶと引きさがった。


 だが、気のゆるみは、油断を生む。

 居酒屋で、曽我は、たまたま学生時代の友人と飲み交わした。そのとき、アルコールも手伝ってうっかり武勇伝のように口にした生徒との逢瀬話を、偶然居合わせた力也に聞かれてしまったのだ。


 背後から肩に、そっと両手のひらが置かれた。


「聞いちゃいましたよ。曽我先生」


 耳もとで、笑いをにじませてささやかれたときの、身の毛がよだつ恐怖。


 鈴音の名前をださなかったことは、不幸中の幸いだった。

 力也は、自分の彼女に手をだされて黙っている生徒ではない。だが、それから曽我は、なにかにつけ、力也に頭があがらなくなってしまった。

 企んだような目で「ねえ、いいっすよね? 先生」と言われたら、曽我はもう、うなずくしかできなくなっていた。


 だが、今日はもう、我慢の限界だった。

 一年以上も、力也のいいなりになってきたのだ。

 曽我は、異常なほどの興奮状態で、ガタガタと震えながらつぶやく。


「冗談じゃない。いまさら一年前の蒸し返しは勘弁してくれ。小坂の飛び降りは、自殺でカタがついたし、学校もいじめを否定した。ぼくの生徒との一件も問題にしないでくれた。あの一件を彷彿させる遊びになんて、ぼくを巻きこまないでくれ。もう警察は……」


 そこで、ふと曽我は、言葉を途切れさせる。


「――そうだよな。大丈夫だ。一年前も不祥事を嫌う校長が、うまく生徒との噂を、もみ消してくれたじゃないか。今回は、とくに被害者がいない。きっと校長は前と同じように、うやむやにしてくれるはずだ」


 そこまで考えた曽我は、ふと、一案を思いつく。


「そうだ。あの放送室のテープ――音源を、脅しに使えるんじゃないか? 佐々木が一番、気にしていたからな。あれが公になると、きっと都合が悪いんだろう。ぼくの件と、帳消しできるんじゃないか?」


 そう考えた曽我は、目の前に光が射したような気がした。

 頭の中の霧が晴れたように、いろいろと思いつく。


「警察沙汰は遠慮したいと思ったが、利用できないかな……。職員室から、不審者が校内にいると通報してみようか。パトカーがサイレンを鳴らしてきたら、佐々木もさすがに、帰る気になるんじゃないかな」


 そう思いつくと、曽我には、それが最善の方法であるような気がしてきた。


「そうだよ。放送室から挑発している女子生徒も、警察がきたら逃げるだろう。ひとまず生徒を全員、校内から追いだそう、それから警察には、本当に不審者がいないか程度に、見回ってもらえばいいじゃないか。教師として、なにも間違ってはいないはずだ」


 そう決めた曽我は、改めて周囲を見回してから、そろそろと職員室のドアを開き、中へ足を踏みいれた。


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