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セレブレの園  作者: 天ぷら髭寝違えサウナおじさん
第一章 祝福されし者
5/49

†:手紙 5


 これはわたしの推測ですが、あなた方のなかには、康介くんに下される処分に不服な生徒たちもいることでしょう。


 そうした生徒たちは、ただ彼に同情を寄せているからという理由だけではなく、理屈としておかしいと思っているのではないでしょうか。

 この学校がいかに外部から隔離された施設とはいえ、検閲を経たニュースが定期的に入ってきます。そこから知識を得た人にしてみれば、康介くんは処分ではなく、あくまで更正の対象となるべきだからです。


 そう思うだろう根拠は、彼の年齢ですね。ご存知のように外の世界では、選挙権などを得られる成人年齢は十六歳で、刑事罰の責任年齢もそれに沿っています。まだ十五歳だった康介くんはぎりぎり条件を下回っている、

 だから逃走途中の彼がいかに殺人を犯したからといっても処分という措置は重すぎるのではないだろうか。このような論理構成は筋が通っています。


 事実、警察はマスコミに対して彼の名前を公表することはありませんでしたし、いわゆる少年犯罪として扱っていました。

 けれど思い出してください。わたしたちの管轄は警察ではなく、厚労省なのです。事情聴取を経た後、康介くんの身柄はただちに監察官の下に委ねられ、セレブレを管理する内規に則って即時処分が決定されました。勿論、外の世界に対しては、犯人がセレブレだったなどという情報は伏せた上で。


 康介くんが犯した殺人があくまで偶発的なものであり、マスコミの喜ぶような劇場型犯罪ではなかったことも、わたしたちには有利に働きました。

 あとは検閲済みニュースを耳にした皆さんの知るとおりの経過を辿りました。

 康介くんの犯罪は、世間的には少年法の枠内で処理され、セレブレ云々は表沙汰にはなりませんでした。普段なら動きの鈍い厚労省ですが、このときばかりはよい働きをしたといえるのではないでしょうか。大衆の好奇の目に晒されなかったという点で、見事な手際だったと思います。


 ところで皆さんのなかには、外部から隔離されたこの学校に、どうして外のニュースが入ってくるか疑問に思っている人もいるのではないでしょうか。徹底的に管理するなら、情報は完全に遮断すべきという意見には一理あります。


 けれどそうした考えは、あなた方がH組生だから抱けるもので、しかも情報の摂取には啓蒙以外にもべつな理由があります。

 情報規制が緩いのは、H組で育ったあなた方ではなく、一般生徒のことを考慮したものだからです。それはどんな理由だと思いますか。

 ――不滅の裁き作戦。これが正解です。


 正解を聞き、納得顔の人も多いのではないでしょうか。

 おそらくわたしの想像したとおり、皆さんの注目はあの戦争に向けられていたのですね。でしたら話は早いでしょう。


 皆さんの考えているとおり、現在外の世界では我が国も参加している大規模な軍事作戦が展開されています。開戦から約十年、いまだに終わりの見えない戦いに、少なくないセレブレが投入される予定となっています。


 マンマシン・インターフェイスという言葉をご存知でしょうか。

 地下施設のエリート候補生であるA組の生徒たちは、不滅の裁き作戦に投入すべく、あらかじめ自衛隊という奉仕先が決まっており、彼らには日常的に増強剤が投与され、人と機械を一体化させた最新鋭兵器を動かせるよう改造手術も受けていました。

 誰よりも人間らしく育てられたH組に比して、誰よりも兵器らしく育てられたというわけです。


 あなた方が一般生徒から孤立しているように、彼ら彼女らも普通の生徒ではありませんでした。外のニュースを流す目的の多くは、A組生をはじめとする未来の兵士の戦意を向上させるためにあったのです。膠着した戦況を、自分たちこそが打開するのだと。


 この事実を皆さんはどこまで知っていたでしょうか。あまり驚きがないとすれば、人の口に戸は立てられないと思うより他ないですね。

 奉仕先の告知以降、あれだけA組の生徒を隔離したにもかかわらず、同じ学校で生活していれば情報は必ず漏れるというよい見本です。この点に関しては、わたしたち担当官の管理が甘かったということになりそうです。


 皆さんがA組の事情を察知しているのだから、他クラスの生徒との交流に余念のなかった康介くんはより深い状況認識をしていたことが想像されます。人間らしく育てることを理由に、行動制限が緩かったH組の立場を逆手にとったと言えるでしょうか。


 ひょっとすると彼だったら、海兵自衛隊から出向してきた男性担当官が、首領様を押しのけ、事実上この学校の最高責任者として君臨していることにも気づいていたかもしれません。

 いまさら後悔しても遅いのですが、康介くんのような生徒を生み出してしまったことは、わたしのキャリアに拭いがたい汚点を残しました。


 順調に未来の兵士たちを育成したA組担当官の片桐先生と比べ、国家公務員としての出世レースに挽回不能な差がつきました。


 けれど出世を諦めたからこそ言えることですが、わたしは康介くんのような生徒が育ったことに実のところあまり後悔はありません。恵まれた環境を存分にいかし、叛逆(はんぎゃく)を企てたこと。そして自分たちセレブレから未来を奪った大人への復讐を図ったことにも。

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