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ヲワイ

 力也が学生棟の入り口まで走ってくると、階段の上から曽我が姿を見せた。


「放送! いまの放送を聞いたか? 佐々木、ヲワイってなんだ?」

「知らねぇよ! それよりいまは、放送室だ!」


 力也は曽我を従えて、学生棟から飛びだした。その石畳調のホールに、困惑したような神園がおり、力也に気づいて寄ってきた。


「放送が聞こえて、集まったほうがいいのかしらと思って……」


 そう言っているあいだに、栞と鈴音が、曽我の後ろからついて現れる。栞も鈴音も、不安そうな表情を隠そうともしない。最後に遅れて、忠太が合流した。

 放送室へ向かう廊下は一本道だ。力也は、皆を引き連れるように先頭を歩きながら、怒りに満ちた表情で言った。


「忠太が犯人に会ったそうだ。顔を見る前に蹴り倒されたらしい」


 力也の言葉に、全員が忠太の顔を見て納得した。彼のぶつけたような傷は、蹴り倒されたというときにできたものだろうと。

 それらの視線からさけるように、忠太は顔を逸らし、肯定も否定もしなかった。代わりに、小さな声で別のことを伝える。


「後ろから襲ってきたから、顔は見ていないけど、その――声が、七奈美そのものだったんだ。放送で流れてきた、あの声だった」


 力也の言葉が続く。


「そのとき忠太に、一年前の遊びの件を確認したらしい」

「遊び?」


 神園が、不審そうに首をかしげながら聞き返した。


「たしか、さっきの放送でも遊びのルールを確認するって言っていたけれど」

「ああ、その遊びだ。俺らは七奈美と、放課後にドロケイをやったことがあるんだよ!」


 そこまで口にした力也は、思いあたったように続ける。


「ああ、一番最初の放送は、きっとあれだ、七奈美が逃げる側になっているときじゃねえかな。七奈美の奴、あのとき録音なんて舐めた真似をしていたんだ。その決着がついていないから、続きをやるって、いまの放送で言ってんだ」


 苛立たしげに、力也が吐き捨てた。

 そこで、ようやくその場にいる全員が、放送で言っていた、追い詰めるという言葉の意味を理解する。


「なんだ、遊びのことなのか。それなら最初から、そう言ってくれれば……」


 少し安堵したような声で、曽我が相好を崩した。

 逆に、栞の顔色が悪くなる。


「遊び……。逃げて、追って、ドロケイのような遊び……」


 そして、なにかを思いだすように、栞は言葉を繰り返す。栞の後ろで歩いていた神園が、ふいに思いついたように曽我へ、基本的な指摘をした。


「でも、どうして一年前の遊びを、いまさら続けるっていうのかしら? それに、七奈美さんはもう……。ね……?」

「あたし、ひとつ気がついたんだけれどぉ」


 鈴音が、ひょいと片手を挙げた。


「いまの放送で、犯人は、ひとりってことになるよねぇ? 逃げる側はひとりだから、牢屋を作らないって言っていたんだもの」


 そう鈴音が口にしたとき、放送室の前に到着した。




「――もう犯人、見つかったの?」


 怯えたような表情で、座りこんでいた英二が顔をあげる。

 そんな彼に、力也が威圧的に告げた。


「そこ、どけ。中に七奈美の成りすましが逃げこんでんだろ? ドアを開けろ」

「え……」


 座ったまま身を縮めた英二が、上目づかいで力也を見た。

 眉根を寄せて、ぼそぼそと口を開く。


「誰も帰ってきていないよ。ぼくは、ずっとここに座って見張っていたけど。だから、鍵も開いていないし、逃げこんでもいないけど」

「嘘をつくな! だったら、いまの放送はなんだってんだ!」


 力也は怒鳴りながら、座っていた英二の襟首をつかんで引き立たせる。そのまま横へ突き飛ばした。英二はよろめきながら壁にぶつかる。慌てて、神園が駆け寄って支えた。

 力也は、放送室のドアノブをつかみ、回そうとしながら乱暴に揺する。だが、英二の告げた通り、鍵はかかったままだ。


「ちっ! どうなってんだよ!」


 怒りをぶつけるように、力也は放送室のドアを思い切り蹴った。




「なあ、犯人の言っていた遊びは、ドロケイという遊びでいいのか?」


 曽我が再度、確かめるように力也へ聞いた。


「ドロケイだったら昔、ぼくも小学校で遊んだ記憶がある。あれって人数が多いと、すぐに味方が牢屋まで助けにきてくれて、なかなか終わんないんだよな。休み時間ごとに続きからやっていたが、ぼくはずっと逃げる側で、何日もかかった気がするな」


 懐かしむように顔を上に向けながら、曽我が続けた。


「ああ、そうだ。ドロケイだよ」


 少し不機嫌そうに、力也は応える。


「放送でも言っていただろ? 結局、七奈美は最後まで、俺らに捕まっていない。俺らから逃げきってんだよ!」


 七奈美の飛び降りは、自分のせいではないことを強調するように、力也は逃げきったと大声で言う。その力也へ、曽我は疑問を投げかけた。


「だが、一年前の印象では、彼女は校庭を走り回るドロケイをするような生徒じゃなかった気がするんだよな。どうして、彼女は佐々木たちと、わざわざドロケイなんてやったんだ?」


 そういった曽我は不審そうに、力也を見る。

 たちまち力也は、言葉に詰まった。黙ったまま苦虫を噛み潰したような表情で、鈴音や忠太、英二へ、目配せのような視線を送る。

 そんな彼らの態度に、曽我は、なにやら疑いの目を持ったようだ。

 立場が逆転というよりも、ようやく教師らしい態度で、力也に厳しい顔をした。


「佐々木、放送が気になるのはわかるが、ここはいったん冷静になろう。挑発に乗らずに下校しようじゃないか。放送室の音源に関しては、ぼくが責任を持って引き取って、後日佐々木に渡そう。それでいいとしようじゃないか」


 曽我の説得に、力也は、じっと考えこむ。

 その表情からは、犯人を捕まえたいのはやまやまだが、一年前にドロケイに至った過程を、これ以上曽我や神園、栞の前で蒸し返したくない。そのような心境なのだろうか。


 そのとき、しばらく黙りこんだ力也を見つめて、栞が恐る恐る口を開いた。


「あの……。いいですか? 先ほどの、曽我先生のお考えについて、なんですが……」

「あ? ああ、なんだ、安藤」


 曽我が、力也から栞へ顔を向ける。

 栞は、ようやく思いだしたという表情で、ゆっくりと言葉を続けた。


「一年前、七奈美と運動場を眺めていたことがあって。七奈美が引っ越し前に住んでいた地域では、ドロケイのような遊びが、やっぱり小学校のときに流行っていたって。そんな話を、そのとき聞いたのを思いだしたんです」

「なるほど。彼女は、ドロケイという遊びをしていたことがあるわけか。でもまあ、小学校だろう? もういまは、高校生だしなあ」


 うなずいた曽我へ、栞も首肯しながら、硬い表情で続けた。


「七奈美の地域では、その遊びは、ドロケイって呼び名じゃなくて」

「ドロケイじゃなくて?」


 聞き返した曽我に、栞は、一呼吸おいてから告げた。


「ヲワイ」



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