第9話「長い耳の幼女」その3
森の中から突如として現れたトラタイガー!
ヤバイ!最上級モンスターに不意打ちされたら、体制を立て直せないぞ!?
―と、遅れて身構える俺達だったが、トラタイガーは俺達には見向きもせずに
来た森の中を目掛けて走って行った。
「…どう、なってんだ?…パトル!気配は感じなかったのか?」
「いや、オイラがかんじたときは、もっと、ずっと、とおくだったんすよー!?」
「つまり、ヤツはその遠くから、一瞬でここまで来た、と?」
「私達には興味は無いようでした…。もっと優先すべき何かが、森の中にあったというコトでしょうか?」
俺達全員、今頃やって来た緊張感に強張りつつ、訝し気に森の中に目を向ける。
と、その森の中から、
ドゴッ! バキン! ガキッ! ボゴォッ! と、けたたましい音が聞こえてきた。
明らかに戦闘の、しかも殴るような、重く鋭い音だ。
俺とパトルは武器を構え、プリスとデヴィルラは魔力を溜める。
いつ、またあのトラタイガーが現れても良いように、と。
しかし、俺達の予想は思い掛けない展開で裏切られる。
一際大きい打撃音が森の中に響く。
そして木々をへし折りながら、森から放り出されるように宙へ飛び出した黒い影。
それは先程のトラタイガーだった。
トラタイガーは空中で動くコトも、身を翻すコトも無く、そのまま宙で光となって消えた。
地面には、倒された証の金属と鉱石が鈍い音を立てて落ちてくる。
「!!まだなにかくるっす!」
パトルが叫ぶ。
俺達は森の中を凝視する。
ーと、暗い茂みをかき分けて、ゴソゴソと汚いボロのフードコートを被った何者かが現れた。
「あ…!あいつ!?」
それは、俺がダンジョンで落とし穴にハマり、その先の密室にいた『ヤツ』だった。
そして『ヤツ』の右腕には、金属の爪を生やした小手が。
…『ヤツ』が『最強装備シリーズ』の最後の1つの持ち主か…!!
「…これも駄目…使えない。」
ため息混じりに『ヤツ』はそう呟く。
そうして辺りをおもむろに見回して、そこにいた俺に気付く。
フードの中で光る青い目が、パチクリと瞬きをして俺を見ている。
「…あれ?ダンジョンで会った…?」
「あぁ、そうだ。俺だよ。久し振りだな。…元気…そうだな?」
「…うん。」
静かに対峙が続く。『ヤツ』からは敵意は感じられなかった。
「ケインさん、これがお話にあった…?」
「あぁ。」
「…増えてる。…誰?」
『ヤツ』は小首を傾げて俺に聞く。
「俺の仲間だ。みんなで冒険をしている。」
「…みんな?……人間……魔族……獣人族…いっしょに?」
『ヤツ』はプリス、デヴィルラ、パトルを見渡して、感慨も無いような口調で話す。
「…人間と魔族と獣人族が、いっしょにいるなんて…すごくビックリ。」
驚いていたのか!! 『感慨も無い』とか言ってゴメンよ!!
「あー、そうだ。みんな良い子揃いだぞ。」
「…幼女ばかり…。」
ウッ!その攻撃は俺に効く!!
その傷口に塩を塗り込むような発言が、うちのメンバーから次々に出た。
「ケインさんは、幼女にとても優しいお方ですよ。毎日私達に良くしてくれます。」
「そうっす!ボスはゆーめーなロリ・ブレイバーっすよー!!」
「主は、魔族の王女たるこの余が、自ら身をやつしてまで奴隷となった程の男なのじゃ。」
やめてーーーー。 やーめーてーよー。
「…ロリ・ブレイバー…聞いたコトがある…。どんな幼女も一発で惚れるという無敵の勇者…。」
何それ!? 何、その尾ヒレが付きまくった風評被害!!
「…そう…よく分かった。あの時、会ったのはロリ・ブレイバー……納得。」
「何を納得したんだよ!?終いにゃ泣くぞ、俺!!」
勝手に何かに納得した様子の『ヤツ』は、ゆっくりとその被っているフードを外した。
そしてポツリと呟くように言う。
「…あれからずっと、マーシャが気にしていた、そのワケ…。」
夜風になびく長い金髪。青い瞳、そしてデヴィルラよりもはるかに長く尖った耳。
「!!…お主、エルフ…か!?」
「…うん…マーシャはエルフ…。」
「エルフが迷いの森以外にいたなんて…。」
「はじめて…みたっす…。」
『ヤツ』は、エルフだった。…エルフの、幼女だった。
エルフは迷いの森の向こうに引きこもっていて、森よりこちら側にはいないと聞いていた。
そのエルフがいて、俺と以前出会っていて、『最強装備シリーズ』の持ち主だと!?
意外な展開が続きすぎて、俺はもう、何から言えば良いのか思考回路が働かない。
沈黙を破ったのは、そのエルフの幼女だった。
そのエルフの幼女は、右腕から『最強装備シリーズ』の小手を外すと、無造作に足元に落とした。
「え?おい、落ちたぞ?…いや、落としたぞ。良いのか?」
「…うん。もう要らない。…これも使えないから…。」
「使えない!?」
業物の『最強装備シリーズ』が使えない?どういうコトだ?
俺は落ちた小手を見つめつつ、そのエルフの幼女に聞いた。
「あのトラタイガーを倒したのは、君か?」
「…うん。時間掛かった。もっと早く倒せたハズなのに…。」
「トラタイガーは最上級モンスターじゃぞ!? それを撲殺、しかも、もっと早く倒せたと言うか!?」
「貴方は、格闘家なのですか?…その、エルフなのに?」
プリスの疑問はもっともだ。エルフといえば魔力が高く、魔法が得意な種族のはず。
反面、物理的なパワーに乏しいので、武器なら後方から攻撃出来る弓矢を愛用するのがセオリーだからだ。
だがそのエルフの幼女は、そのエルフのアイデンティティにも関わる指摘すら全く介さずに答える。
「…うん。エルフなのに格闘家…。それがマーシャに掛けられた呪い…。」
「呪い…じゃと?」
この子はマーシャと言うのか。どうも、のらりくらりとした話し方で今イチ要領を得ないな。
目もトローンというかボケーっとしてるし、トラタイガーを倒したとは思えんオーラの無さだ。
てか、呪い?格闘家してるのが呪いなのか?
いやいやいや、あれこれ聞きたいコトはあるけど、まずは『最強装備シリーズ』だ。
「俺達は、その小手を探してたんだよ。君が持っていたとは思わなかったけど…。」
「…探してた…?…近くて遠い場所には行った?」
「あぁ、そこでほとんど見付けられた。その小手が最後の1つなんだ。―ほら、」
『近くて遠い場所』とは、あの意地悪で長大なUターンを描く工程の先にあった神殿だ。
俺はパトルを指して、そこで揃えた『最強装備シリーズ』を彼女に見せた。
エルフの幼女はチラとパトルを見たが、それでもやはり、何の興味も無い様子で淡々とした答えが帰って来る。
「…そう…。これは要らないから…欲しいならあげる。」
「そ、そうか。色々ありがとうな。」
こうもアッサリ行くと拍子抜けするな。
『全米が興奮!息詰まるネゴシエーション!』みたいな事態も覚悟してただけに。
まぁ、上手く行ったのだから文句は無い。
「…ありがとうはこっち…。パン美味しかった。」
「ん?あぁ、ダンジョンであげた乾パンか。」
「…うん。あれで体力が戻ったから、壁、壊せた…。」
「おぉ、そうだったのか。」
落とし穴の先の密室で、マーシャは3日間飲まず食わずだった。本来ならあの石の壁を一撃で壊せたハズが、
空腹で力が入らず、座して死を待つだけの状態だった、というコトか。
「…ケイン…だっけ?…マーシャがこうして生きてるのは、ケインのおかげ…。」
マーシャはかすかに微笑んだ。 初めて見せる別の表情だった。
そこへデヴィルラが口を挟んで来る。
「それにしても、お主、ちと汚れ過ぎでは無いか?」
「…そう?」
そう言われ、マーシャは両手を広げると、自分の身なりを眺めて無頓着に返す。
麻袋を繋ぎ合わせただけのようなボロボロのフードコート。髪も肌も汚れまくっていて、
確かにこれは、スラム街とかで見る最底辺層のイメージそのまんまだ。
「…一週間くらい前、川で水浴びしたばかり…。」
「それは『ばかり』にならん!…全く、これだからエルフは怠惰だと言うのじゃ…。」
デヴィルラが呆気にとられた様子で、顔を手で押さえている。
やはりエルフと俺達の時間の概念が違い過ぎるのか。いや、このマーシャがマイペース過ぎて特別なのか。
だがマーシャは、極めて意に介さずにまた小首をかしげるだけである。
そこにプリスが手をポン!と叩き、提案する。
「皆さん、ここから南に温泉の出る村があります。陽も落ちましたし、ひとまずそこへ行くのはどうでしょう?」
「おっ、温泉か!良いねぇ~!!」
流石プリスたん!良いトコロで入って来てくれるねぇ!
うん、日本人には堪らないワードだよな、温泉ってのは。
「…分かった。ケインと話が出来るなら、どこでも良い…。」
こうして俺達は何だかんだで『最強装備シリーズ』のフルコンプを達成し、
エルフの幼女、マーシャを連れて温泉がある村へと向かうのであった。




