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とある王女の恋物語・番外編

王様の憂鬱・2

作者: 藍田 恵
掲載日:2020/05/10

王は相変わらず王妃にメロメロです。

「王。どうなさったのですか? そんなに難しい顔をして」

 クレイ皇子の謁見の後、執務室へ独り引き篭もってしまった王を案じる側近に()われて、王妃はその扉を叩いた。

 扉を叩いているのが王妃だと知った王は、秘密の逢瀬を重ねる恋人さながらに王妃を部屋の中へ引き入れると、再び扉を固く閉じる。

 王のただならぬ様子に驚いた王妃は、王を心から案じて先程の言葉を発した。

「同盟のことで、何か問題でも起きたのですか?」

「大問題だ」

 差し出された書状にハーヴィス王国の紋章を認めて、王妃は眉を顰める。

「まさか、この期に及んで同盟に異議を…」

 視線で読むように促された王妃は、その書状に目を落とした。

「これは…」

 読み終えた王妃は王を見つめる。

「…こちらの方が同盟に異議を唱えたくなった」

 王は溜息を()くと、そう独りごちた。

「エリーにとっていいお話である、とは思いますが…」

 王妃もどう言って良いか分からず、再び書状を読み返す。

 ハーヴィス王国のステファン王子からのその書状には、エリーに求婚することを認めて欲しいと(したた)められていた。

「この書状をクレイ皇子が取り次がれたのですか?」

(むし)ろ、クレイ皇子がステファン王子を煽ったのだろう。エリーとの婚約解消について責任を感じていただろうからな」

 再び溜息を吐いた王に、王妃は尋ねる。

「クレイ皇子が認められた方ならば、信用出来るのではないでしょうか。国交すらない他国から、慌ててエリーの婚約者を探すよりはずっと…」

「成人してからの婚約なのだ。幼い頃の婚約のようにとりあえず名目上だけ、という訳にもいくまい。ステファン王子が本気ならば尚更」

 リブシャ王国の法では、双方納得の場合のみ婚約解消が認められる。争わないことが信条のこの国では、約束や契約がとりわけ重い意味を持っていた。

「問題はエリーの気持ちだ。(まつりごと)の犠牲になる必要が無くなった今、エリーには誰か想う相手はいないのだろうか?」

「長の家族からそのような話は聞きませんでした。エリーが王都に来てからも、そのような出会いがあったとは思えませんが…」

「…クレイ皇子の騎士団員はどうだろうか」

「そうであればクレイ皇子が既にご存知のはず。エリーの気持ちを無視してまでしてステファン王子を推薦するはずがございませんわ」

 王妃の言うことは尤もなので、王は小さく唸る。

「仮にも成人したこの国の王女が婚約者不在のままでは都合が悪いことも事実なのだ。国王としてそろそろ次の婚約者を定めねばならぬ。エリーの想い人であれば身分を問うつもりはないが、特にそのような相手がいないのであれば、候補に挙げるべきはやはり貴族か王族となるだろう。クレイ皇子の心遣いはとても有り難いものであるが、ステファン王子は…」

 背景にどんな事情があったにせよ、一度誘拐と幽閉という大罪を犯した相手に再び娘を差し出す親がいるだろうか。

 王が言葉に出さずとも、王妃には王の言わんとする事が理解出来た。

 暫しの沈黙の後、王妃は真剣な面持ちで王に告げた。

「…王。わたくし、改めてステファン王子にお会いしたく思いますわ。ささやかな晩餐会を開きませんこと?」

 王妃の突然の提案に、王は驚く。

「王妃。何を…」

「考えてみればわたくしは戴冠式の時にお姿をお見掛けしただけです。あの時の公務が、ステファン王子の初公務であったと記憶しています。その後の同盟手続きはワイルダー公国かハーヴィス王国で主に進められておりますから、わたくしはあの日以降、ステファン王子にお会いする機会がございませんでした。それに…このままではエリーは特殊な状況下でのステファン王子しか知らないまま、ハーヴィス王国と国交を深めてゆかなければなりません。それはエリーにとって、あまり良くないことだと思うのです。今までは(かどわ)かされてから日が浅かった為に王が姫の盾となって(まつりごと)から遠ざけて下さいましたが、そろそろ社交を兼ねた場に姫を出席させる時機でしょう。我が国の公務で、わたくし達が同席する場ならばエリーも安心してステファン王子を見極めることが出来るのではないでしょうか。ステファン王子を伴侶に選ぶかどうか、決めるのはエリーです。他国の王子を探すのは、その後でも遅くないと思うのですが如何でしょうか?」

「王妃の言うことは尤もであるが…」

 それでも覚悟が決まらない王は渋る。

「今の状況でハーヴィス王国の王子を招くとなると、ワイルダー公国にも声を掛けねばなるまい。何か別の思惑があると疑われても困る故」

「勿論、クレイ皇子とサラも招きましょう。サラはリブシャ王国の娘で、エリーの大切な家族なのですから、公務にかこつけてこの城でささやかに二人を祝っても問題はないでしょう? エリーも零しておりましたわ。自分もサラを祝いに行きたかったと」

 クレイとサラの婚約式は、王室関係者のみの間で慌ただしく行われた。式の参列者はワイルダー公国王一族と各国一名ずつの招待客のみ。その為、国外の招待客は各国国王のみという、異例の(いかめ)しいものとなった。

 サラの晴れ姿を見に行くことを楽しみにしていたエリーと王妃は共に不平を述べたが、軍事国らしい合理的なやり方だったと王は思っていた。各国の重鎮とその妃達を警護しようと思えば、莫大な労力を注がねばならない。そのぶん費用も嵩む。結婚式ならばともかく、第三皇子の婚約式を盛大に執り行うことが出来るほどワイルダー公国は豊かな国ではない。

 あの式はある意味、リブシャ王国への敬意の表れだったと言ってもいい。王族でもないサラがリブシャ王国の娘でなければ、わざわざ他国の王族まで招く規模の婚約式がワイルダー公国で開催されることは無かった筈だ。

 しかし招待から外れてしまった王妃と王女にとっては納得の行かない措置であったことに変わりなく、他国の王室でサラが心細い思いをしなくても良いように、せめて自分達までは招くべきであったと言って譲らなかった。そんなことをしてしまっては16年間も王女と離れて暮らさなければならなかった今までの苦労が水の泡だということを説明して理解してもらう事は、国政よりも骨が折れた。エリーが成人したからと言って、危険がまるで無くなってしまった訳ではない。いつまた、ステファン王子のような暴挙に出る者が現れるか分からない。ハーヴィス王国が隣国で、しかも森続きだったことは不幸中の幸いだった。もし森の女王の力が及ばない場所にエリーが幽閉されていたとしたら…。

 そこまで思い至り、新たな恐怖に襲われた王は密かに身震いしたものだ。

 ある意味、エリーを(さら)った人物がステファン王子で良かった、と、いつしか王はそう思うようになっていた。

 謝罪を受けた時点では(はらわた)が煮えくり返る思いを抑えるだけで精一杯であったが、クレイ皇子の熱心な()()しで何とか理性を保つことが出来た。リブシャ王国にとって最も禁忌である争いや報復を思い止まることが出来たのも、幽閉中のエリーがとても丁重に扱われていたことをクレイ皇子から聞かされたからだ。それを知って王の気持ちは幾分か凪ぎ、ハーヴィス王国へも冷静に処すことが出来た。

 あの時も不思議に思ったものだが、クレイ皇子が政敵でもあったステファン王子を庇うように執り成し、同盟国となる今もステファン王子を支持しているということは、クレイ皇子に何かを感じさせるものがステファン王子にあるということなのか…。

 いずれにしても、エリーの未来の夫に対して好感を持つことは永久に無いだろう。ならば自分の目で見極めてみるのもまた一興。

 王は思い直すと、確認するように王妃に訊ねた。

「あくまでも内輪の晩餐ということにするのであれば、エリーの戴冠式の時のようにはいかぬが良いのか?」

 舞踏会は勿論、大掛かりな楽団を準備することも難しいだろう。(いささ)か華やかさに欠ける祝宴になってしまうことは、開催する側として少し気が引ける。

「サラの衣装などはわたくしからのお祝いとして準備いたしますわ。あの二人が美しく着飾るだけで、殿方にとっては十分ではございませんこと? そしてエリーには、今回の晩餐は国の未来を背負う立場の者が語らい合うことが本来の目的であると伝えれば良いでしょう」

 すらすらと提案をする王妃の相変わらずの為政者ぶりに内心舌を巻きつつ、王は生き生きとしてきた王妃の姿に未来のエリーの姿を重ねる。

「サラは今はまだ平民の娘だが、エリーと一緒に未来の国事に携わることは間違いない。初めての公務という意味では、エリーと立場は同じだな」

 ステファン王子にとっては針の(むしろ)のような状況でもあるが、エリーに求婚する覚悟であればそのくらいの試練は越えてもらわなければならないだろう。

「ただ…こういった場にあまり慣れていないサラに気詰まりな思いをさせるのは気の毒だな」

「ご心配には及びませんわ」

 王の懸念を他所に、王妃はころころと笑った。

「クレイ皇子にとって、今回は長のご家族にはご遠慮頂けるという滅多にない機会です。そして、皇子には少なくともステファン王子を応援するお気持ちがおありです。きっと、この好機を手にして今まで通り…いえ、それ以上のご配慮(・・)をなさるに違いありませんわ」

 王妃は気付いていないのだろうか。

 その好機こそ、エリーによって確実に潰されてしまいそうな予感がするのだが。クレイ皇子が滞在していた時に比べても、城内での地の利は確実にエリーが握っている。クレイ皇子がエリーを出し抜くことはかなり難しそうだ。

 しかし王は、久々の社交の準備に嬉しそうな王妃に微笑んだ。

「王妃の言う通りだな。思いがけない場面でこそ、その人となりが良く分かるものだからな。…いざという時は余が王子達の相手を引き受けよう」

「妙なことを仰いますのね。若い人達のお邪魔をしてはいけませんよ」

「肝に銘じよう」

 王妃に(いざな)われて執務室から出てきた王を迎えた古参の側近達は、王妃ではなく王の楽しそうな表情を見てざわめいた。

 王がまだ皇太子だった頃によく見せた、一計を案じている時の表情そのままだったからだ。

 それは大抵、彼等に多大なる労力を強いるものだった。

クレイは完全にもらい事故みたいになってしまいました。でもサラに堂々と会えるのでちょっとラッキー、くらいは思っているかも知れません。何も知らないステファン王子より、クレイの方が針の筵的な目に遭うのは必至の予感…。

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