裏切りと逃走
力也と曽我は、校舎の外へ出て、中庭を歩いていた。
そのあとを、忠太と英二、そして栞も、仕方がなさそうについて回る。
放送室には、もう犯人は戻ってこないだろうと、全員が勘で一致する。そこで今度は、全員そろって、しらみつぶしに捜していこうと力也が提案した。力也の提案は、そのまま命令でもある。
預かった鍵の束を手に、曽我は、乱暴に植木の葉を蹴りながら奥をのぞきこんでいる力也へ告げた。
「あんまり植木を蹴るなよ。枝が折れたら、それこそ修復できないんだから」
「うるせえな。わざと蹴ってんだよ。隠れているかもしれねぇだろ?」
「いや、しかし」
「徹底的に探すんだよ! 思いだしたんだ。一年前の遊びでも、七奈美はきっとどこかに、うまく隠れていたんだ。だから捕まらなかったんだよ。あのころは考えたら、校内ばかり探していて、外は全然見回っていなかったんだ。今日は、なにがなんでも見つけだす」
「しかし、佐々木、聞いてくれ。お願いだ。明日は卒業式なんだ。これ以上、もめごとや事件を起こしたくないんだよ」
「今回は、あっちが仕掛けてきたんだ。売られた喧嘩は買う主義だ」
調子に乗ったように力也は言う。
喧嘩を買うことを格好いいと思いこんでいる力也に、曽我は小さなため息をついた。
無理だと思いながらも、曽我はもう一度、力也を説得しようと考える。
「なあ、佐々木。これ以上、犯人を追いかけていると、一年前の事件が掘り起こされて、警察が絡んでくるんじゃないか? いっそのこと、このまま全員帰って、うやむやにしてしまったほうがいいんじゃないか?」
「うるせぇ。先生は黙ってみてろよ。これだけコケにされて、帰れるわけないだろ」
そして、力也は曽我を、じろりと睨みつけた。
「女だろうが、絶対ボコる。ただじゃ済まさねぇ」
そういうと、幹が太く大きな木を、靴裏で思い切り蹴った。ガサガサと葉を揺らし、何枚か、ひらひらと葉が舞って落ちた。小さく舌打ちをしたあと、力也は横柄な態度で、曽我に命令した。
「ほら、先生。次行くぞ、次」
「わ、わかった」
仕方がなさそうに、曽我も歩きだそうとしてから、ふとなにかを思いだしたかのように、力也のほうへ振り返った。
「ああ、そうだ。ぼくは、神園先生と衣川の様子を見てこよう。ほら、向こうは女性ばかりだし。ここからは、きみたちだけで回ってくれないか」
一気に口にすると、そばにいた栞へ、自分が持っていた鍵の束を押しつけた。
「え? ちょ、待って、先生?」
「待てよ! 先生!」
鍵の束を渡されて、栞は戸惑った。忠太と英二も呆気にとられた顔をする。
そのそばで、脱兎のごとく身をひるがえし、きた道を戻るように駆けだした曽我へ向かって、力也が怒鳴った。
「逃げる気か? 先生よぉ。俺の言うことが聞けねぇのか?」
だが、すぐに曽我が、暗闇へ姿を消すと、力也が馬鹿にしたような笑い声をあげた。
「曽我の奴、ついにビビッて逃げやがった」
「先生に向かって、その口の利き方はよくないと思う」
栞が恐る恐る、力也に小さな声で苦言を呈した。
逆らう彼女に怒りをぶつけるかと思われたが、予想を裏切って、力也は静かに体ごと栞へと向く。そして、力也が可笑しくて我慢ができないといった表情をしてみせた。
「いいんだよ。俺は、曽我の弱みを握ってんだから。バラされたくなきゃ、俺に指図はするな、言うことを聞けって脅してたんだよ」
その言葉に、栞は驚いた表情を浮かべた。それが面白かったのだろうか。力也は調子に乗って続けた。
「ああ、でも、いま曽我は俺の命令を無視して逃げだしたな。もう曽我の秘密をバラしてもいいってことだ」
そして、少し栞のほうへ、傾けるように体を寄せる。反射的に首を竦める栞の耳もとで、力也はささやいた。
「一年前の噂、女子生徒と付き合ってる教師のあれな? 付き合ってる教師のほうは、曽我なんだよ」
そう告げられ、思わず栞は声にでた。
「嘘」
「本当だって。俺はたまたま、曽我が高校無関係の酒の席で、大声で吹聴しているところに居合わせたんだ。そしてすぐに、その場で曽我を問い詰めた。あっさり認めたぞ。それから、曽我は俺の言いなりだったんだがな」
「――噂、本当だったんだ……」
栞はショックで、呆然とする。
そんな彼女を、力也は面白そうに眺めた。
「曽我の奴、付き合ってる女のほうが、七奈美だったのかどうかは口を割らなかったけどな。七奈美ももう、いなくなった後だったし。でも、あの様子じゃあ、七奈美だけじゃなくて、数人の女子生徒に手をだしてるかもな」
そこまで言って、力也は唇を笑いの形に歪ませると、思考停止をしている栞の手から、鍵の束を奪った。そして、中庭の先へ向かって歩きだす。
「逃げた曽我の処分は、後回しだ。放送室の録音を手に入れてから、おおっぴらにバラしてやるよ。ほら、さっさと次を見にいくぞ」
力也は、忠太と英二を引き連れて、どんどんと先へ進む。
栞は逡巡したが、ひとりきりになるのは危険だと判断して、彼らのあとを追った。





