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謝罪

 我に返った鈴音は、ようやく四つん這いのまま、そろそろとドアのほうへ移動した。

 細く開いていたドアを、ゆっくりと開く。そして低い位置から、恐る恐る頭を廊下へ突きだしてみた。誰の姿も見えない。


 耳を澄ましてみる。

 すると、遠くのほうで鈴音の名を呼ぶ、神園の声が聞こえた。


 鈴音からしてみればトロい教師だが、いまは顔を見るだけで安心できる気がする。正体不明の七奈美の亡霊よりマシだと思える。


 神園がいると思われる靴箱の方角へ、鈴音は声をあげた。パタパタとした足音を響かせて、神園が駆けてくる。

 いつもオシャレに気を使っている鈴音の、クシャクシャに乱れた髪を見て、神園は驚いたように目を見開きながら、声をかけた。


「衣川さん! ここにいたのね。心配したわ。てっきり帰ってしまったんだと思って、校門の外まで探しに行っていたのよ。こっちに――教室に戻っていると思わなくて」

「先生、いま、校門を見てきたの?」

「え? ええ」


 訝しげな表情となった神園の二の腕を、鈴音は両手でつかんで立ちあがった。勢いこんで引き寄せると、鈴音は口を開く。


「だったら先生、誰でもいいから、校門からでていくのを見ていない? ちょうど先生がこっちに向かうくらいのタイミングで!」

「え? いえ、誰も……。どうして?」

「そう。そうかぁ……」


 鈴音は、つかんでいた手の力を抜いた。

 そして、やっと神園が聞き取れるような声でつぶやいた。


「それじゃあ、まだ犯人は、学校の中にいるんだ……」

「犯人って? もしかしたら、犯人を見かけたの? 校門のほうに向かったの?」


 鈴音は、首を横に振った。


「顔どころか、姿も見てない。でも、あの声も話し方も、間違いなく七奈美だった……」

「犯人に会ったのね。それじゃあ……。佐々木くんは頭に血がのぼっていそうだから、曽我先生に知らせたほうが」

「先生」


 神園が言いおわる前に、鈴音はさえぎった。


「先生、曽我先生に言うのはやめて。頼りたくもないわ、あんな男」

「え?」


 冷たい声で、鈴音は切り捨てた。

 そんな彼女に、神園は戸惑う。よくわからないといった表情で、神園は低い小さな声で、とぎれとぎれに言葉を続けた。


「でも、あなたの担任の先生なのだから……。ほら、ここは、大人である曽我先生に」

「曽我先生なの。あたしが付き合っていたのは!」

「――え?」


 先ほどまで、吐けと七奈美――成りすましに強要されていた教師の名前を、鈴音はあっさりと口にした。これまで黙ってきた反動が爆発したようだ。


「七奈美の噂でも、あたしの噂でも、広まっていた相手は、曽我先生なの! でも、噂が大ごとになり過ぎて、先生は保身に走ったのよ。自分は知らぬ存ぜぬで逃げたわ。七奈美もあたしも庇おうとせずに。男ってずるい!」


 長いあいだの鬱憤を晴らすように、鈴音は下を向いたまま、一気に口走る。

 神園は驚いたように目を丸くして、黙って鈴音の言葉を聞いていた。口をはさもうにも、ようやく一年間、規律正しい新人教師をこなしてきた神園にとって、内容が想定外過ぎるはずだ。思考を止めるには充分だろう。


 肩を揺らしながら、荒い呼吸を繰り返していた鈴音は、やっと気がすんだのだろうか。

 我に返ったような顔をすると、ばっと神園へ向いた。いつもの鈴音に戻ったらしく、少し甘えたような声になりながら、神園の細い腰に両腕を回してすがりついた。


「ねえ、先生。七奈美に謝ったら、あたしを許してくれるかな? あたしも曽我先生に捨てられたり、さっきも髪をつかまれて脅されたり、辛い思いをしたんだもの。もう、こんな遊びから解放してくれるかなぁ」


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