第8話「求めよ さらば与えられん」その3
神殿の中はモンスターの巣だった。
もう上級モンスターしか出現せず、しかも単体で出る方が稀という厳しさ。
特に、骸骨剣士の異名を持つ『ドクロスケルトン』は、複数で連携攻撃を仕掛けてくる強敵だ。
少し砕けたくらいでは動きを止めず、完全にバラバラにされるまで戦い続けるのだ。
「やっぱり半端無いな。休まるヒマが無い。」
「彼奴らは素抜けの身体をしとるからな。魔法も良く狙わねば当てられぬ。厄介じゃ。」
「なんどたおしてもおきあがるっすー。しつこいっすよー。」
魔法は確度を上げれば連射性が落ちる。それでは敵の猛攻を防げない。
かと言って、無策の連射は骨の間をすり抜けてしまう。
流石のデヴィルラも苦慮している、というワケだ。
「ここは死霊系のモンスターが多いな。」
「こういうヤツらは、普通の野山に配置するとモロバレになるからのう。消去法で屋内となるのじゃ。」
「なるほどっす。」
「…………」
「どうした、プリス?具合でも悪いか?」
「あ、いえ、大丈夫です…。」
後日、俺はこの時、もっと親身になってプリスに聞いておけば良かったと後悔する。
彼女が独りで抱えていた大きな『運命』に気付いてあげるべきだったのだ。
「だいぶ奥に来たのう。ここまでコレといった宝箱も無く、貧相なものよ。」
「俺、本当に『最強装備シリーズ』がここにあるのか、不安になって来たよ…。」
「ボス!あれ、みるっす!」
パトルが何かに気付く。指差す方を見ると、行き止まりの壁がある。
そこには人の立ち姿を模したレリーフが彫られていた。
そして人体レリーフから放射状に溝が延びて、その先に四角い枠が彫られている。
雰囲気としては、奈良県明日香村にある酒船石みたいだ。
「これは…何でしょう?」
「四角い枠で凹んでいる奴がいくつかあるな。」
「溝を辿ると、頭、背、腰、右腕、じゃな。」
「おう、そういうコトか。」
そろそろ謎解きにも慣れて来たぞ。凹んでいる枠が示している部位は、頭、背、腰、右腕だ。
すなわち、その内3つはブーメラン、ロッド、そして剣の場所。
つまり何かすれば、この枠から『最強装備シリーズ』を取り出せる、というコトなのだろう。
右腕の装備が何かは分からないが、これまでに誰かがゲットして持ち出したんだろうな。
「問題は、どうやったら取り出せるのか、だな…。」
「ケインさん!ここに何か書かれていますよ。」
人体レリーフにはデザインに紛れ込ませるように文章が書かれていた。
―『汝、欲する部位の装備を一度だけ唱えよ。全て欲するならばそれも良し。』
そう来たか。
「大方、1回選ぶと神殿の外…どこか遠くへ強制的に出されるのであろう。
もう1つ欲しいなら、またここまで苦労して来い、という意味やも知れぬな。」
「意地が悪いな! まぁ、そうするだけの希少価値はあるけどさぁ…。」
「どうします?全ていっぺんに取るコトも出来るそうですが?」
「そっちのほーが、らくちんっすよねー。」
「気持ちは分かるがのう、美味いハナシはそうそう無いのがこの世の常じゃぞ?」
そりゃそーだ。絶対なにかあるよな。
かと言って、1つだけ取るってのもちょっと怪しいんだよな。
「よし、決を取ろう。 全部いっぺんに取るという人!」
―何と、俺を入れて全員が手を挙げた。
「えー、理由は?」
「私はあの文章が気になります。『一度だけ』というのが『1人1回きり』という意味だとしたら、
もう二度と取れない可能性が出て来ますから。」
「余もそこが引っ掛かる。今まで拾ってきた3つ、同一人物が落としたという証拠は無いからのう。
ならば、ここは賭けに出てみても良い時だと思う。」
「うん。俺も同じだ。―パトルは?」
「1つ1つは、めんどーくさいっす!」
「お前の答えが、ある意味一番説得力あるわ!!」
俺のツッコミに全員が苦笑する。
よーし、伸るか反るかだ。目で確認し合い、レリーフへと向き直る。
そして息を吸い、
「あー、『最強装備シリーズ』残り全部欲しい!!」
さぁ、どう来る?……?何も起きな、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
地の底から蠢くような音が神殿内に木霊する。
―と、床が割れてモンスターが出現した! 思わず俺達は全員、悔恨と狼狽の表情になる。
デヴィルラが引きつり気味の作り笑いで呟く。
「主よ、こういうのは2つに1つじゃ。『貰ったら出て来る』か『出て来たのを倒せば貰える』か…。」
「今回は後者、というコトですね。」
「でも、ちょっとこれは…っす。」
「多い…な。」
『ドクロスケルトン』『フランゾンビ』『レイコンスペクター』『ミイラマミー』、全て上級モンスターだ。
そしてボスキャラ相当の『シニガミタナトス』
その数、100以上…!!
「欲した部位が多かった分、モンスターも多く出て来たってコトですか。」
「皆、『シニガミタナトス』には気を付けよ。あれは最上級モンスターじゃ。余が抑える!」
「ははは…こりゃ、乾いた笑いしか出んわ…。」
「くるっすよ!!」
今までで一番苦しい戦いが始まった。
相手が多過ぎて、隊列も陣形もあったモンじゃ無い。前後左右から同時に来る敵にどうしろと。
しかも逃げられない。全方向を塞がれて逃げるコトが出来ない。
自分のコトで常に手一杯になり、他のメンバーのフォローすらままならない。
シニガミタナトスはデヴィルラが引き受けているが、ほとんどそれに掛かりっきりになる。
相手は速度があり魔法耐性も高いらしく、デヴィルラとは相性が良くない。
だが、最上級モンスターを抑えておけるのは彼女だけだ。
パトルがロッドでモンスターをまとめてなぎ払うが、全体の数からしたら知れたモンだ。
レイコンスペクターともなると、物理攻撃がほとんど効かない。
俺は敵の手数を少しでも減らすため、ドクロスケルトンの腕を次々に砕く。
それでもフランゾンビに食い付かれ、毒を受ける。
プリスは風魔法で敵を吹き飛ばし、多少の距離を稼いでくれているが、
それすら追い付かなくなりスタッフでの接近戦を強いられるようになっている。
これはジリ貧になる!
デヴィルラがシニガミタナトスを倒すまで持ち堪えられれば、と思っていたが
それはとんでも無く甘い算段だった。
俺の受けた毒が回って来る。解毒しようにもプリスは手が離せないし、
リュックの解毒薬を取っていたら、その間に全方位から掴み掛かられてしまう。
プリスがこっちを見ている。俺に解毒魔法を掛けようと思っても出来ないコトへの焦りか、
表情がいつにも無く険しい。
くっ、駄目だ…。身体が動かなくなって来る…。
俺は片膝をついてしまった。必死に剣を振り回すが、鉛のように身体が重くなって行く…。
腕の振りも鈍り、目も霞んで来た。
―その時、プリスが叫んだ。
「皆さん!すみません!!…使います!!」
その刹那、プリスの身体から白く激しい光がほとばしる。
俺の身体がスウッと軽くなる。何だ?解毒…いや、回復?…まさか、その両方!?
さらにそれだけでは無い。モンスターが次々に光に飲み込まれて行く。
パトルもデヴィルラも驚きの余り手が止まるが、そこを攻撃しようとするモンスターはいない。
全てが光の渦に飲み込まれて行く。
―そして、残ったのは最上級モンスターのシニガミタナトス1体だけだった。
それすら身体がボロボロと崩れかけている有り様だ。
「デヴィルラ!パトル!お願い!!」
その声に弾かれたように2人は攻撃をシニガミタナトスに畳み掛ける。
「うりゃああああーーーーっす!!!!!」
「任せよ!!動きが止まれば、いくらでも遣り様はあるわ!!」
ロッドでフルスイングするパトル。眩しい光が散る。会心の一撃、クリティカルの証拠だ。
デヴィルラは大胆にも敵の懐に飛び込み、敵の身体を捕まえ、
「これで終いじゃ。」
その手から燃える光線が次々と叩きこまれ、モンスターの身体を蜂の巣にして行く。
ロッドのクリティカルヒットと炎系最上級魔法の0距離連射!
遂にシニガミタナトスは灰燼と散り、鉱石へと姿を変えた。
神殿内に静寂が戻る。
いや、凄い神聖魔法だった。あれのお陰で一発逆転が出来た。
すると、レリーフの四角い枠が淡く光り出した。
「これは…、」
そして、枠から次々に装備品が浮き出して来た。『最強装備シリーズ』だ。
「やったぞ!みんな、手伝ってくれ!」
俺の声に3人も集まって来る。
だが、デヴィルラは浮かない怪訝な表情だ。
「プリスよ。後で話がある。ま、今はこっちじゃ。良いな?」
「…はい。」
何だ何だ?ケンカはやめてくれよ?
「ボスー!これ、すごいっすよー!」
パトルがいち早く駆け付け、枠の中に現れた装備品を取っては抱え、取っては抱えしている。
プリスとデヴィルラは無言で手伝っている。
「えっと、これで全部か。」
「…既に出ていたモノを除けば、これで全て…です。」
うーん、プリスたんの歯切れが悪い。君のお陰で助かったんだから、そんな顔しないでくれよ。
「主よ、まずはここを出ようぞ。手に入れるべきモノは手に入れた。長居は無用じゃ。」
「うん、そうだな。」
俺のその言葉を待っていたように、床が光り出す。
『最強装備シリーズ』を詰め込んだ袋をパトルが慌てて背負う。
3人が俺の周りに集まる。
―次の瞬間、俺達は神殿の外に飛ばされた。




