ユリと聖杯
勢いで始めてみました。
深く考えずにあたたかい目で読んでいただけると幸いです!
「勇者ユリ、そしてその仲間たちよ、よくこの神殿まで来ることができましたね」
目の前の祭壇には、神々しい光をまといながらユリをこの異世界に召喚した女神がふわふわと浮いている。
数多の魔物を倒し、魔王の城まであと一歩。
最後に、女神の聖なる神器を授かるために、ユリとその仲間である王宮騎士団長アレイスターと王宮魔術師団長リリーは、死に物狂いでこの寂れた神殿までやってきた。
かつては多くの人が祈りを捧げたであろう神殿は、とうの昔に人の訪れも絶え建物も崩れ始めている。
魔物と瘴気を避けるために人々は移住せざるをえず、栄えた都であったここはすでに荒れ果てた廃墟しかない。
魔王打倒のため、女神の残り少ない力を振り絞って王都に異世界から召喚されたのがユリだった。
王都からこの神殿までは遠かった。馬は魔物に怯えて途中から使い物にならなくなったため、旅の後半は徒歩だった。街があるところは宿に泊まったが、荒野や山中は野営するしかない。
ベッドで眠ったのは、かれこれ数か月も前だろうか。もう思い出せない。
(魔王討伐を命じるなら、最初から神器ちょうだいよ。この神殿めっちゃ遠回りだったよ!)
そう思うが、すでにユリの召喚で女神の力が弱まっており、本殿であるこの神殿からしか授かれないらしい。そのためユリ達は、わざわざ王都から魔王の城にはやや遠回りの位置にあるこの神殿に、魔物を蹴散らしながらやってきたのだ。
「さて、ここまで来れたあなたたちに私からの贈り物です」
にっこりと女神が微笑んで手を広げる。
とたんに、すらりと滑らかな刀身も美しい聖剣があらわれる。
特別に鍛錬された刀身は刃こぼれせずに魔物を切り裂き、柄に彫り込まれた精緻な紋様が聖なる力を発揮して魔物を浄化するという。
「さあ、どうぞ」
ふわりと目の前に剣が下りてくるが、ユリはふるふると首を振った。
「これは、アレイスターに。私より剣の扱いがうまいもの」
「ユリ…?私は今の剣で十分だが」
金髪を揺らし榛色の瞳を瞬かせて、驚いたようにアレイスターが言う。
簡単な防具以外は使用せず、その剣の腕のみで戦ってきた。
近接戦で頼りになる王宮騎士団長。長身で無駄のない体躯をしており、黒い軍服がよく似合っている。
「だって、わたしには大きすぎるし。短剣で十分よ」
ユリは、いーのいーのと強引に聖剣をアレイスターに押し付ける。
実際、聖剣は長剣であるため小柄なユリには扱いにくい。
「では次はこちらよ」
女神が腕を振ると、今度は華奢な首飾りが現れる。
それは魔力を増幅させ、受けるダメージを軽減する守護の首飾りだ。
チャリチャリとかすかな音を立てながらユリの目の前に首飾りが下りてくる。
女神の光を受けて、きらきらと細かく輝く宝石が見えた。
ユリはそっとそれを受け取ると、すかさずリリーの首につける。
「ユリ!?あなたがつけなさいよ!」
背中まである暖かな茶色の髪に緑の瞳を持つリリーが、わたわたと首飾りをはずそうとする。
ユリより少し年上のその女性は、こう見えて王宮魔術師団長だ。遠隔魔法や守護魔法などを一手に引き受けて戦ってきた。
魔術師らしくローブを羽織っているが、その下は足さばきの良いワンピースだ。
女性らしく膨らんだ胸元と、ちらちらと見える細い足首や腕が白くて眩しい。
「いいよぉ。だって魔法使うのはリリーでしょ?魔力切れしたら怖いし」
「そんなこと言ったって…後は…」
「いいの」
ぐっと顔を引き締めると、ユリは女神に向き直った。
チュニックとパンツについたほこりをぱんぱんと落とし、腰のベルトに着けた短剣とポーチの位置を整える。低い背も、精一杯伸ばして姿勢を正す。
そして、自慢の黒髪をさっと両手で背中に払い、意思をこめて黒い瞳を女神に向けた。
これで、心の準備も万端だ。
「じゃ…じゃあこれで最後よ。いいのね?」
ちょっと困惑しながら女神がもう一度腕を振る。
そして最後に、きらきらと光を散らし、華奢な足のついたクリスタルの聖杯が現れる。
女神の聖杯。奇跡の聖杯とも呼ばれる、それ。
それこそが、ユリの一番欲しかったもの。
(あれが奇跡の聖杯――――!!!)
両手におさまるほどのその聖杯は、光を弾いて燦然と輝いて見える。
ユリが、この世界にきて途方にくれていた時、魔王を倒すために女神から授けられる神器のことも教えられた。
そして、それらの力を知った時に喉から手が出るほど焦がれたのが、聖杯だ。聖剣でも、守護の首飾りでもない。奇跡の聖杯。
奇跡の聖杯は、その持ち主の望む液体なら、なんでも出すことができるという。
喉を潤す水や、食事を楽しませる美酒、その体を癒す回復薬など――――…。
そう、なんでも。量だって無限大という噂。
(なんでも…液体ならなんでも…)
ユリは、その時天啓のように閃いた。
(…じゃあ、みそ汁もでてくるんじゃない!?)
思い至った時、自分は天才だと思った。あほなユリである。
ユリはちょっと残念な子です。