表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/34

密告

 どこからか、七奈美が教師と付き合っているという噂が広まった。

 力也は面白がって、噂の真偽など関係なく、七奈美の姿を見かけるたびに、舐めるような目つきでニヤつきながら眺めている。


「なあ、忠太。七奈美の噂、どうよ? 相手の教師って誰だろうな」

「誰なんでしょうね、力也さん。そのあたり、ぼかされていますね」


 教室で七奈美の姿を見る限り、忠太は、噂は眉唾ものだと考えている。鈴音のように猫をかぶっているわけではない。七奈美は、ありのままの彼女だ。そのくらいの客観視はできると、忠太は自負していた。

 誰かが――どうせ女子生徒が、七奈美の美しさと人気を妬んで、評判を落とそうと企んだのだろう。その程度に捉えていた。


「噂じゃ、七奈美のほうから迫ったらしいな。清純そうな顔をして、とんだビッチだな」

「まあ、噂ですし。実際は、どんな性格かなんてわかりませんよね」

「俺も声をかけりゃ、やらしてもらえそうだな」

「力也さん、冗談でもほどほどにしないと、鈴音さんが怒りますよ」


 力也の機嫌を損ねないように、笑いながら軽くブレーキをかける。


「ははは。本気にするな」


 まんざら冗談ではなさそうな目で、力也は笑い飛ばした。その会話は、その場には力也と忠太と英二しかおらず、鈴音の耳には入っていなかったはずだ。

 だが、しばらく経ってから、忠太はひとり、鈴音に呼びだされた。


「なんですか? 鈴音さん」

「ちょっと、あたし困ったことがあって……」


 白々しく視線を足もとに落とし、鈴音は、ため息をついてみせる。

 忠太は、面倒くさいもめごとはごめんだと思いつつも、親身にならざるを得ない。なにしろ、学年の権力者である力也の彼女だ。なぜ、直接力也に頼らず自分なのか、そこを不審に思いつつも、忠太は鈴音の言葉の続きを待つ。

 やがて鈴音は、おもむろに口を開いた。


「なんかあたし、噂になってるみたいなのよねぇ」

「噂? どんな?」


 見当もつかなかった忠太は、当然ながら聞き返す。そして、鈴音は、忠太がはじめて耳にする思いがけない話を口にした。


「最近、七奈美が教師に迫ったって噂があるでしょ? あれ、七奈美じゃなくて、あたしが教師に迫ってるってことになってるらしいの」

「え? そんな噂が?」

「それを聞いて、あたし、悲しくなっちゃって……」


 瞳を潤ませながら、鈴音は続けた。


「それに、あたしの噂を流しているのが、七奈美だって聞いたのよ。きっと、自分の噂の上書きをして隠そうって考えているんだわ。ねえ、忠太、どうしよう?」

「どうしよう、って……」


 上目づかいに見つめられ、忠太は考える。

 どうしようもなにも、これは先手を取って、力也へ正確に伝えなければならない。単細胞の力也が、あとから中途半端な状態で耳にしたとしたら。

 その怒りと矛先がどこへ向けられるのか。想像するだけで恐ろしい。


「――力也さんに、早めに伝えたほうが、いいと思いますけど」

「だよね。あたしもそう思うんだけど。あたしから、言いにくい噂でしょう……?」


 そう言われて、忠太はようやく気がついた。

 暗に、自分から力也へ伝えてくれと命令されているのだ。


 この噂を、力也の耳に入れたとしたら。自分の彼女の悪評を流したと、必ず七奈美に怒りをぶつけるだろう。その片棒を、自分は担ぎたくない。

 そうわかっているのだが、忠太は力也の権力下にいて、鈴音に迫られているこの状態で、ほかの選択肢は考えられなかった。

 仕方なく、忠太は鈴音の言葉を、彼女に操られるままに力也へ伝えた。




 ふいに廊下の電気がついた。

 神園が、職員室で電気をつけたのだろう。薄闇に慣れていた目には眩しく、忠太は顔をしかめながらも、意識が現実に戻ってきた。


 忠太は、ロッカーにぶつかった痛みに耐えながら立ちあがる。辺りは、しんと静まり返っており、誰の足音もしなかった。

 落ちていた眼鏡を拾うと、幸いにも割れていなかった。目が非常に悪い忠太は、たとえ相手の後ろ姿を見ていても、特定することは難しかっただろう。

 眼鏡をかけなおし、忠太はもう一度、上靴に履き替える。


 犯人に接触してしまったのだ。

 最後まで見届けなければ、忠太は、ずっと気になってしまうだろうとわかっている。なにも知らない状態で逃げだすには遅かった。名指しされるレベルで、標的にされてしまったかもしれない。


 力也へ報告をするために、忠太はのろのろと廊下を歩きだした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
a0139966_20170177.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ