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亡霊あらわる

 忠太はひとりで、靴箱が並ぶ校舎の出入り口へやってきた。


 一面に四十ほどの小さなロッカーが整然と並び、クラス単位であてがわれている。それが背中合わせに、そして狭い道を隔てて向かい合うように並んでいた。

 自分の靴箱へ駆け寄ると、忠太は慌ただしく靴箱の扉を開ける。


「力也の命令なんて、もういい加減にしてもらいたいよ。誰が見に行くものか。七奈美の幽霊でも成りすましでも、もう巻きこまれるのはごめんだ。ぼくは関係ないんだもんな」


 つぶやくように文句を言いながら、外靴に履き替える。


「第一、あの放送の録音テープだかなんだか、はっきりと声が入っていたのは力也だけだし、ぼくは知らないっと。――あ、カバンは……。三年の教室に置いてきちゃったか。もういいや、徒歩通学で定期もないし明日は授業もないし、このまま帰ってやる」


 そして、忠太が靴箱の扉をそっと閉めた、その瞬間。

 さっと赤いものが目の前に現れ、忠太は背後から目隠しをされた。衝撃で、忠太の眼鏡が吹っ飛ぶ。遠く前方で、カシャンと床に落ちる小さな音がした。


「うわっ! な、なに? なんだ?」


 目隠しをしたものを使って、忠太の目は、後ろからぎりぎりと締められる。

 引きはがそうと、目に張りついたもののあいだに必死で指を刺しこもうとしたが、隙間など一ミリもなかった。


「誰だ! こ、こんな悪戯をするのは?」

「静かにして。大声を出したら、命の保証はないで」


 独特のイントネーションを持つ涼しげなソプラノが、背後から忠太の耳朶をくすぐった。

 その意味に気がついた忠太は、動きをぴたりと止める。


「――きみ、きみは、まさか……」


 忠太は、言葉を切った。


 ――まさか、小坂七奈美?

 でも、この声とイントネーションは、彼女そのものだ。死んだはずじゃないのか?


 七奈美は、小柄な忠太に比べて、かなり上背があったという記憶がよみがえる。そして、いま目隠しをされているものは、制服のスカーフではなかろうか。

 急に恐怖に襲われた忠太は、がたがたと体を震わせた。


「――一年前に、わたしを追いかけて追い詰めたんは、誰やのん? あなたの口から聞きたいんやけど、首謀者の名前を教えてくれへんかな」


 ぎりぎりと目隠しを締めつけながら、やわらかい方言が衣服越しに、忠太の体をなであげる。忠太の全身に、一気に鳥肌が立った。


「ぼ、ぼくじゃない! ぼくが言いだしたんじゃない!」

「そうなんや。それやったら、誰が遊びで追いかけようやなんて、言いだしたん?」

「お、追いかける遊び?」


 視覚を奪われると、内なる恐怖が倍増する。その恐怖心から逃れようと、忠太は必死になって、頭の中で目まぐるしく考えた。


「あ、遊び! 追いかける遊びは、力也だ! 七奈美を追い詰めようって、力也が言いだしたんだ!」

「どうして、追い詰める遊びなんか、やろうって言いだしたん? 詳しく教えてくれたら、あなたの罪は軽くしてあげてもええで」


 忠太は、そのときの会話を、一生懸命思いだそうとする。

 中途半端な嘘は通じない。なぜなら、七奈美は当事者だからだ。それなら、下手な隠し立てなどせずに、本当のことを言ったほうがいい。自分は七奈美の飛び降りに、直接手をくだしたわけじゃない。


「あ、あれは……」


 忠太の脳裏に、一年前の光景がぼんやりと浮かぶ。

 あれはたしか、あのときは一年の教室の窓から、運動場を見下ろしていた。そして、そのとき、他クラスの男子生徒たちが、あっちこっちと駆けまわっているのを眺めていたのだ。


「そうだ。あのとき、運動場でやっていたドロケイを見て、力也が思いついたんだ」

「ドロケイ?」


 聞き返した声に、忠太は言葉を続ける。


「そ、そうだ。ドロケイ! あの遊びに則って、七奈美を追いかけようって、力也が言いだしたんだ。力也は、七奈美に興味を持っていたから。遊びで捕まえたら、今度は罰ゲームでいろいろ言いなりにさせる気だったんだ!」

「――どうして? 力也くんは、鈴音と付きおうてるやん? なのに、どうして、そんな遊びを使ってまで、わたしに手をだしてきたん?」


 その問いに、忠太は無意識に返事をしていた。


「だって、七奈美、おまえ、教師と付き合っていたんだろう?」


 忠太の言葉に、きっぱりと背後から否定する。


「そんな噂、嘘やんか」

「でも、火のないところに煙はたたないって言うだろう? 誰かから、七奈美のほうから教師に迫ったって聞いたって。だったら、力也が、押せばあわよくば自分も一度くらい、いい目を見れるんじゃないかって」

「そんなん……。本当に、ただの噂やのに」


 忠太の後ろで、呆れたようなため息が聞こえた。

 その気配に忠太は、うっかり調子に乗って言葉を続ける。


「でも、今度は、教師と付き合ってるおまえが、その噂を消すために、教師と付き合ってるのは鈴音だって、七奈美が言いふらしているって聞いたから」

「――その話、誰から聞いたんかな? それに、あなたは聞いたから、なんやのん? どうしたん?」


 忠太は、自分がミスを犯したことに気がつくが、もう引き返せなかった。

 小さく、震える声で続ける。


「す、鈴音さんから、き、聞きました。ぼ、ぼくが、ぼくから力也さんに、言っちゃいました……。鈴音さんの噂を、な、七奈美が、流しているって」


 目隠しが、ぎりっと締められた。

 その圧迫に、忠太は悲鳴をあげる。


 すぐに忠太の後ろから、怒りを帯びた声がささやかれた。


「なんや。結局あなたも、深く関わってるやんか。あなたの罪を軽くしてあげよぅて思ったけど、気が変わったわ」


 ひんやりとした声が、恐れ慄く忠太に告げる。


「ねえ。ドロケイって遊び、たしか捕まったら、今度は逃げる側と追いかける側が入れ代わるんやったよね。それが、ルールなんやろ?」

「あ、あのときは、ただの力也の方便だよ。追って追われる側、入れ代わる気は、全然なかったと思う。ただ、捕まえて、七奈美を言いなりにしたかっただけなんだと、思う……」


 忠太の言葉に、なにか思いついたのだろうか。


「だったら、わたしがちゃんとした正しいルールを、あなたたちに教えたるわ」


 その言葉と同時に、忠太の目からスカーフが取りはずされる。

 そして、あっ、と思う間もなく、背中に衝撃を受けると、小柄な忠太は前方へ吹っ飛んでいた。向かい合わせで置かれていた他クラスの靴箱へ、顔面と胸を強打する。

 背中を蹴り倒されたのだと気がつき、痛みに呻きながら恐る恐る振り返るが、もう誰の姿も見つけられなかった。




「――ぼくは、悪くない。全部、力也がやったことなのに。七奈美が鈴音の噂を広めているってことも、ぼくはただ、聞いたまま力也に伝えただけなのに」


 忠太は、いままで考えないようにしていた一年前の出来事を思いだす。


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