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セレブレの園  作者: 天ぷら髭寝違えサウナおじさん
第一章 祝福されし者
8/49

†:手紙 8


 思いのほか殺伐とした話になっておりますし、そう言っても信じないかもしれませんが、わたしはこれでも皆さんのことを誰よりも慮っているつもりです。


 ここから見えるでしょうか、正門につづく桜並木の狂い咲いた様を。もともと花を咲かせることを期待されていなかった桜が、今年も三年連続で芽吹きました。


 H組の皆さんならば知っていると思いますが、桜という樹木は外の世界で特別な扱いをされています。理由は諸説ありますが、一つにはその儚さが挙げられるでしょう。


 この国の人びとは桜の咲き誇る様は勿論のこと、それが散っていく様に自分を重ねて哀切を感じるようです。桜の花にとって、そうした人間の都合など知ったことではないでしょうが、おそらくこの学校を設計した人びとは、あなた方セレブレの抱える抗いがたい運命を感じ取り、他の樹木ではなく、わざわざ桜の木を学校の一番目立つ場所に植えたと思えてなりません。


 現にわたしも、それが自分勝手な想像だとわかっていても、人工太陽に照らされて花をつけた桜たちに、どうしてもあなた方の姿を重ね合わせてしまいます。

 ですがそれは感傷にすぎません。狂い咲いたという言い回しから察していただけるでしょうが、本来この地下施設では木々が花をつけることは期待されていません。


 花をつけた桜は、いわば康介くんなのです。散りゆく桜に思いを馳せるなら、その前に踏みとどまってください。

 自分の目指すべきものは儚い花なのではない、大地に根を下ろした樹のほうであるべきだと。人生というのは短いようで、結構長いものです。実際にあなた方が味わうのは、散りゆく切なさより、生き続ける苦しさのほうです。桜のように散った康介くんを思いやる前に、自分の人生を考えてください。ひと時の感傷に身を任せるのではなく、粘り強く理性を働かせ続けてください。


 こうしている間にも、外が暗くなってきました。

 ひょっとしてこれを読んだ皆さんの顔も暗く(かげ)っているような気がします。わたし自身が、それを煽るような真似をしていることは重々承知していますが、わたしは同時にあなた方の賢さに期待をかけてもいるのです。


 セレブレ計画への不満がはち切れんばかりに膨れ上がった以上、それを単純なやり方で抑え込むことは難しいでしょう。

 だとすれば、その不満を、あえてあなた方のほうへ押し戻すことにしようと思うのです。

 人間として育った皆さんなら、みずからの感情に振り回されることなく、それを昇華させることができるのではないか。担当官としては異例の措置でもこの判断がベストという自信があります。


 思えば同じようなことが、初等科卒業のときにも起きたのではないでしょうか。

 初等科卒業の際に、H組の生徒は半分になったと聞いています。初等科時代の担当官は、その意味を決して教えなかったでしょうが、知恵のある皆さんのこと、豊富な語彙を駆使して、筋のとおった想像をめぐらし、クラスメートに起きた「卒業」の本当の意味を探り当てたのではないかと思います。


 正解は「親元へ帰った」――です。

 初等科で卒業した彼ら彼女らは、本当の「親」の元へ送り出されて行ったのです。

 セレブレ計画の一期生ということもあって、世間の注目も高かった記憶があります。勿論規約によって親のプロフィールは明かされておりませんが、金銭的負担の大きさから、基本的に一般庶民がセレブレの親になることはできませんでした。


 卒業したH組生の親となっていたの多くは、大金を持った同性愛者、社会的地位の高さゆえに所有が認められた人、アンチエイジングを目的とした老人、そして臓器提供を待ちわびている重度傷病者です。

 そうした親元へ送り返すことが決まっていたH組生たちは、運用上、人間のように育てると社会が決めておりました。H組の特別扱いのルーツは、いずれ親のところへと送り返すという事情にあったのです。


 けれど彼ら彼女らの「卒業」を目の当たりにした皆さんは、酷く動揺したのではないでしょうか。わたしが受け取った引き継ぎ書類にも、あなた方の抱える不穏さが特記として残っていました。

 それは、この地下施設に残った自分とは一体何者なのだろうかという、狂おしい自問自答だったのではないかと思います。


 学校を巣立っていった生徒たちは、いち早く奉仕先という礎を得ました。待遇の違いはあれど、自己のアイデンティティを確立することができたと言えるでしょう。

 そうした事実を知ってしまった皆さんは、わたしたちが営むこの地下施設における「家族」とは異なる、父と母と子からなるべつの家族から疎外されていることに気づき、おのれを何か大事なものを欠いた存在だと認識するに到ったのではないでしょうか。


 担当官の口から述べられなかった様々な事実が、別れ行く生徒たちのあけすけな口によって明かされたことでしょう。

 そこで残されたあなた方は思ったはずです。自分たちは一体何者なのだろうと。

 もう三年も経ったことですし、一種の時効として申し上げますと、皆さんは、親に引き受けを拒まれた者たち、ないしは元々肉親という意味での親が存在しなかった者たちです。


 外の人間があなたたちをどう呼んでいるか知っていますか? 公共資産です。

 それを聞いてどう感じますか? さぞ悔しいことでしょう。

 なぜならその呼称においては、固有の人格を一切認めて貰えていないのですから。


 世間はあなた方に人間性を求める一方で、セレブレを人間扱いすることには難色を示しています。科学技術が生み出した道具としての有能さしか求めていません。

 それは奉仕先が決まり、外の世界へ出ればたちどころにわかることです。

 人間は考える葦だと言いますが、世間が求めているのは考えない機械です。ただそこに、無骨なマシンではなく、親しみのわく人間らしいデザインを要求しているだけなのです。


 わたしはセレブレ計画に関わった担当官としてあなた方の暴走を危惧する一方、傲り高ぶった世間に対しても強い憤りを覚えています。

 だから、わたしはあなた方に武器を与えようと思います。康介くんを処分しようとしておきながら、矛盾する話に聞こえるかもしれませんが、これは担当官を離れることの餞別のようなものと思ってください。


 わたしが用意した武器、その一つが、康介くんと彼の起こした逸脱について皆さんにこのレターを通じてお話しすることでした。

 H組のなかに康介くんの意志を継ぎたい人がいるのはわかっています。


 勿論それを実行し、罰が下されれば、康介くんのときのように処分されてしまうわけですが、それでもやり抜こうとする気概があるとするなら、それは見上げたものだと言わざるを得ません。

 もし康介くん以上の賢明さで叛逆をなし得る人がいるとすれば、その行動には逸脱というより革命という言葉がふさわしいのではないでしょうか。

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