第4話「褐色の幼女」その2
次の朝、俺達は部屋の扉をノックする音で起こされた。
ムニャムニャ…まだ朝食には早いよ…。
「ケインさん、誰か来てるようですが。」
「…あと5分。」
そんな俺を仕方無さそうに笑って、プリスが起き出した。
扉を開ける音がする。
「冒険者ギルドの者です。ここに『ロリ・キラー』ケイン様がご滞在と聞きまして、早朝の失礼を承知で参りました。」
俺は一気に目が覚めてガバっと跳ね起きた。
その二つ名、もうギルド認定になってるのかよ!!
勘弁して下さいよ、ホント。
宿の1階の食堂で朝食を取りながらギルド員からの話を聞く。
「貴方のパーティーに、ギルドからクエストを依頼したいのです。」
「はぁ!?」
ちょっと待ってよ。
俺、冒険者になってまだ半月ほどだよ?駆け出しだよ?新米コシヒカリだよ?
今まで受けたクエストは、お人形探しだけですよ?
「相手、間違えてんじゃないですか?俺、直接ギルドから依頼されるほど強く無いですよ?」
「いいえ、貴方の実力はギルドや冒険者達の間でも広く知られるトコロです。」
な そ
に ん
「さっすがボスっす!ゆーめーじんっすー!」
「ええ。それはもう。何と言ってもそこのお2人、『守銭奴』と『駄犬』という
ギルドが抱える問題児2人を瞬く間に手懐けただけで無く、何の罪も無い町の幼女にまで手を出すという豪快ぶり。
正に、他の追随を許さぬ『幼女殺し』。ロリ・キラーの名に違わぬ『本物』と拝見致しました。」
誰か俺を殺してーーーーーーーー!!!!
『守銭奴』はプリスだけど、『駄犬』って、パトルのコトか!?
何かこのパーティーって、揃いも揃って二つ名が残念過ぎやしませんか!?
「―それで、依頼とは何なのでしょう?」
「たたかいならまかせてほしーっすよ!!」
お前達もちょっとは応えろよ!ナーバスになれよ!
こんなフザケた二つ名付けられてんだぞ!?
プリスは『もう知ってます』とばかりに達観していて、パトルに至っては完全に他人事だ。
モリモリと朝食をおかわりしまくっている。一日のスタートは朝食から!
ギルド員が話を続けた。
「北の関所に数多の冒険者が挑み、戻って来ないのをご存知ですか?」
「はい。昨日も私達の隣の部屋に泊まっていたパーティーが戻って来ないと、宿の女将さんに聞きました。」
「それがー、どーしたんすかー?」
「―その北の関所の調査を、貴方達にお願いしたいのです。」
「うぇっ!?」
変な声出た。
ちょっと、何言ってんのこの人!?
行ったっきり帰還率ゼロのデンジャラス・ゾーンへ、駆け出しの俺に行って来いだとぉ!?
俺に死ねって言うんですか!?
いや、確かにさっき『誰か俺を殺してーーーーーーーー!!!!』って思ったけどさぁ!
「お言葉を返すようですが、私達よりも高レベルの冒険者が沢山いるのでは?」
そう!それだよプリスたん!俺達より強い奴等に任せりゃ良いじゃないか!!
「いえ、これはレベルの問題ではありません。」
いきなり否定された!!
え?強さじゃ解決しない事案!?何だそれ?ますます意味不明だぞ!
「今、北の関所にいるのは幼女らしいのです。」
「なん…だと…?」
「それまで関所の門番は巨大な竜人だと言うウワサでしたが、数ヶ月前から幼女を見たという報告が相次いでいるのです。」
「その様子だと、確実な情報では無いと?」
「ええ。挑んだが最後、帰って来ないのですから、ウワサ・憶測の域を脱しません。」
「なーんでこどもなんすかー?」
「それを調べて欲しいのです。もし遭難者だったり門番に囚われていたりしてるのならば、
ギルドとしても違った対応をせざるを得ませんから。」
「違った対応?」
「今までは魔族の一個人が勝手にそこに居座ってるのだと考えていました。
その場合、討伐依頼をするコト以外にギルドや国が介入する余地がありません。
早い話、冒険者同士の一騎打ちや道場破り、武者修行の類だと言われてしまえばそれまでですから。」
「なるほど、戦う覚悟のある中での個人の問題だもんな。」
「しかし、一般人が被害に遭ってるのであれば話は別です。
ウワサ通り幼女がいるのであれば、ギルドという組織レベルの問題として無事に保護しなくてはなりません。」
確かにこれは危険だ。凄腕の冒険者さえ帰還出来ない場所に子供がいるなんて。
「それでケインさん、というワケですか?」
「そうです。幼女に好かれる天性の体質、いや、スキルとでも言うべきその能力。
是非そのお力で、もし幼女がいたのならばその子の保護をお願いしたいのです。
強面の者達が行っても怯えさせてしまうだけですが、『幼女殺し』のケインさんなら一発でたらしこめるでしょう。
魔族に捕まっていたりして即救出が無理な場合でも、ギルドに詳細を報告して欲しいのです。」
褒められてんのか、けなされてんのか、もう分かんねぇなコレ。
朝食が済み、ギルド員は帰って行った。
突然のコトで話が前後してしまったが、先日のダンジョンでのボス撃破と、近い方の入り口に関しても説明しておいた。
あそこは換気口だから密閉せず、鉄格子とかで閉じた方が良いと提案もした。
さて、関所調査の依頼を受諾するかどうかだが、ギルドにはちょっと待ってもらうコトにした。
プリスやパトルとも話し合いたいからな。
てなワケで、部屋に戻ってパーティー会議です。
「みんなはどう思う?」
「難しいですよね。確かに一般人がいるのなら救助は必要だと思いますが…。」
「ぱっ!とたすけてー、ぱっ!とかえってくればいーんじゃないっすかー?」
それが出来たら苦労はしねぇ。
門番に見付かって攻撃されたら、今の俺達じゃ絶対生き残れない。生還率0%だもんなぁ。
でもそこには、北の大陸へと繋がる道がある。
北の大陸の、また北の果てには神様が住んでいて、神様が俺の疑問に答えてくれる『かも』知れない。
そういう意味では興味があるのも事実だ。
だが、この2人にまで危険が及ぶとなると…。
「ケインさんはどうしたいですか?」
「オイラ、ボスのいうとーりにするっすよー。」
……よし、決めた!
「この依頼は、 断る。」
「えっ?」
「ほえ?」
「リスクが大き過ぎる。死んだら元も子も無いだろ。」
「…本当に、それで良いんですか?」
「あぁ、良い。」
「ボス…。」
「もう決めた。たとえ引き受けるにしても、俺達がもっともっと強くなってからだ。」
暫しの沈黙があって、プリスが口を開く。
「…分かりました。」
「…りょーかいっす…。」
パトルも渋々ながらも頷いた。
ゴメンな、2人共……。
その夜、俺はトイレに行くと言って部屋を出た。
そして静かに階段を降り、受付に夜になる前に預けておいた武器と荷物を取り出した。
音を立てないように玄関を開け、外に出る。
プリス、パトル、恨むなら恨め。
だけど、これにお前達を巻き込むワケには行かないんだ。
俺は北の大陸へ行ってみたい。でも、これは俺のワガママだ。俺のエゴだ。
俺の好き勝手で2人まで危ない目に遭う必要は無い。
これは俺自身の問題であり、俺自身の道だ。
人通りの少なくなった夜の町を歩き、町の入り口へと向かう。
短い間だったけど、世話になったな…冒険者の町。
プリスもパトルも達者でな…。
入り口の木製のアーチをくぐり、町の外へ。
「あらあら、こんな夜中にお出かけ?ロリ・キラーさん。」
突然俺を呼ぶ声がして、驚いて声の方向を見ると、
「ケインさん。」
「ボス!」
「…え!?」
そこにはプリスとパトルが『待っていた』。
「なっ、何で…。」
「はい。ケインさんなら、きっとこうするだろうと思ってました。」
「じゅーじんぞくのみみはよーくきこえるんすよー!」
うわ、バレバレだったのか!
「ケインさんは優しいから、私達を巻き込むコトを嫌がるだろうと。絶対、独りで行くと確信してました。」
「うぐ…。」
「でもケインさん。私、今、怒ってますよ?」
「えっ?」
「私、ダンジョンで言いました。皆さんのために生命を賭けると。その気持は今も変わりありません。」
「オイラもボスのためにたたかうっすー!」
「いや、でも、これは俺の勝手で…、」
「でしたら、ケインさんに付いて行くのも、私の勝手です。私、ケインさんのためなら……どんな危険も厭いませんよ?」
「!!」
プリスは涼やかな顔で笑ってそう言った。マジかよ…。
「何で…何でそこまで…?」
「さぁ、どうしてでしょう?…考えてみて下さい。宿題にしておきます。」
そう言うとプリスはさっさと北への道を歩き出した。
パトルがおれの顔をのぞき込んでいる。
「お前は良いのか?パトル。死ぬかも知れないぞ?」
「ボスのいくところがオイラのいくところっす!!」
パトルがプリスを追って走って行く。
…くそぅ、何だよお前ら…。ガキのクセに感動させやがって……。
ここまでお膳立てされたら、男としてもう断れないじゃねーかよ。
プリスが振り返り、
「ケインさん、置いて行っちゃいますよ?」
イタズラっぽく笑った。
「ちょ、待てよ~!」
この世界では誰にも通じない、似てないモノマネをして俺は2人と合流するのだった。
北の関所。
それはこの大陸の北端、V字谷が作る絶壁の崖に挟まれた場所にある。
崖は険しくて、徒歩で登って上から監視出来るような平地など無く、これを登るのは最早ロッククライミングの範疇だ。
地上は平坦で木々も無く、多少の落石が転がってはいるが、人が身を隠せるような大きな岩すら見当たらない。
「こりゃ困った。この関所ってあっちからは俺達が丸見えになるんじゃないか?」
「はい。迂闊に近付けないですね…。」
「みつけるのはすきっすけどー、みつけられるのはきらいっすよー。」
協議の結果、俺達は夜を待つコトにした。
夜なら見つかりにくい『だろう』という安直さだが、正直言ってこれぐらいしか対処法が無い。
一応、こっちには暗闇でもバッチリ見えるパトルがいるしな。
…向こうもこちらと同様に夜目が効くかも知れないが、仕方無いだろうよ。
あと、夜でもその女の子がいるかどうかが1つの判断材料にもなる。
いなければ、昼に門番が留守の時にやって来て、何も知らずに遊び場にしてるとかあり得るし。
こんな夜中にいるのならば、捕まってる可能性が大きい。
そして夜。俺達は関所へと歩を進める。
ナイトモード搭載のパトルを先頭に、慎重に、ゆっくりと、足音を立てないように。
「(どうだ?何か見えるか?)」
「(まだとーくて、よくわからないっすけどー、さいだん?みたいなものがみえるっす。)」
「(匂いは?)」
「(いろいろごっちゃまぜで、よくわかんないっす。)」
祭壇か。それっぽくなって来たな…。
匂いが判らないのも已む無しか。ここには魔族の門番が常駐していて、冒険者が多く訪れていた。
人族、魔族、どっちもの匂いがして当たり前だし、そもそもターゲットの子供の匂いを知らないんだからな。
そう思いつつ、尚も進んでいく。
と、突然、
「良く来た!冒険者よ!!」
何者かの声が暗闇の谷に響いた。
ヤバイ!もう見つかっていたのか!!
……ん!?今の声、ちょっと…あれ?
そう疑問を持つヒマも無く、1つの光が差した。
慌ててその方向を見ると、そこには……
上空に発生した光球がスポットライトのように照らすのは、広い台座と、巨人が座るような大きな玉座。
そして、その巨大な玉座に鎮座するは……アンバランスなコトこの上も無い子供。
声の主、褐色の幼女だった。