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嫉妬

 小さいころから、鈴音は、間違いなく可愛いかった。

 自分でもそう思う。周りもそう思っている。


 可愛くなるために、鈴音は努力しているのだ。化粧は禁止されている校内で、眉の生え際に気を配り、日焼けを気にしながら、自然な肌のうるおいや髪の光沢に気を使い、ネイルを必要としないように、爪を磨いて形を整えた。可愛く見えるしぐさを練習し、鏡を見ながら表情を作り、声のトーンも気をつけていた。


 全員が同じ制服だから、少しでもスタイルがよく見えるように、校則ギリギリまでスカート丈を調節し、スカーフの結び目を研究した。二の腕をだす季節に備えて、毎日体操も欠かさなかった。

 鈴音は、可愛くあるために、陰で努力をしていた。


 なのに。


 とくに努力もなにもしなくても、小坂七奈美は清楚で可愛らしかった。

 大きく黒目勝ちの眼、形のよい鼻とピンクに色づく唇。生まれつきの白い肌。身長にもスタイルにも恵まれていた。その場で立っているだけで絵になった。とくに横顔が美しかった。


 自分はこんなに努力しているのに、神さまは理不尽ではなかろうか。

 羨望は、そのまま憎しみに変わる。


 顔が適度によい力也が、校内に権力を持っていると、入学してすぐにわかった。早々にアタックしてきた力也を彼氏にすることで、校内でのステータスを確保した。

 だが、男としての力也は最低だ。力を誇示して従わせるだけで、知性の欠片も持ち合わせていない。やさしさも気まぐれで信用できない。


 そして、自分という彼女を持ちながら、七奈美へ関心の目を向け、気をひくような態度をみせた。

 力也への不満も、その先の七奈美に向く。


 その鈴音の苛立ちを発散させて、さらに優越感を持たせてくれる。それが、力也から隠れておこなった教師との交際だった。


「同学年の男なんて、バカばっか。幼稚で、面白くもない」


 鈴音の不満を、年上の教師は、笑って受けとめ、包みこんでくれた。実際に、力也とは大違いの手練手管で楽しませてくれる。隠れて連絡をとるスリリングな密会も、高ぶる感情に拍車をかける。

 そんな危険な憂さ晴らしも、終わりは突然にきた。




「先生、ダメだってば……」


 人体模型やよくわからない模型。大きな三角定規や分度器、木製の長いコンパス。丸められた大きな世界地図や地球儀。周囲には、特別な授業ではない限り、滅多に出番のない物たちであふれている。そんな埃っぽい資料室が、鈴音と教師の密会場所だった。

 くすくす笑いを押し殺して、鈴音の口もとがだらしなく緩んだとき。


「あれ? 資料室が開かないなぁ」

「でも、誰かいる気配がするよ。すみませーん! ここ開けてもらえますかぁ?」

「のぞき窓、小さいな。奥まで見えないって」


 ガタガタとドアを揺らしながら、女子生徒たち複数人の声がした。とたんに、サッと鈴音の血の気がひく。ぎりぎりの際どさを楽しみたいだけで、実際に危険な目に遭う気なんて、考えてもいなかった。


「――隣。資料室は奥のドアがつながっていて、準備室に回れる……」


 そう教師にささやかれ、鈴音は、音を立てないように這いつくばって移動した。隣の部屋に逃げこんだとき、気持ちばかり置いていた小さな段ボールが押しのけられ、ドアが開く。

 その瞬間に、鈴音と教師は準備室のドアを開いて、廊下へ飛びだした。女子生徒から遠ざかるように、一気に廊下を駆ける。


「なに? いまの」

「あれって……」


 女子生徒たちの声を振り切るように、鈴音は、特徴となる長い髪をねじって丸めて手で押さえながら、死に物狂いで走った。


 その女子生徒たちが発端なのだろうか。

 教師と生徒が逢引をしているという噂がささやかれた。そして、そのふたりを特定してやろうと、生徒のあいだで動きがでたようだ。


 その話を人づてに聞いたとき、はじめて鈴音は恐怖に襲われた。これまで感じていた優越感は、一気に焦燥へと変化する。

 鈴音の気持ちは、穏やかではない。


 そんな鈴音の瞳に映るのは、栞とともに廊下の窓際で、静かに談笑している七奈美の姿だった。

 爽やかな風が七奈美の黒髪を揺らし、空からの明るい陽射しが、スポットライトのように七奈美を照らす。

 沸々と、鈴音の心に憎悪が沸いた。


 ――そして。


 七奈美の後ろを偶然通りかかった力也が、じっと物欲しげに、七奈美の横顔へ視線をあてたのだ。




「ちょっときて」


 鈴音は荒々しく、近くにひっそりと佇んでいた英二の腕をとる。


「え? なに? 鈴音さん……?」


 戸惑う英二を引きずるように、鈴音は廊下を歩いていく。やがて、目的の場所へやってきた鈴音は、脅すように英二を睨みつける。


「よけいなこと、しゃべったら許さないから」


 英二は、黙ってコクコクとうなずいた。


 鈴音は考える。これは、力也ではうまくいかない。忠太は、うっかり口を滑らせそう。適任は、このようなことを話す性格ではない英二だろう。


 英二の腕をとった鈴音は、今度はわざと、ゆっくり歩きだす。そして、目星をつけた女子生徒のそばを通り過ぎながら、わざと周囲に聞こえるように、英二に話しかけた。


「このあいださあ。あたし、資料室のほうから先生と一緒に逃げてくる人を、見かけちゃった。あれって一年の小坂七奈美だわ。あんな美人、一度見たら忘れないもの」


 そのまま鈴音は、そそくさとその場を立ち去った。鈴音の後ろで目的の女子生徒が、しっかり聞き耳を立てていたのを肌で感じていた。


 結果は、鈴音の思惑通り。

 まことしやかに七奈美の名が広まった。


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