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遊びのはじまり

「おう、忠太、どうした? おまえは部室と体育倉庫だったな? もう、見てきたのか」


 力也が忠太の姿に気がつき、声をかける。

 別れた教室前の廊下にある窓を勝手に開き、その大きな窓枠に、偉そうに行儀悪く腰をかけていた。

 全員をばらして捜索させたためだろうか。怒りを静め、今度は逆に鷹揚な態度で、誰かが成果を持ち帰ってくるのを待っている。


「で、どうだった? なにか手掛かりはあったか? ん?」


 呑気に聞いてくる力也に、忠太は、ぶつけた胸の痛みを堪えながら口を開いた。


「――犯人に会いました」

「なにっ?」

「でも、蹴り倒されて、犯人の顔は確認できませんでした。力也さん、なんかヤバそうな気がします。嫌な予感がする。いったん学校の外へ出て対策を練りなおしませんか? 犯人は、力也さんが遊びで追い詰めたことに、こだわっていて」


 言いおわる前に、忠太は廊下に倒れ伏していた。

 遠くのほうへ、音を立てて眼鏡が転がっていく。

 力也に殴り倒されたのだと、少しの時間をおいて、忠太は理解した。

 痛む頬を押さえながら、忠太が恐る恐る見あげると、ぼんやりとした視界のなかで、怒りで目を見開いた力也が、ゆらりと立っていた。忠太の口の中に、血の味が広がる。


「舐めたことを言ってんじゃねぇよ? 犯人を取り逃がしただと? 尻尾を巻いて逃げろだって? 冗談じゃねぇ!」


 倒れている忠太の腹を、力也は爪先で蹴った。忠太の口から悲鳴があがる。

 そして、さらなる蹴りに備えて、忠太が体を丸めたとき。

 その放送がはじまった。


『力也くん。あなたがわたしに言ったこと、覚えとる?』


 気がつけば、いつの間にかスピーカーからの歌声は終わっていた。

 録音の音源が最後まで流れ切ったのだろうか。

 静まり返った校内で、涼しげで心地よいソプラノの声が、ふんわりと力也の耳朶を打つ。


『これは遊びやって、わたしに言ったこと、覚えとる? 遊びやねん。でも、遊びにもルールが必要やねん。ごめんな? わたし、力也くんの知能が低いこと、忘れとったわ。そのルールを、いまから丁寧に確認するから、よう聞いとき』

「なんだとコラ! てめぇ!」


 廊下に転がる忠太を忘れ、力也はスピーカーに向かって怒鳴った。

 こんなときでも躾けられた悲しいさがで、忠太は思わず、力也に声をかける。


「力也さん、なんかヤバい。静かに聞いたほうがいい気がします」

「なんだと!」

「だから、静かに」


 同じ言葉を繰り返した忠太は、もう一度、腹に力也の蹴りを食らった。

 その呻き声にかぶさるようにして、天使のようにやさしい声が降りそそぐ。


『まず、逃げる側と追いかける側、ふたチームに分かれるやん? 普通は牢屋があって、逃げる側が捕まったら、その牢屋に入れられるやろ? そして、逃げる仲間が助けにきて、タッチしたら、捕まっていた子が、また逃げだせるルールなんやけど』


 力也は、黙ってスピーカーを睨みつける。

 まるで、スピーカーの先の声の持ち主の姿を、透かし見ようとしているかのようだ。


『今日は、そのルールは使わへん。いま逃げる側になってるわたしが、ひとりだけやから。だから、わたしが捕まったら終わり。今度はルールに従って、あんたらが逃げる――追われる番や。この遊びは、逃げて追いかけて一セットなんやから』


 流れてくる、この言葉の意味を、忠太は理解した。

 放送の最初から、ずっと流れていた「追い詰められる」という言葉。やはり、力也が実際に七奈美に仕掛けた遊び――ドロケイのことを指している。

 あの、七奈美が飛び降りるまでの一週間に、何度かおこなわれた遊びだ。

 あの遊びの続きを、いま、この校舎内で、やろうというのだろうか。


『一年前、あなたが先に仕掛けてきた遊びやで? もちろん、やるんやろな。けれど、さっき言ったルールには従ってもらう。わたしだけ、追いかけられっぱなしなわけないし。それに、わたしは容赦せえへんで。――それがわかったうえで追いかけてきぃや』


 最初の温かみのある声質から、徐々にひんやりと温度をさげて、声は続いた。

 そして最後の言葉は、可愛らしい声に殺気をこめて、放たれた。


『さあ、ヲワイのはじまりや』




 放送が、ぷつりと途切れた。

 完全に沈黙した校舎のなかで、ふいに力也が気づいたようにつぶやいた。


「あぁ? もしかしたら、いま放送室に犯人が戻ってきてんじゃねぇか?」


 そう口にだした力也は、それが正しいことのように思えた。まだ廊下に丸まるように転がって起きあがっていない忠太を、小突くように爪先で蹴る。


「ほら、なにやってんだ。放送室へ行くぞ!」


 そう言い捨てると、力也は職員棟の方角を目指して駆けだす。

 力也の姿を薄ぼんやりとした視力で追いながら、諦めの心境で、忠太は軋む体をゆっくりと起こした。



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