第9話「長い耳の幼女」その1
※前回までのあらすじ
『最強装備シリーズ』を探し、俺達は難攻不落の神殿ダンジョンへ。
そこでモンスターの大群衆に襲われ、危機一髪のトコロをプリスの神聖魔法で九死に一生を得た。
だが、何かワケアリで…。
目の前に草原と荒野が広がる。
―どうやら俺達は、神殿から中央都市の近くに飛ばされたらしい。
「よかったっすー。もう、へとへとっすよー。」
「あぁ、みんな無事で良かった。」
「―いや、良くは無い。」
デヴィルラがプリスを睨んで言う。
「プリス。余の言いたいコトは察せるであろうな?」
「はい…。」
「お主のあの驚異的な神聖魔法。あれが無ければ我々は危うかった。
今、こうしていられるのはお主のお陰じゃ。それには素直に礼を言おう。」
「…………」
「じゃが!何故あれを出し惜しみした!?」
プリスは俯いて黙ったままだ。
「あの神聖魔法を初手に放っておれば、シニガミタナトスのみを全員で相手出来たのじゃぞ!
パトルも疲弊せずに済んだ!敵に囲まれずに済んだ!」
デヴィルラのキツイ言い方に俺はいたたまれなくなり、口を挟む。
「まぁデヴィルラ、その辺で…」
「―何より!主を危険に遭わせずに済んだ!!」
!! …デヴィルラは拳を震えるほど固く握り、プリスの答えを待つ。
だが、俯いたままのプリスの口から出た言葉は、
「…本当に、すみませんでした。私の責任です…。」
そのひと言が、さらにデヴィルラを激高させる。
「余は謝罪など求めてはおらぬ!!」
「…………」
「今回、百を超えるモンスターに襲われる事態となったのは、我々全員の認識の甘さが招いた結果じゃ。
『賭けに出よ』と余が薦めたのも原因じゃ。これはパーティーとしての失策であろう。」
…そうだ。『最強装備シリーズ』を全部いっぺんに取る、というのには全員が賛成したのだ。
これは誰か1人の責任では無い。
「じゃが、それはもう過ぎたコト。今はどうでも良い!
余は、あの魔法を何故もっと早く撃たなかったのかと聞いておるのじゃ!
発動に時間が掛るのか、特殊な条件が必要なのか、何かあったのであろう? それを聞かせい!」
デヴィルラは無闇矢鱈に怒っているワケでは無い。ただ、理由が知りたいのだ。
だが、プリスは頭を下げ、同じ言葉を繰り返す。
「すみません…。」
それを聞いたデヴィルラの顔が、いよいよ憤怒の表情になる。
「貴様あ!!」
「ストーーーップ!!」
見ていられなくなった俺は、思わず止めに入った。
パトルもデヴィルラを羽交い絞めにして抑えている。
「こんなトコロで話すのもアレだろ?…宿に戻ろう。それからゆっくりと…な?」
デヴィルラの鋭い視線が俺に突き刺さる。
そしてフウっと息を吐くと、パトルを振りほどき、
「……あいわかった。プリス、主に感謝せい。」
そう言って、きびすを返すと街に向かって歩き始めた。
俺はプリスの肩を叩き、下手な笑顔を見せてみる。
苦手なんだよー、こういう雰囲気はー…。
その事件は、宿屋の部屋に戻ってから起きた。
前払いの宿代を払おうと思って、財布代わりの革袋を開けて見たら、
今までモンスターを倒して集めて来たハズの金属や鉱石が無くなっていたのだ。1つ残らず。
俺だけじゃ無い。パトルも、デヴィルラも。
無事なのは、日本円に両替しておいた紙幣と硬貨だけだ。
「えっ?あれっ?…どこかに落としたか?それとも盗られた?」
「オイラのもすっからかんっすよー!?」
「全員のが一度に無くなるなど、にわかに信じられぬが…。」
空になった袋を、銘々が納得のいかない表情で確認していると、
傍らでワナワナと震えていたプリスが、俺達に頭を下げて慟哭とも思える声で言った。
「―っ!皆さん、すみません!!…私が…使いました…っ!!」
え!?
どういうコトだ?
「いや、だって、使う場面無かったじゃないか?神殿の行き帰り、どこにも町も村も無かったし。」
「そーいや、そーっすよねー?」
「…プリスよ、言え。先程のコトと、何か関係あるのじゃろう?」
デヴィルラは椅子に腰掛け、腕と脚を組み、プリスを凝視する。
―そして、ようやくプリスは語り出した。
「…神殿で使ったあの神聖魔法です。あの代償が、私達の持っていた金属と鉱石全てだったんです…。」
「何!?」
「少し長くなります。お付き合い下さい…。」
俺達は全員、椅子に座ってプリスの話を聞くコトにした。
プリスはそっと目を閉じ、呼吸を整え目を開く。
「―私が3歳の時でした。一人で山に入った私は誤って崖から落ち、死の淵を彷徨ったコトがありました。
誰も助けになど来ない。普通なら絶対に助からない。それでも私は助かりました。―精霊王の恩恵で。」
「精霊王?」
「この世界の火、水、土、風、光、闇を司る、神々の眷属じゃな。」
「はい。私が崖から落ちたその場所が、偶然にも精霊界の領域だったのです。」
「精霊は子供好きじゃからのう。見るに見兼ねたのであろうな。」
「なるほど。」
「ですが、私の負った怪我は生命に関わるモノで、普通の傷を治すようなワケにはいかず、
私は助けていただいた精霊王と、生命の代わりに『ある契約』を交わしたのです。」
「けーやく、っすか?」
「はい。『間違って使われ続けているマナを、我々の世界に戻す働きをしてくれ、』と。」
マナってのはゲームやファンタジーで良く出て来る『魔力の源』のコトだよな?
…間違って使われ続けるマナ? それって…
「それって、まさかモンスターのコトか!?」
「そうです。モンスターは金属や鉱石に魔力、つまりマナを与え、生物の形としたモノです。
ですが、呼吸も、食事も、排泄も、繁殖も、死も、一切モンスターにはありません。生物では無いのですから。
神々や精霊から見ると、それは理をねじ曲げた、歪んだ、あってはならぬ存在なのです。」
確かに言われてみればそうか。
前に人形を取り返しに行ったダンジョンでも、二酸化炭素の充満する階でモンスター達は平気だったもんな。
そのモンスターを作ったのは魔族。デヴィルラは聞いてて気持ち良くは無いだろうなぁ。
―と、デヴィルラの方をチラと見ると、
「ん?気にはしておらぬぞ。もう数百年前の話じゃ。それに、今は共にこうして退治しておるのだしのう。」
「そっか。」
この器のデカさ。こいつはきっと良い女王様になりそうだ。
プリスが続ける。
「モンスターを倒すコトで、モンスターの身体にあったマナは霧散し、そのマナは大気中に還ります。
ですが、大地には還りません。金属や鉱石になって残ってしまうからです。」
「あぁ、そうか。」
「そこで精霊王との契約です。精霊王は私に神聖魔法の数々を授けて下さいました。
その力でモンスターを倒し、精霊界に、大地にマナを還す手助けをして欲しいと。」
「ふむ、読めて来たわ。」
「そうして私は僧侶になりました。中級までの神聖魔法であれば私自身の魔力で発動出来ますが、
上級の神聖魔法では私の魔力だけでは足りず、最上級神聖魔法となれば人にはほぼ不可能です。」
「不可能なのに使えた…ってコトは、それを可能にするのが、あの消えた金属と鉱石。大地のマナ、なのか?」
「はい。その神聖魔法を発動すると、それに見合った量の大地のマナが精霊界に還される。
つまり、手持ちから消費される…というワケです。」
―分かったぞ!! とどのつまり、これは『課金』だ!!
そして、今までプリスに抱いていた数々の謎も解けた。
こんな年端も行かない幼女が冒険者としてやって行けて、高度な神聖魔法を操るコト。
プリスのローブや装備品、アクセサリーが高価な貴金属で飾られているコト。
周りから『守銭奴』と罵られるほどに、稼ぎにシビアだったコト。
上級モンスターと戦う訓練の後、財布の中身の鉱石の減りが何故か早かったコト。
ズボラな俺の丼勘定のせいだと思ってたけど、プリスが上級神聖魔法で助けてくれていた代償だったんだ。
そして、あの神殿での大ピンチでも、ギリギリまで最上級神聖魔法の使用をためらっていたコト。
これで全て納得がいった。
プリスは、いざ上級の神聖魔法を使う時のために貴金属の蓄えが要る。高価な装備品は金庫だったワケだ。
稼ごうとすれば上級クエスト狙いになり、上級クエストを受ければ強敵に当たる。
強敵に当たれば上級神聖魔法を使うコトになり、結果として稼ぎは減ってしまう。
こんな厄介な事情、話せばどこのパーティーも彼女を受け入れなくなる。
それで言い出せずに孤立して『守銭奴』という問題児の出来上がり、というワケか。
デヴィルラがそっとプリスの手を取る。
「よくぞ話してくれたのう。余は満足じゃ。」
「…でも、みなさんの所持金を…、」
「生命には代えられまい?どんなに金があろうとも、死んでしまえば持ち腐れじゃ。」
「そうっす!いきていれば、ごはんがおいしいっす!」
パトルもそこに手を重ねる。
と、やおらデヴィルラが笑い出した。
「ふっ…フフフフフ…」
「どうしました?」
「いや、良いモノであるなぁ、とな。」
「なにがっすか?」
「こうして余に、自分の過去と秘密を語ってくれる『友』がいる。それだけで余の胸は暖かくなる。
―こんな感情も初めてじゃ。プリス、礼を言うぞ。」
「友…ですか。」
「うむ。我等3人、生まれた種族は違えども、志は1つであろう。
お主らとは、死す場所は同じでありたい。」
「デヴィルラ…。」
「もちろんっすよー!!」
おいおい、桃園の誓いかよ!!
とにかく、雰囲気が戻って何よりだわ。あー、良かった。
「時にプリスよ。」
「はい?」
「あの最上級神聖魔法で、如何ほど使ったのじゃ?」
「えっ、えっと…多分、数百万エンは溶けたと思い…ます。」
だろうなぁ!100体のモンスターを一気に消せる威力だもんなぁ!
俺達はずっと上級モンスターを倒し続けていた。かなりの額になる金属や鉱石を収集してたハズだ。
これは一歩使い方を間違うと、廃課金まっしぐらだな…。
「そうか、それはなかなかに景気の良いコトじゃ。」
「あぅう…、」
プリスが済まなさそうにしょげ返る。
が、そんな彼女の肩に手を置くと、デヴィルラは言った。
「これからは、我々の旅にまた1つ新たな目的が出来たのう?」
「え?」
「なんっすかー?」
「プリスが我々の為に、主のために、気兼ね無く最上級神聖魔法を使えるよう、
モンスターを倒し、クエストをこなし、財布がはち切れるまで稼ぎまくるコトじゃ。」
ニカッっと屈託無く笑うデヴィルラの顔を見て、俺もつられて笑ってしまう。
「そうだな。どんどん強くなるモンスターに、どんどん難易度の上がるクエスト。
これからも首の皮一枚って場面はあるだろうしな。プリスの魔法が生命の綱だ。」
見合って全員が笑う。
プリスは泣きながら笑っていた。
「―はい。ありがとうございます…!!」




