ユリと酔っ払い 後編
ユリが途方に暮れて、半裸で騒ぐアレイスターを見ていると、ユリを抱きしめたリリーがぐりぐりとユリに頭を擦り付けた。
密着した胸もぐりぐりされる。立派な感触である。
(リリーは着やせするタイプなんだよね~)
ユリがうらやましく思っていると、リリーがしゃべり始めた。
「ユリ、私はね~あんたを妹のように思っているのよ~、ほらぁ名前も似てるし~。たった一人でこの世界にきてさ~。健気な子~。あ~可愛い可愛い~」
そのままぎゅうぎゅうと抱きしめられ、ユリはむちゅっとほっぺにキスされた。
「ありがとうリリー………酒くさっ」
そんな風に思っていてくれたのかと胸が熱くなるが、リリーから漂う濃厚な酒の匂いにユリは顔をしかめた。
「俺だって妹みたいに思ってるぞ!!」
急に距離をつめてきたアレイスターが、雑にわしゃわしゃとユリの頭を撫でる。
「ぎゃ!?やめてよアレイスター!」
ユリの髪の毛がくしゃくしゃだ。
リリーの拘束からやっと右手を抜いて前髪を整えると、にっこり笑ったアレイスターの顔が目の前にあった。
「近い!…こっちも酒くさっ!!」
思わずぐいっとアレイスターの顔を押しのけると、その手をアレイスターにつかまれた。
「ユリが冷たい…」
「冷たくない!この酔っ払いどもめ!」
うきーっとユリが怒ると、アレイスターはくくくっと喉を鳴らした。
「悪い子にはお仕置きだな」
「この場合良い子は私だけなんだけど!?」
なんとか手を引こうとするものの、アレイスターの手は緩まないし、体はリリーががっちり抱えていて身動きが取れない。
(なにこれ!?どうすりゃいいの!?)
ユリが混乱していると、目の前の酔っ払いが半眼でユリの手をじっと見ていることに気が付いた。
「アレイスター…?」
アレイスターは何度かユリの顔と手を見比べる。
そしてほの暗い瞳を細め、にやりと口の端を歪めて笑った。
今まで見たことがないその表情に、ユリはぎくりとした。
そのまま、アレイスターはユリの手を自分の口元に近づけていく。
「なにする…!?」
つぎの瞬間、ユリは自分の眼を疑った。
しかし手元の感触はそれをしっかり真実だと伝えている。
「ひや!?」
ユリはアレイスターに指をかじっと噛まれたのだ。
(これが…お仕置きってこと!?)
それだけでなく、口に含んでちろりと舐められたり、ちゅっと吸われている。
指に感じる、ぬるりとした熱い舌と口腔の感触。
噛まれたり舐められるたびにぞわぞわする。
「んくっ………」
あまりのことに、ユリはじわわっと涙目になり絶句した。
ジジ専のユリはこれまで恋人がいたことはない。
そのため色事の経験は全くない。
それがいきなりこの仕打ちである。
アレイスターは、おじ様達に散々言い含められた忠告を、今は綺麗さっぱり忘れているらしい。
目を見開いて口をぱくぱくと動かし、顔を青くしたユリを見て、楽し気に榛色の瞳を輝かせている。
(なに!?しかも実は意外とSっぽかったの!?知りたくなかった!!)
紳士的で頼もしい爽やか好青年だと思っていたのに。
とんだ裏切りである。
必死で抵抗するが手の戒めはびくともしない。
こわばったユリに気が付いたのか、リリーが顔をあげた。
「ユリ?どうし…」
涙目になったユリを見て、次にアレイスターを見上げる。
アレイスターはいまだにユリの指を甘噛みしている。
リリーは、アレイスターをきりっと睨むと、こう叫んだ。
「アレイスター!ユリに意地悪するのはやめなさい!」
「これ意地悪の範疇!?」
「…言うこと聞かないとぉ~…」
ぶつぶつと言い始めたリリーの周囲から魔法陣が展開されていく。
「リリー!?何するつもり!?」
アレイスターは、突然光り始めた地面を見てやっとユリの手を離した。
「おぉ…?」
そして、ぼんやりしたままリリーを見ている。
「アレイスター!ちょっとリリー止めて!真剣にやばい気がする!」
こんなに詠唱に時間かけているのは見たことがないし、バチバチっと魔法陣に電気が走っているのがとても怖い。
これは、発動したらどう考えてもまずい奴だ。
しかも首飾りの力で威力は半端ないはず。
魔王を倒す前に、飲みすぎて自爆するとか目も当てられない。
逃げ出そうとしてもリリーの手は緩まなかった。
「リリー!詠唱止めて!」
ユリは必死で呼びかけるが、リリーは詠唱したまま恍惚とした表情で魔法陣を見ている。
(だめだ。これもう何も聞こえてない。どうせ死ぬなら素敵なおじ様の腕の中で…腕といえばやっぱりルドルフさんの鍛えた腕だよねー。あぁ、あの肩から前腕へのライン最高…)
なんだか、この世界に来てからの走馬燈が見える…とユリが諦めかけたその時だった。
はっと何かに気付いたアレイスターが、両手でリリーの顔を包み、躊躇することなくその唇に口づけた。
「んっ…!」
リリーは一瞬目を瞠ったが、やがてとろんと目を閉じた。
詠唱が止まり、魔法陣は端からやわやわと消えていく。
ユリは、目の前のキスシーンに呆然とした。
リリーに抱きしめられたままなので、超至近距離だ。
(あー…口を塞げば詠唱止まるよね、アレイスター頭良い~……。けど、わざわざキスしなくてもよかったんじゃ………?)
どうせ口を塞ぐならやっちまえとでも思ったのか。
大規模魔法陣が姿を消すと、そこにはただ口づけする二人と、間近で二人のキスシーンを見てしまったユリだけが、焚火に照らされて佇んでいた。
(……けど助かった…!正直、この旅で一番命の危険を感じた…!)
ユリが奇跡の生還にぶるぶる震えていると、アレイスターとリリーが一緒にぐらりと倒れこんだ。
必然的にユリも一緒に倒れてしまい、二人の間に挟まってしまった。
「ちょっと!?二人とも、そういうことは二人っきりの時にやって――…!」
慌ててもぞもぞと起きようとするが、アレイスターもリリーも倒れたまま動かない。
ユリが頭だけ起こして見てみると、二人とも赤い顔をしたまま、満足そうにすやすやと眠っているではないか。
二人とも酔いが回って、寝てしまったのだ。
(えぇ?まじで…?)
ユリに、泥酔した二人をテントまで運ぶ術はない。リリーはまだユリをがっちり抱きしめたままなのだ。
脱力したユリは、そのまま二人の間で寝ることにして、今後アレイスターには聖杯を渡さないようにしようと固く心に誓ったのであった。
〇〇〇
次の日の朝、三人は眩しい朝日で目を覚ました。
外で寝ていたことにアレイスターとリリーは非常に驚いていた。
なんと、この二人は昨夜のことを何も覚えていなかったのだ。
ユリは拗ねた。
自分だけがあの惨状を記憶していることに、盛大に拗ねた。
朝から一言も口をきかず、眉間にしわを寄せ、じっとりと暗い瞳で二人を見つめていた。
「ねぇユリ…昨日の夜、何があったの…?私何したの…?」
「ユリ、すまない。よくわからないが…許してくれないか」
今まで見たことのないユリの様子に、リリーはちょっと涙目でユリに詰め寄り、アレイスターはほとほと困った様子でユリにまとわりついている。
朝食が済んでも状況が変わらなかったため、しぶしぶユリが口を開く。
「…もういいよ。昨日はね、二人ともお酒飲みすぎて寝ちゃっただけだよ…」
「そ…そうなの?本当に?ごめんねユリ…」
「記憶が無くなるほど飲むとは思ってなかった。本当にすまない」
ユリは、昨日の出来事を完全に無かったことにすることに決めた。
真実を伝えるとして、ユリが昨夜の出来事を語ることも、もはや苦行だ。
二人が酔った勢いとは言え、ユリを妹のように思っていると言ってくれたのは嬉しかった。
(でも、アレイスターに指を噛まれたり、リリーに絡まれてキスされたり、挙句の果てに魔法で全滅させられそうになった話を、本人にするの……?嫌すぎる……!!)
何より、リリーの詠唱を止めるために、アレイスターとリリーがキスしてしまったことを話したら、二人のタガが外れる可能性が非常に高い。絶対言いたくない。
目の前で他人のキスシーンを見るのはもう十分だ。
黙り込むユリの前で、二人は肩を縮ませて、本当にすまなそうに眉を下げている。
もう二度と飲みすぎないと約束させて、やっとユリは二人を許すことにした。
アレイスターには、これから聖杯を貸してあげないと言ったところ、愕然とした顔をしていた。ちょっとなら、今後もアルコールを飲ませてもらえると思っていたらしい。
しかし、しばらく反省してもらわなければならない。
もう二度指を噛ませてなるものか。
ユリにとっては惨劇でした。お酒は飲んでも飲まれるなですね。
やっと次でお城に着きます…。




