第8話「求めよ さらば与えられん」その2
中央都市から西に1日と少し行ったトコロにある、西の関所。
そこに俺達はやって来た。
―何故か、あの武器屋のニートを連れて…。何でコイツまで…。
するとそこへ1人の魔族がやって来て、恭しく膝を付いた。
「これは姫様、このような場所においで下さり恐悦にございます。」
「うむ、お前も変わりないようで何よりじゃ。」
関所の門番をしている魔人。デヴィルラのメイドだ。
背は俺くらい。猛禽類の鋭い爪の足、羽になっている腕、身体を覆う羽根と羽毛。
半人半鳥の姿で、ギリシア神話のハーピーみたいだ。
…あれがメイド!?
メイド服は?ねぇ!メイド服はどうしたのよ!?
そりゃ異文化だから、色々俺の思ってたのと違うってコトはあるだろうけどさぁ!
でもそうじゃ無いだろうよぉ!
メイドってのはね、誰にも汚されず自由で、何というか救われてなきゃあダメなんだ。
可憐で静かで豊かで…。 なぁ、分かるだろぉ?
心で泣いてる俺をよそに、デヴィルラが話を続けた。
「実はのう。お前にちと頼みがあってのう。」
「畏れ多い亊です。私に出来る亊であれば何なりと。」
「我々を乗せて、北にある神殿まで飛んで欲しいのじゃ。」
何だと!?そんなズル…いや、良い方法があったのか!!
確かに、空から行けるなら、あそこは単なる『近くて近い場所』になるからな。
こりゃ光明が見えたな!
―と、思ったら、メイドのハーピーは困った顔で、
「申し訳ありません。姫様達を飛んでお連れする事はやぶさかではありませんが、
私は魔王様よりここの門番を仰せつかった身。ここを離れる訳にはまいりません。」
あぁ、そうか。留守中にここを素通りされちゃ、関所の意味が無いもんな。
しかし、デヴィルラはその返答を予想していたらしく、
「案ずるで無い。そう言うと思うてな、『代わり』を用意して来たわ。」
そう言うとデヴィルラは指を鳴らす。
すると、シュタッ!と影が走り、デヴィルラの前に畏まって片膝を付く。
あの武器屋のニート息子だ。
何だコイツ。こんな時だけ忍者みたいな動きしやがって!キメェ!!
「おっ、お…お呼びで御座いますか、れ、隷姫様。」
「うむ、苦しゅう無い。面を上げよ、豚。」
豚扱いかよ!! どっちもサマになってるのが怖いわ!!
「姫様、この者は…?それに『隷姫』とは一体?」
「あぁ、隷姫は人間の間で余に付けられた二つ名じゃ。」
「何と!?仮にも魔族の姫であらせられるデヴィルラ様に、そのような侮蔑名を人間共が!?」
「良い良い。余は結構と気に入っておるでのう。」
「―で、御座いますか?…そ、それならば何も申し上げる事は…。」
そう、デヴィルラはこの『隷姫』という二つ名をえらく気に入っている。
街中を歩いていて、周りから
『おい、あれがウワサの隷姫だぜ。』
『何でも、あの前にいるロリ・ブレイバーに負けて幼女奴隷にされたってハナシじゃねぇか。』
『見ろよ。もう既に、身も心も捧げ尽くしてるって顔してやがるぜ。』
『魔族の姫さえ堕とすとは…ロリ・ブレイバー、恐るべし…。』
そんな有るコト無いコトの風評被害を言われても、怒る素振りを全く見せず、
むしろ『もっと良く見ろ』と言わんばかりに胸を張り、俺の横を嬉しそうに歩くのだ。
何だろうな、姫と奴隷という対極にあるギャップに自ら酔ってるのかね?
アレか、水戸の御老公みたいに、いつもは『越後のちりめん問屋の隠居ジジイ』として
世を忍ぶ仮の姿!的な遊び感覚なのかも知れないな。
その内、悪い連中を見付けては、
『プリスさん!パトルさん!少し懲らしめてお上げなさい!』
『ははっ!』
とか、やり出さんだろうなぁ…。
「それで姫様、その『豚』は何ですか?」
メイドまでニート息子を豚認定しちゃったよ!
「これが『代わり』じゃ。お前が留守の間、こやつに門番をさせれば良かろう。」
「は?この豚に…で御座いますか?」
蔑むような冷めた目で見られる豚、あ、いや、ニート息子。
流石に気の毒になってきた。俺はニート息子にコソッと聞く。
「おい、お前、豚扱いされてるけど良いのかよ?」
「ムフフッ、そっ、某は、隷姫デヴィルラ様の忠実なる豚にてござるよ。デュフッ!デュフフフフフッ…!」
「…そうか、お前がそれで幸せなら、俺も何も言わん。」
幸せとは、人の数だけあるモノだから…。
「姫様。恐れながら、いくら何でもこのような豚に、屈強な冒険者の相手が務まるとは到底思えません。」
「うむ。余もそう思う。 で、じゃ。」
どっちからもボロクソに言われたニート息子。
それに構うコト無く、デヴィルラは懐からカードを出し宙に投げた。
カードは宙で燃え、地面に魔法陣が現れ、そこからモンスターが召喚される。
それは、関所で俺がデヴィルラと戦った時に、カードにあった奴隷獣だった。
5枚あった内、オリハルコンスライムは俺が選び、召喚後に逃げた。
ゾウエレファントは荷物運びに使われ、用が済んだらデヴィルラに消された。
その残りか。
「うひゃおぉおおおおううううう!!!!?????、も、ももも、モンスターですぞぉおお!!!」
「サメシャーク、オニオーガ、トラタイガー、最上級モンスターと上級モンスターの中から上じゃ。
こやつらを、門番をする豚に付けてやろうではないか。」
そう言うとデヴィルラはモンスター3体に向けて命令する。
「よいか、貴様らの使命は、ウチのメイドが帰って来るまでの間、
ここに来る冒険者共の攻撃から、この豚を守るコトじゃ。追い払うために若干ならば攻撃も許す。
メイドが戻ったら、後はその命に従え。以上じゃ。」
モンスター達はめいめい吠えて、デヴィルラの命令に答える。
確かに最上級モンスターを含む3体掛かりなら、並の冒険者は相手にもならんだろうな。
ニート息子はただ黙って玉座に座ってるだけの、簡単なお仕事ってワケだ。
流石にメイドさんも、この錚々たる光景を見ては納得せざるを得ず、
「わ、分かりました。これならば心配は要らないかと…。」
「よし、では早速頼もうかの。我々を北の神殿まで乗せて行け。」
「仰せのままに。」
どんどん話を進めるデヴィルラとメイドハーピー。
おいおい、置いてけぼりにされたニート息子が、モンスターに囲まれて青ざめてるぞ。
「さ、主よ。ゆるりと参ろう。」
ニート息子、無視だーーーーーー!!
メイドハーピーが俺達から少し離れたと思った刹那、
一瞬で巨大な鳥に変身した。 いや、もしかしたらコレが真の姿なのかも?
俺達はその背中に乗せてもらい、羽ばたき1つで大空に舞い上がった。
飛びながら、俺はふと疑問を抱いたので聞いてみた。
「ところで、メイドさんのお名前、聞いても良いですかね?」
「は?メイドですが?」
「え?」
「え?」
あれ?何だ、この感覚。前にもこんなの味わったコトがあるぞ…。
「主よ、メイドはメイドに決まっておろう。」
「はい。私はメイドと申します。お見知り置きを。」
「あ…そう…。」
この世界のネーミングセンスの神様、ちょっとこっち来いや!!
大空を行く。
プリスの風魔法でシールドを張っているので、背中に乗っていても吹き飛ばされないで済む。
でも、そのプリスは若干怯え気味で、俺の腕にしがみついて離れない。
パトルは大喜びで騒いでるし、デヴィルラはアグラをかく俺の脚の間に座って優雅なモンだ。
「姫様、あと少しで御座います。」
「うむ。」
「デヴィルラ、助かったよ。今回の最優秀選手賞はお前だ。」
「ふふふ、主もようやく余の有能さが分かったと見えるのう。もっと褒めて良いぞ?
ほれ、頭を撫でよ。胸を触れ。尻を揉め。唇を吸え。」
そう言ってデヴィルラは俺の首に手を掛け腕を回す。
ピンクの唇から白い歯が覗き、その間から濡れた舌がチロチロと動く。
「おい!後半ドサクサに紛れてオカシイだろ!?」
「―デヴィルラさん!」
と、おっかない声でプリスがデヴィルラを『さん』付けで呼んだ。
俺がビビってしまったわ。
「不謹慎な発言は控えて下さい。ケインさんが困っています。」
「おう、怖い怖い。このパーティーには姑がいるのを、ついぞ忘れておったわ。」
そう言うとデヴィルラは俺の首に回した腕をほどき、ケラケラと笑った。
プリスはそれを見て「むぅ、」と、俺の腕に抱き付く力を強くする。
お前達、仲が良いのか悪いのか…。
そんな心配をしているとメイドさんが俺に訊ねて来た。
「…姫様は、いつもこのような感じでいらっしゃいますか?」
「うん、そうだねぇ。」
「こんなに楽しそうな姫様は、初めて見ます。」
「そうなの?」
メイドさんは話を続ける。
「ケイン様、正直に申し上げます。私は当初、貴方の事を訝しんでおりました。
人間が姫様を奴隷にしたと聞き、場合によっては貴方を殺して姫様を助け出さねばと。」
「うっ、お気持ちは察して余りあります…。」
「ですが、姫様の心から楽しそうなお顔を拝見して、自分の考えを正しました。
ケイン様は本当に姫様に気に入られておいでなのですね。」
「そうなんですかねぇ。」
「これからも姫様の亊、よろしくお頼み申し上げます。」
俺はメイドさんから頼まれてしまった。
そこへデヴィルラが割って入る。
「当然じゃ。主は幼女を束ねる勇者、ロリ・ブレイバーなのだからのう!」
「お願い!その名前は出さないで!」
山を越え、雲が行き過ぎ、やがて上空から砂漠の中にある神殿が見えた。
スゴイな、ここまで途中休憩を1回挟んでも、わずか半日。普通なら一週間の道程だ。
しかもモンスターとのエンカウント無し。体力も温存出来て、理想過ぎるくらいに理想的だ。
メイドハーピーは神殿の前に着陸し、俺達を降ろす。
「姫様、この後、お手伝いする事は御座いますか?」
「いや、ここまでで良い。そうじゃな…とりあえず三日後に向かえに来い。その時はまた豚を代わりに置け。」
「承知しました。それでは失礼致します。皆様、どうぞお気を付けて。」
そう言うと、メイドハーピーは再び空へと舞い上がり、来た道を引き返して行った。
さて、ここまでお膳立てしてもらったんだ。やる気出さないとな。
もう一度、所持品のチェックをする。みんなの顔を見回し、互いに頷く。
そして俺達は、難攻不落の神殿に足を踏み入れた。




