第1話「青い髪の幼女」その2
……何だコレ? ドッキリ?
どこかに隠しカメラがあって、ドカヘルかぶったスタッフが「大成功ー!」とか
プラカード持って出てくるのか?
ここは、実はどこかの体験型アミューズメントパークなのか?
そんなコトはお構い無しに、プリスは進む奥を指差す。
何が何だか解らない俺。
言われるがままにその方向を見ると、
そこには木で作られた大きなアーチがあり、焼ゴテで焼かれた文字で『冒険者の町』と書かれていた。
……俺にも読める『日本語』で。
「ホントに異世界なのか?……ココ…。」
呆然と立ち尽くす俺。
「あの、ケインさん?どうかしましたか?」
そこで俺は三度目の驚きを知る。
今まで色々あり過ぎてすっかり見落としていたけど、プリスは『日本語』を話している。
彼女の可愛いピンクの唇の動きが『ど・う・か・し・ま・し・た・か?』の発音にピッタリ一致している。
異世界だから超常現象で自動通訳、では無かったのだ。
「ん、…いやー、結構大きい町だな…って。」
「そうでしょう?さ、行きましょう。」
そのまま俺はプリスの後をついて『冒険者の町』を歩く。
町のあちこちにある店の看板も全て読める。日本語だから。
漢字とひらがなカタカナ、数字まで何もかも一緒だ。
こんな時に何だが、焦ってる俺の心の隅で、かたや冷静な俺がホッと胸をなで下ろしている。
言葉が通じて、文字が読めて、通貨も同じ。
つまり、異世界モノでお決まりの「最初に来る受難」が全てクリアになってるのだから。
ホラ、大抵は文字も分からず無一文のからスタートになっちゃうじゃん? あれはツライよ。
俺はアパートの家賃と生活費をATMで下ろしたばかり。
全部で10万とちょっとは持っている。
とりあえず飢えなくて済むし、宿にも泊まれる。道具も買える。立て札や張り紙も読める。
これは強力なアドバンテージだ。
「この後、ケインさんはどうされるんですか?」
「うーん、何も考えて無かったな…。」
「ケインさんは冒険者登録してるんですか?」
「あ、いや、して…ない、かな。」
「でしたらギルドまで行きませんか?私もクエスト完了の報告がありますし。」
「ギルドか…。入るのはお金かかるの?」
「『入る』というのがどういう意味かにもよりますが…。
ただ見て回るだけなら無料ですよ。登録するなら保証金が要りますけど。」
「やっぱ、要るんだ。」
「はい。1万円です。何も問題を起こさなければ、脱会する時に返金されます。」
「敷金か!」
とりあえずは怪しいカルト集団みたいに、いきなりぼったくられるワケでは無さそうだ。
後学のために色々見ておくのは良いコトだよな、うん。
俺はプリスにギルドまで案内してもらうコトにした。
「着きました。ここです。」
冒険者ギルド。
見た目は、よくアニメや映画に出てくる廃校になった田舎の学校みたいだ。
木造の二階建て。
そこに幼女のプリスが入って行く。ますます学校に見えてきたぞ…。
ランドセル背負わせたい。彼女ならスカイブルーのランドセルが似合うだろう。
中は広くて奥行きもある。
受付があり、壁にはお馴染みの依頼書がたくさん貼り付けてある。
遠目だから細かいトコロまで見えないけど、モンスター退治から家の雑用まで、
レベルに見合ったクラスに分けられているのはお約束通りだ。
そこを何人もの冒険者が、これまたお約束通りの鎧姿やマント姿で集っている。
うん、想定内ってのは良いコトだ。ホッとする。
このままもっと想定内が続いてくれ。俺をもっとホッとさせてくれ。ホッともっと。
「お待たせしました。報告、済みました。」
プリスが受付でクエスト完了の報告を済ませ、笑顔で俺のトコロに戻って来た。
「いきなりでも何ですから、お茶でも飲みませんか?この2階に食堂と言うか喫茶店がありますから。」
「そうなんだ。うん、そうしようか。」
プリスと階段を登り、二階へと。
上がってすぐの場所に、役所の食堂みたいな雰囲気の店があった。
適当な席に座って、メニューを開く。……うん、これも日本語だ。読める。
「何にします?」
「とりあえず、…コーヒーでいいや。」
「では私はメロンソーダで。」
うん、メニュー内容まで日本そのまんまだ。
何かもう異世界気分がちょっと薄れるけど、物見遊山の観光じゃ無いからな。
理解出来るコトは素晴らしい!と、自分に言い聞かせる。
しかし、メチャ安いな。コーヒーもメロンソーダも、どっちも100エンだ。
メニューにある他の品も総じて安い。
ラーメンが200エン、かけそばが100エン、牛乳50エン。
これって日本で言えば、半世紀前くらいの物価だろうかね?
今、チェーン店のラーメンが500円くらいとしても、半額以下だ。
つまり、今の俺の所持金である10万円とちょっとは、感覚的には20~30万円ってコトだ。
ヤバイな。こうなって来ると、強盗が怖い。
この世界で見慣れない服装とはいえ、今の普段着の俺はパッと見、大金を持ってるようには見えないだろう。
今はまだ、このまま冴えない『若者その1』で押し通そう。
サイフの中身見られたら、確実に目を付けられるだろうからな。
「ケインさん、今日の泊まる所とか大丈夫ですか?」
「あぁ、そのくらいは何とかなるよ。」
プリスにも俺のサイフの中身は教えない方が今は良いな。
さて、コーヒーを二口、三口と飲んで落ち着くと、やはり聞きたくなってくる。
何故、ここ異世界で日本語が使えるのか?というコトだ。
そこで俺は疑問を1つ、遠回しにぶつけてみた。
「えっと、プリス。さっき見せてくれた1万エンだけどさ、」
「え?はい。コレですか?」
ピラッと1万エン札を開いて見せるプリス。
おいおい、ここじゃ2万円相当の価値だろ。そんな不用意に見せて大丈夫か?
あ、ギルド内だから強盗は起きないか。
いや、でも道中で見せてくれてたしなぁ…。ガードが甘いのか?
ガードの甘い幼女って最高だよね! いや、そういうハナシじゃない。
「…そこに描かれている人物だけど…、」
「?『フクザワ・ユキチ』さん、ですか?」
知ってるのか雷電!?
いや、こんな可愛い塾生いねーよ。『大往生』の刺青とかあったら嫌だ。
「その人って、どんな人だったか知ってる?」
「はい。大昔の偉人だそうで、
『神様は身分や種族に関係無く、平等に生命をお造りになられたので差別してはいけない』とか、
『旧態依然とした話の通じない国とは付き合う必要は無い』とか、色々聡明な教えを説いた方で、
大きな学校も作られたそうですよ。凄いですよねぇ。」
…間違いなく『福沢諭吉』だ!!
各所が異世界アレンジされて伝わってはいるが、紛うことなき福沢諭吉だ!
「…この紙幣はいつからあったの?」
「え?ずっと前からですよ。魔導大戦が終わってからの、この世界での共通貨幣じゃないですか。」
待て待て待て待て!!
急に『魔導大戦』とかいう重要ワードが出て来たぞ!!
掘り進めるべきか?それとも、ここは一旦置いて別のコトを聞くべきか?
日本語がオールOKで安心してたけど、そうだ、ここでは俺が無知であるコトには何ら変わりが無い。
この世界については何も知らないのだ。
「ゴメン、田舎の出であまり歴史とか勉強してなくってさぁ。」
「そうでしたか。いえ、別に気にされる程では…。他に何かありますか?」
「そうだな…」
ここは話題を変えるか。
「このギルドって、いつもこんなに賑わってるの?」
「時期にもよりますけど、昼間は大抵こんなカンジですね。夜中は流石に人も少なくなりますが。」
「夜中?」
「はい。ギルドは基本的に24時間365日、休まず営業です。モンスターの出現は時間を選びませんし、
真夜中にお金が必要になったり、深夜に作業して即、報告しなくてはいけないクエストもありますので。」
何気にこの世界の1日と1年が分かったよ!
地球と同じだわ。最小単位の1秒の時間が同じなら、だけど。
しかし、ギルド年中無休かよ!コンビニエンスだな!ブラック企業じゃないコトを祈るぜ!
「えーっと、そうだ、プリスは報酬をギルドの受付でもらっていなかったよね?」
「はい。郵便配達ですから。」
「どゆこと?」
「郵便配達はモンスター退治や探索クエストとは異なり、向こうに着いて相手に届けた時点でクエスト完了です。
ですからギルドを仲介せず、直接届けた相手から報酬金が出ます。」
「郵便って送り手側がお金出すモンじゃないの?」
「普通はそうです。一般のは大量にまとめて送ります。でも、今回は村長さんへの親書でしたから、保証金もあって高額です。
高額を先渡しだと、クエスト放置して持ち逃げされる危険もありますから。」
「なるほど、それで着払いか。」
「このクエストの良いトコロは、行き先で即金がもらえるというコトです。辿り着きさえすれば、
疲弊してても、もらったお金で宿にも泊まれますし、食事も買い物も出来ますからね。」
「わかる。」
日雇いのバイトと同じだ。
行きの分の交通費しかない金欠状態でも、即金でバイト代が出れば帰りの電車にも乗れるし、飯も食える。
「向う先でここ宛の配達クエストがあればもっと良かったんですが、流石にそこまで美味いハナシはありませんでした。」
「で、ここに帰って来て報告と。」
「はい。親書ですから確実性が問われますので。」
つまり、ギルドに登録している者の信頼に関わるってコトか。
日本の郵便も、届け先に着いたら連絡してくれるタイプがあるもんな。
「では、お勘定済ませて来ますね。私がお誘いしましたからコーヒー代は私が。」
「あ、いやいや、そりゃ悪いよ!そのくらい出すって!むしろ色々教えてくれたんだから俺が出すよ!」
オトナが幼女にオゴられたら情けないわー。幼女のヒモとかどんだけだよ。
…うん、それもありっちゃあアリかも知れないけど。
俺は100円玉2枚を出し、
「はい、200円。」
「すみません。ご馳走様です。」
プリスはペコリと頭を下げ、レジに向かって行く……、と
やおらピタリと立ち止まって振り返り、俺の顔を見た。
おいおい、もうデレ期かよ。フラグ回収早過ぎだろっつーの!
…いや、そんなんじゃ無いな。頬がピンクのブラシで塗られていない。普通の顔だ。
むしろ何かを伺っているような…。
そして何事も無かったかのように再びレジに向かって歩き出した。
何だったんだ?
「おい、兄ちゃん。」
突如俺を呼ぶ野太い声。誰だ!?
俺を呼んだ声。
そこには年季の入ったっぽい、むつくけき男達がいた。 …これは、冒険者か?
うわー、アレですか?ギルド名物の新人イビリ?
『見ねぇ顔だな』とか『レベルいくつだよ?』とかから始まって
『ここはテメェみたいな奴が来るトコじゃ無ぇんだよ!』
『帰ってママのおっぱいでも飲んでな!』とかのアレですか?
鉄板イベントですよねー。
で、パターンなら、俺がカッコ良くコイツ等を投げ飛ばして『騒がせたな』とか行って華麗に店を出るワケだけど、
俺、武器も無いし貧弱だし、第一まだ冒険者にもなって無いし!許して下さいよ!
男の1人が俺の肩をガシッ!と掴む!!
「うひぃっ!!」
「―兄ちゃん、大丈夫か?何も取られて無ぇか?」
「災難だったな。」
―はい?
あれ?何か皆さん、俺のこと心配そうに見てくれてるんですけど?
「ど、どういうコトっすか?」
「兄ちゃん、新人だろ?見ねぇ顔だしな。なら知らねぇのも無理は無ぇ。」
「知らない…?」
「あぁ、『守銭奴プリス』に絡まれてたんだろ?」
え?『守銭奴プリス』!? 何?その二つ名!?
「奴ぁ、ギルドでも評判の問題児よ。」
「問題児!?」
「腕はそこそこ立つ奴だが、兎に角ガメつくてな。ガキのクセに既に金の亡者よ。」
「いぃ!?」
「メンバーに加えりゃ加えたで、こっちの身の丈に合わねぇ高額クエストばかり取ってくるし、分け前もキッチリ端数1エンまで拘りやがる。
おかげでこっちは振り回されっ放しよ。」
「あらかた兄ちゃんも高額クエスト持ち込まれたクチだろ?悪いこたぁ言わねぇ、断ってさっさと逃げちまいな。」
何だ何だ?
出会った女の子、実は不良でしたってパターン!? そんな馬鹿な!
あんな可愛い幼女が金の亡者とか、あり得んでしょ!!
…あ、いや、そう言われれば、プリスの服装、装備、装飾品はどれも高価そうなモノだった。
村長宛の親書配達という高額クエストを受けてたし、
帰る足で同様のクエストが無かったのを残念がっていた。
このオッサン達の顔も目も、心底俺を哀れんで気遣ってるカンジだし…。
いや、でも、まさかそんな…。
「おっと、こっち来やがった。」
「じゃ、兄ちゃん、忠告はしたぜ!」
オッサン達はそそくさと去っていった。
本当にプリスとは関わり合いになりたく無いって様子だ。
そして、その当のプリスが戻って来た。
「―何かありましたか?」
「あ、いや、別に。何も。」
今はこれしか言えない。
あまりにも今の俺には情報が不足している。
何が真実で、何がデマかも判らない。
今は…保留する言葉しか言えない…。
俺は席を立って、プリスと共に店を後にした。