†:手紙 7
ここまで述べてきたように、康介くんは特別なクラスにおいてもさらに特別な生徒でした。わたしはそんな彼がH組で孤立していたのを知っています。わずかな友人以外、多くの生徒は彼の存在を意識的に避けていたことも。
学科の成績に反映されないだけで、彼の優秀さは多くの詩作や弁論大会での目覚ましい活躍によって誰の目にも明らかなことでした。すぐれた人材である康介くんだから、彼だけは必ずやまっとな人生を与えられるだろう……そんな嫉妬心からH組の少なからぬ人びとが、彼を疎外していたことも、皆さん自身がよくご存知なのではないでしょうか。
ただし心の持ち方はどうあれ、あなた方は康介くんに一目置いていたと思います。クラスの中心人物である和希くんや渚くんと仲がよいことにも引け目を感じていたことでしょう。
だからその意味では、康介くんの立場は完全な孤立ではありませんね。それに普段は無口な彼ですが、弁論大会では実に雄弁でした。不滅の裁き作戦をどう捉えるべきかがテーマだったときは、敵国側に回り、彼らの立場からはこの戦争はまったくの正義にもとづいているのだと主張し、誰も満足な反論ができませんでしたね。
実際、戦争が長引いていることの理由に、わたしたち同盟国側が多数の民間人を殺していることが挙げられます。また、大衆を動員するために歴史的な憎悪をかき立てていたという点で、同盟国側も敵国側も同じ穴の狢でした。
これから戦地に送られるかもしれないあなた方は、自分たちの正義が揺らぎ、さぞかし不安を感じたことでしょう。クラスで孤立しながら、ピンポイントで強い影響力を与える。康介くん自身もおそらくはそうした振る舞いを積極的におこない、そんな彼の影響から逃れるべく、皆さんは康介くんには必要以上に触れず、安定した日常を守っていたのだと思います。つまり彼は、あなた方に心のどこかで迫害されつつ、同じく心のどこかで尊敬を勝ち得ていたのです。
わたしは中等科からの担当官ですが、引き継ぎの際、初等科時代の報告も受けています。
彼はクラスのいじめが発覚すると「自分をいじめろ」と言ったそうですね。いじめ自体は根絶できない、それならば自分がそのターゲットになる。自己犠牲と呼ばれるものです。
わたしが思うに、彼は自己犠牲の化身でした。このH組で彼が孤立したのも、皆さんの不満や不安、それゆえに生じた嫉妬心を意図的に吸収し、いわばスケープゴートになることによって安定をもたらしていた節があります。
彼は自分が特別だということを誰よりも自覚していたのだと思います。そんな生徒がクラスの中心についたらどうなることでしょう。皆さんはそのすぐれた人格ゆえに彼を崇拝しつつも、我を顧みて非常に惨めな思いを味わったのではないでしょうか。
なんの裏付けもない?
そのとおりです、ここはわたしの想像にすぎません。
ですがあなた方より長く人生を生きた者として、わたしには人を見る目があると自負しています。そして現に、康介くんは、皆さんが忌み嫌ったエニモーたちを人間扱いすることで彼らを人間に変えました。
康介くんの信奉者が果たして何人いるか、十分な調べはまだついていません。
彼の残したノートから、康介くんは自分の立案した計画をプロジェクト・メイヘムと呼んでいたことがわかっています。
お読みになった生徒ならピンとくることでしょうが、これはわたしが与えた図書館の本から引用されたものです。
元になった小説においてこの計画は、ウィルミントンというアメリカの金融都市を崩壊させるテロ作戦の呼称でした。
なんとも大胆な名前をつけたものですが、重要なのはそこではありません。
問題はH組にも、プロジェクト・メイヘムに加担していた生徒がいるかもしれないということが、学校側の危惧していることです。孤立していたように見せかけて、康介くんが裏でH組を操っていたのではないかと疑っているわけです。
担当官という立場から申し上げれば、康介くんに肩入れをし、逃走を手助けした生徒がH組にいると思っています。
学内の調査では今のところ見過されていますが、わたしは疑惑を捨てていません。
というのも、彼の計画は大胆ではありましたが、波及効果を高めるべく、少々派手にやりすぎたのではないかと思っているからです。
セレブレ計画の非を訴えるなら、わざわざロシアまで行く必要はありません。その点で康介くんは、自分の優秀さに酔っていたといわれても反論できないでしょう。
思春期の子供なら、おのれの存在を必要以上に大きく見せたがる癖があるのは理解できないではありませんが、無駄の多いやり方には必ず穴が生じます。その穴がH組の生徒であり、康介くんの逸脱を受け継ごうとしている可能性をわたしは心配しています。
こんなことをわざわざ言うのは、H組にいるだろう彼に協力した生徒へ訴えたいからです。康介くん一人の所持した現金では、複数枚の新幹線チケットを購入することは不可能でした。
誰かが旅費やお土産を買うためのお金を彼に渡したはずなのです。
管理という点では甘かったことですが、Gポイントの現金化は日常的におこなわれていましたし、H組に限ったことですが、間接的に外部との間でモノの売買が許されていました。
だからわたしたち担当官は、あなた方がどれだけの現金を所持しているか、漏れなく把握することが難しくなっていました。
おそらく長期的にこつこつと現金を溜め込み、計画に合わせて一気に吐き出したのでしょう。
仮にそのH組生をAとしますが、Aは現金を康介くんに託し、今回の逸脱を助けたのです。事情聴取においては、あくまでいち個人の逸脱だと康介くんが証言し続けたせいで曖昧な決着を見ていますが、先ほど申し上げたとおり、わたしは疑いを解消したわけではありません。
康介くんを継ぐ者が、きっとH組にいるはずです。幸か不幸か、今回の処分は見送られる公算が大きいですが、担当官たちは生徒の挙動にとても神経質になっています。次に問題が起きたら連帯責任になるかもしれません。そうなると被害は他の生徒にも及びます。康介くんの意志に共鳴する人は、軽々しく反抗を謳うのではなく、事態の深刻さを胸に刻んでほしいと思います。