第5話「幼女×幼女×幼女」その2
北の関所。
「臆せずよく戻ったな。こんな奴も初めてじゃ。」
巨大な玉座に鎮座する褐色の幼女デヴィルラ。
彼女は相も変わらぬ尊大な態度で、俺達3人を迎えた。
辺りに転がる数十体の躯達が、まるで俺達の戦いを観戦しているようだ。
絶壁の谷に挟まれた大地に風が吹く。
暫しの沈黙を破って、デヴィルラが口を開く。
「―さて、うぬら3人がどれだけの実力を見せてくれるや?余も楽しみじゃ。」
「いえ、貴方のお相手は、ケインさん1人だけです。」
「何!?」
思いがけないプリスの言葉に、怪訝な顔をするデヴィルラ。
「…正気か?」
「おまえなんかー、ボスだけでいちころっすよー!」
パトルも煽る煽る。
これはもちろん作戦だ。1対1のタイマン勝負なら、デヴィルラは魔族の王女としてのプライドで
俺にある程度好き勝手させる、胸を貸す横綱相撲をするだろうと考えてのコトだ、
「ほう…さても大きく出たモノじゃのう。」
普通なら馬鹿にされたと思って激高するモンだが、デヴィルラは怒らない。
むしろ目を細めてこちらを睨み、笑みを浮かべている。
やはり横綱としての風格を失わないよう務めているカンジだ。
「まぁ、それならそれでも、余は一向に構わん。ならば始めるとしよう。」
デヴィルラは懐から例のカードを出すと、前と同じように宙に放り投げた。
カードは俺達の前で空中に止まり、彼女が指を鳴らすと同時にオープンする。
「さぁ、どれでも1枚、好きなモノを選ぶが良いぞ。」
俺は数歩前に歩み出て、カードにある品を確認して行く。
カードの内容は以前見たのと寸分変わっていない。
武器のカードを通り過ぎ、防具のカードもそのまま通過。
道具のカードも止まるコト無く過ぎて、奴隷獣のカードに向かう。
そして、その1枚のトコロで俺は止まる。
「決まったかの?」
「あぁ、コレにするよ。」
奴隷獣のカードから1枚を取り、俺はゆっくりとデヴィルラの元に向かう。
デヴィルラは玉座から身を起こし、簡易的に付けられた石の階段を使って台座まで降りて来る。
思った通りだ。タイマン勝負なら、こうして必ず降りて来ると思ったぜ。
魔法なら玉座に座ってても放つコトが出来る。高い位置から優位に勝負を進められる。
それを、魔族の王女というプライドのために、横綱がこっちの土俵に降りて来たのだ。
俺は努めて飄々と話を続ける。
「でもこのモンスター、ここいらに居なくてさ。本当にこんなヤツいるの?」
その言葉に、デヴィルラは俺が持って来たカードを覗き込む。
「ふむ、『オリハルコンスライム』か。確かに、この大陸にはおらん奴じゃ。」
俺が選んだのはオリハルコンスライム。クズスライムと同じ、団子型をしているスライム系のモンスターだ。
但し、その名の通りメタルっぽくて、淡い金色をしている。
身体がオリハルコンで出来ており、この世のどんなモノよりも固い。加えて完全な魔法とブレス耐性を持っている。
従って、コイツを魔法で倒すのは絶対に不可能。唯一、倒せる方法は
この固い身体に、地道にチクチクと物理ダメージを与え続けるしか無い。
普通にカードの罠について何も知らないのならば、デヴィルラの魔法への完全防御の壁として使おうという作戦で
このオリハルコンスライムを選び、味方に付けるワケだ。
恐らく、犠牲となった多くの冒険者達の中にも、そういう考えの者達はいたに違い無い。
だがそれは罠で、このカードのモンスター達はデヴィルラの命令しか聞かない。
このオリハルコンスライムを召喚しても、逆に冒険者の魔法を防ぐ壁にされる。
そしてその固い身体の体当たりを喰らえば、骨は砕け、内臓破裂で一巻の終わりだ。
デヴィルラもそういう光景を思い描き、心の中でニヤニヤしてるのだろう。
『(だ…駄目じゃ。 まだ笑うな…こらえるのじゃ…し…しかし…!)』
―みたいなカンジかねぇ。
「最終確認じゃ。それで良いのじゃな?」
「あぁ、頼むよ。」
デヴィルラは俺からカードを取ると、指で弾いて飛ばした。
飛んだカードは宙で燃えて消える。
すると、足元に魔法陣が浮かび上がり、太い光束が伸び上がる。
光が収まると、そこには金色でプルプルしたオリハルコンスライムが出現した。
しっかり従属のプレートを付けて。
「ほれ、出たぞ。さぁ、それでは戦闘開―」
「戦闘開始だああああーーーーっ!!」
俺は被り気味にそう叫ぶと、オリハルコンスライムから従属のプレートをスポっと外し、
続けざまにそのプレートを隣にいたデヴィルラの首に被せた!
「!?…なっ、何ぃっっっっ!?」
そしてダッシュでプリスとパトルのいる場所まで戻る。
「こっ!…この無礼者がぁあああーーーーーーっっ!!!」
デヴィルラは右手に燃え盛る火球を出すと、俺達に向かって投げ付けた。
これは恐らく最上級クラスの火炎魔法。直撃すれば消し炭になるコト間違い無し。
だ・が・!!
「デヴィルラ!俺達を守れ!!」
「何じゃとっ!?」
俺がそう言った瞬間、デヴィルラは光となって消え、光となって俺達の目の前に現れた。
俺達に背を向け、迫り来る火球を迎え撃つポジションで。
「な、何ぃいいいいいいいーーーーーっっっ!!!???」
さぁ、驚いたのはデヴィルラだ。ワケも分からずワープして、現れたと思ったら
自分の放った魔法が自分に襲って来てるんだからな!
「ぬぉおおおおおおおおおおおお!!!!!」
ほとんど反射的にデヴィルラは腕を前に伸ばし、両手で火球を受け止めた!
「くっ!くぅううううう………っ!」
デヴィルラの手から、魔力が白い光となって溢れ出す。
「はぁああああーーーっっ!!」
気合一閃。両手を左右に勢い良く開くと、バアン!!という音と共に火球は消え去った。
最上級魔法を相殺したのか。 やっぱスゲェわ、コイツ!!
―そう、コレが俺の作戦だ。
あれから話し合って、俺達が出した結論。
『デヴィルラを正面突破するコトは不可能』
ならばデヴィルラの油断を突き、一発逆転の奇策に走るしか無い。
デヴィルラの最大の武器は、その膨大な魔力で繰り出される攻撃魔法の嵐だ。
魔法の威力も、魔力量も、彼女に並べる者はいない。
ならば、デヴィルラを倒せる魔力を持つのは、デヴィルラだけだ。
そうして20枚のカードを眺め、見付けたのが『オリハルコンスライム』だった。
コイツの従属のプレートをデヴィルラに掛けさえすれば…!
数あるモンスターカードから、オリハルコンスライムを選んだのにも理由がある。
●首が無く小さいので簡単にプレートを外せるし、デヴィルラの体格にも合う。
●魔法耐性が完璧なので、俺達が魔法の壁代わりにするだろうというミスリードを誘える。
●他のモンスターと違い、放っておけば臆病ですぐ逃げる性質なので、プレートを外した後も襲われる心配が無い。
そして、プレートを掛けられた相手は、掛けた相手には絶対服従だ。
さぁ、どうするかね!?褐色ロリ!!
自分の攻撃魔法を相殺し、両腕を開いた大の字の姿のまま、デヴィルラはこっちを向いた。
うお、鬼の形相とはこのコトか。
「わわ!すっごく怒ってます!!」
「めっちゃこっちにらんでるっすーーーー!!」
思わずビビるプリスとパトル。
いや、俺だって怖いよ、普通の時なら。
「う…うぬらごときが、この余をたばかるかぁああーーーっっっ!!」
そう言ってデヴィルラは首に掛かったプレートの鎖を握り、外そうとする。
甘ーい!!
「デヴィルラ!プレートから手を離せ!!」
「うぐっ!?」
ビクリ!としてデヴィルラの身体は固まる。
「お…おのれぇええ……っ!!!余は…貴様の命令なぞ……!!」
耐えてる耐えてる。
だが抵抗虚しく、鎖を握った手は人差し指から順に開かれて行き、完全に開いてパーの形になる。
鎖が音を立てて落ち、再びプレートがデヴィルラのささやかな胸に当たる。
「よくも…よくもよくも!!…うぬら全員!灰も残さず消し去ってくれるわーーーーっっ!!」
鼻息も荒く、そう言うとデヴィルラは両手を振り上げた。
激しい放電が両腕に集まる。最上級の雷撃魔法か!!
で・も・無駄無駄無駄ァ!!
「デヴィルラ!玉座を狙い撃て!!」
「ぐぅっ!?」
その振りかぶったままのポーズでピタリと固まると、デヴィルラはまるで動画のコマ送りのように
ギ、ギ、ギ、と90度回って玉座へと強制的に方向転換。
そして、
「うおおおおおーーーーっっっ!?」
玉座に向かってその雷撃魔法を放った!
まだだ、もう少し!
3、2、1、今だ!!
「デヴィルラ!玉座へ戻れ!!」
「何っっっっ!!!!!????」
再びデヴィルラは光となって消え、玉座にワープアウトした!
そこには最上級の雷撃!!もう相殺は間に合わない!!
「うぉおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーっっっっ!!!!!!」
ドゴオオオオオオオオオオオオーーーーンン!!!!!!!
大爆発!!
凄まじい爆炎と煙が巻き上がり、俺達のトコロにまで焦げるような熱風が来る。
成功だ!!
最初にヤツが火球を放って、こっちにワープしてくるまでの時間が分かったから出来たワザだ。
「やったー!やったっすよーー!!」
「お見事です!ケインさん!!」
いや、それフラグだから。…異世界でそのフラグ、無効だと良いな…。