ユリと酔っ払い再び 後編
酔っ払ったジークにあっさりファーストキスを奪われ、これ以上驚くことはないと思っていたが、まだ上があったようだ。
いまだジークはユリを抱きしめたまま。
次は一緒に寝ると言い出したのだ。
これまで、テントの中ではアレイスターとリリーと三人一緒に眠ってきた。
さすがに四人は手狭なので、この森を抜けるまではアレイスターとジークは外。ユリとリリーはテントに寝ようということになっていた。さすがに天候が悪ければぎゅうぎゅうで寝るつもりだったが。
ユリはのけぞってぶんぶんと首を振った。
「絶対嫌!!私はリリーとテントで寝るんだから!!」
「ユリは柔らかくてあったかい。一緒に寝たら気持ちいいと思う」
「私は良くない!」
上半身裸の男にそんなこと言われたら貞操の危機しか感じない。
嫁入り前の娘としては、断固拒否だ。
ユリはアレイスターとリリーに助けを求めようとジークを押しのけて振り返った。
しかし、なんと二人はまだユリのことを話しているではないか。
ジークがユリにキスしたことは、全く目に入っていなかったようだ。
「じゃあ問題です!この前ユリが、魔物に驚いて転んでお尻でつぶしたのは何でしょうか!?」
「あー………なんだったか……くそっ思い出せない!」
「答えはコガネムシよ!ちょっと涙目になってたわ!ユリクイズの勝者は私ね!」
珍妙な問答を繰り広げるアレイスターとリリー。
「何!?ユリクイズって!?」
思わず、ユリは両手で顔を覆った。
「いや!まだだ!ではユリが最後に街で新調した下着の色は!?」
「えー…ちょっと待って、確か…」
「ちょっと!なんでアレイスターが知ってるの!?」
ユリは聞き捨てならないと、ばっと手を下ろして肩をいからせる。
だが、ユリの怒りは全く二人には届かないようだ。
問答は止まりそうもない。
これ以上二人にしゃべらせたら、ユリの大事な何かが終わる。
ユリはじっとりとジークを振り返った。
「ジーク…あれ止めてくれる?」
「おもしろい。二人はユリが好きなんだな」
ジークは目を細めて二人のやり取りを見ていた。実に微笑ましいと言わんばかりだ。
全く止めてくれる様子はない。
しぶしぶだが、ユリはジークを餌で釣ることにした。
ジークはあの二人よりも強いのだ。どうにかしてくれるだろう。
ユリの中で、貞操の危機より乙女の矜持を保つほうが上回った。
(まぁジークも酔ってるからすぐ寝ちゃうだろうし…)
「…あのユリクイズを止めてくれたら、今日は一緒にテントで寝てあげる」
その言葉にジークはぱっと顔を輝かせた。
「方法は?」
「なんでもいい…」
ジークはわかったと言って、二人に意気揚々と近づいていく。
魔法で黙らせるか眠らせるんだろうと思って見ていると、ジークが無言で二人の頭をがしっとつかんだ。
そして、有無を言わせず思いっきり二人の頭を打ち付けた。
ゴツッ………!!
かなりの勢いで頭と頭をぶつけられた二人が、ずしゃあっとその場に崩れ落ちる。
「思いのほか力ずくだった!!ジーク!すごい音したけど死んでないよね!?」
「問題ない」
「全然確かめてないじゃん!!」
慌てて二人に近寄ると、頭も割れていないし息もしている。
気絶しているだけのようだった。
「静かになっただろ?」
「なったけど…………」
「さぁ一緒に寝よう」
「うん………」
気絶してしまった二人は放置である。気候は良い。死にはしないだろう。
ユリはしぶしぶジークとテントに入っていった。
ユリが寝床に入ると、ジークが当たり前のようにユリの真横に寝転んだ。
酒の匂いがすごい。それに、ジークは上の服を脱いだままだった。刺激が強すぎる。
ユリはぐっと眉間にしわを寄せた。
今、自分のファーストキスを奪った男を目に入れるだけでも乙女の心は痛むのに。
その男は惜しげもなく半身を晒している。
均整の取れた美青年の半裸は、ジジ専のユリでもちょっとどきどきするのだ。
「せめてなんか着てよ……そして近い!!」
本当は一緒にテントで寝ることすら嫌なのに、さらにジークはユリに腕を絡めて寝ようとするではないか。
ユリはバタバタと手足を動かして抵抗した。
「一緒に寝るって、テントで一緒にって意味だから!密着しないで!」
「約束が違う」
「抱っこして寝ていいとは言ってない!」
「ユリはうるさい」
「誰のせいだ!」
「ユリも静かにさせようか」
「なぬ!頭突きなら負けな…!」
ユリがきっと睨んでジークに戦いを挑もうと声を荒げる前に、言葉が吸い込まれた。
「んん…!?」
いつの間にか、ジークはユリの手足を押さえつけ、しっかり覆い被さっている。
抵抗する暇なんてなかった。
ぐっと押し付けられたジークの唇がユリの口を塞いだのだ。
ユリが驚愕に目を見開くと、紫水晶の瞳が面白そうに細められている。
ジークはユリが固まってしまったのを見ると、少しだけ押し付けた唇を緩めた。
「…ふあっ」
一瞬唇が離されたのに安心したユリは息を吐いた。
ジークはそれを狙ったように、再び唇を押し付けるとユリの開いた口に舌を滑り込ませた。
(っぎゃあぁぁ――――――――!!!)
ジークの唇はユリより冷たいのに、舌は熱い。ちろちろとユリの舌を舐めて、反応をみている。初心者にこれは厳しい。
舌の感触と酒の匂いに、もはやユリの頭は真っ白である。
最後にちろりと唇を舐めて、やっとジークが口を離した。
顔を蒼白にして動かなくなったユリを満足げに見て横になり、その腕にユリを引き寄せる。
ユリの耳元で、ジークがそっと囁いた。
「なんで瘴気がでるか、覚えてるか?」
「……………………」
(ひ……ひどくない……?)
暗に、機嫌を損ねたら瘴気が出ると言っている。
もう立派な脅しである。しかし瘴気がでたら一大事。
このダメ押しで、ユリは抵抗するのを諦めることにした。
知り合ったばかりの酔っぱらった魔王にファーストキスは奪われるし、次は舌を入れられるし、おまけに抱き枕にされる。
今日はユリの人生最悪の日になった。
ジークはぎゅっとユリを抱きしめて、その首筋に顔を埋めた。
「あったかくて、柔らかくて、良い匂いがする…」
そう言うと、すぅすぅと寝息を立てて眠ってしまった。
「なんだろう……何が悪かったんだろう……お酒せい?あほな大人たちのせい…?」
ユリは暗い瞳で呟いた。もう涙も出ない。
確かに途中まで、楽しく過ごしていたはずだったのに。
なぜこんなことになったのか。
ユリが悶々と悩んでいる間に、夜はふけていった。
〇〇〇
次の日。テントの中で起き抜けにもひと悶着あった。
やたら自分に触ろうとしてくるジークを振り払ってユリがテントから出ると、アレイスターとリリーが入り口の前で土下座していた。
「「本当にごめんなさい」」
ユリはびっくりして尻もちをつきそうになったが、ぐっと踏ん張った。
「……どうなったか覚えてる?」
「「覚えてません…」」
二人とも、ユリを見上げてぷるぷると震えている。
「……」
ユリが、一体どうしてくれようと冷たい視線で見降ろしていると、ジークもテントから顔を覗かせた。
「なんだ?どうした?」
地面に這いつくばっている二人を面白そうな目で見ている。
そんなジークを素早くテントに追い返すと、昨日自分にしたことは黙ってろと厳命した。バレるとアレイスターが監督不行き届きを嘆いて自殺するかもしれない。
ユリは改めて震える二人を見た。
「…二人とも、頭は大丈夫なの?」
アレイスターとリリーがさっと頭に手を当てる。
「そういえば、何故か額がすごく痛い…」
「私は頭頂部が…、何このたんこぶ!?」
「俺もだ!」
その様子を見て、ユリは適当に理由をつけることにした。
「二人はね、頭突き勝負するって言って、頭をぶつけあったんだよ。それでそのまま気絶したから外で寝てたの」
「「えぇ…!?」」
「たんこぶは、そのせいだから」
二人は呆然とした顔で、お互いのたんこぶを目で探っていた。
まさかそんなことをするとは思っていなかった、と二人とも眉を下げる。
そんなことはしていないのだが、全てを説明するとユリの心が死ぬ。
「……ということは、まさかジークと二人で寝たのか…?」
ふと我に返ったアレイスターが、ふるふると恐怖に目を見開いて尋ねた。
ユリはぐっと眉間にしわをよせ、冷たい目でアレイスターを見た。
「そうだけど」
「何もなかったよな?」
「…ないけど?」
無かった。昨日は断じて何も無かった。
ユリは記憶を塗り替える。
「本当に?」
アレイスターは必死の形相でユリを見ている。
ユリはため息をついてテントを指さした。
「ジークにも聞いてみたら?」
「…ジーク!昨日ユリに何もしなかったよな!?」
そうだと言ってくれ!とばかりに声を荒げながら、アレイスターはテントに潜り込んだ。
テントの中からジークのこもった声が聞こえる。
「…何もしてないぞ」
「…ならいいんだ…」
力が抜けたようにため息を吐きながら、アレイスターが呟いた。
冷や汗をかきながらテントから出てくる。
しょげた顔でその様子を見ていたリリーが、ユリに向き直った。
「…ユリ、ごめんね。また飲みすぎちゃったのね、私たち。」
「んもー!!お詫びに朝ご飯作ってよね!」
ユリがアレイスターとリリーの背中を押すと、二人は慌てて支度を始めたのだった。
二人がいなくなると、ジークはもそもそと服を羽織ってテントから出てきた。
ユリは暗い瞳でジークを見て、尋ねた。
聞きたくはなかったが確かめなければならない。
「…さっき、昨日したこと黙ってろって言った時に、頷いてたけど…もしかしてちゃんと覚えてる?」
「ん?ああ、覚えてるぞ。あの二人は忘れてしまったんだな」
「…むしろジークにも、忘れてて欲しかった…」
「なんだ?何も悪いことはしてないだろ?」
「むっ!」
塗り替えたはずの記憶が溢れてくる。
ユリの脳裏に昨日の場面が思い浮かんだ。途端に、ぶわっと顔が赤くなる。
慌てて眉をしかめるが、動揺しているのは隠しきれていないだろう。
あわあわするユリを見て、ジークが心外そうに眉を下げる。
「あの二人だってユリにキスしてたのに…」
「口にじゃないじゃん!」
「だめなのか」
「ダメに決まってるでしょ!」
「俺もユリが可愛いと思うのに…」
「うぐぅ」
可愛いと言われて嬉しくないわけではない。
それに、美麗な顔をしょげさせて言われると、こちらが虐めている気がしてくるではないか。
「普通、そう思ってもいきなり口にき…キスはしないから…」
「口じゃなければいいのか」
「んぐ…まぁ……」
まだ赤らむ顔をジークから背けながら、ユリは考えた。
おでことかほっぺくらいなら、してもされても衝撃は少ない気がする。
(…ジークって人づきあいがなさすぎて、距離感おかしいのかな………)
しばし黙ったユリを見て、ジークが納得したように頷いた。
「いきなり口にしなければいいんだな?」
「うん…?」
そういう話だったっけ?と見上げると、ばっちり目が合った。
今日も微笑みが眩しい。
すると、ジークはおもむろにユリの髪をひと房手に取ると、少し目を伏せてかがんだ。
(何…?)
ユリはぽやっと、それを見つめる。
ジークの顔にかかる銀髪が、白い頬に影をつくる長い睫毛が、その淡い桜色の唇が、異様に綺麗に見える。
無防備なユリの目の前で、ジークはユリの黒髪を口元へと運び、そのままうっとりと口づけた。
「はぇ…………!!?」
どくっと心臓が脈打ったのがわかった。
「わかった。以後気を付けよう」
ジークはユリの髪の毛を整えると、ふわりと微笑んで朝食を準備する二人の手伝いをしに行ってしまった。
(……結局いきなりだったし、…口じゃなくても衝撃がすごいんだけど!!)
魔王は一筋縄ではいかないらしい。あの美貌は破壊力がすごい。
身に触れられたわけじゃないのに、よほどこちらのほうが恥ずかしいかもしれない。
ジークが触った髪の毛から、何かがむずむずと這い上がってくるような気がする。
困惑するユリは、その場に縫い付けられたように、足が動かせない。
「ユリー?用意できたわよー!」
「…はぁい!今行く!」
リリーから声がかかって、ユリはやっと動くことができたのだった。




