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†:一番の贈り物 3


 結果と言えば、わたしとの引き継ぎを、常磐くんはよくやってくれたと思います。彼のとった行動は行き過ぎでしたが、想定内のものでありました。康介くんの遺志を継ぐ者は一人でなければいけません。彼の逸脱を目の当たりにし、H組生全員にそうなる可能性があった以上、やることは一つでした。


 H組を崩壊させ、大規模な逸脱を起こさせないよう、一部を犠牲にすることです。常磐くんは、クラスの方向性を「和希くん潰し」に導いてくれました。もし彼がそうしなければ、生徒たちは動揺した挙句、べつの逸脱行動に出た恐れがあります。その可能性を最小規模に収めるための管理が、彼に与えられた役割でした。


 犠牲になった和希くん、渚くんには申し訳なく思いますが、これらは康介くんの遺志をわたしが掌握できる範囲内に収めるためにとられた方策だったのです。彼が示した希望を矮小化し、康介くんという神を失った一部の信奉者たちが自暴自棄にならないための防衛措置でした。そのために琉架くんが命を落としたようですが、二十四分の一では分のいい確率でしょう。康介くんがあなた方に見せようとした「夢や希望」はあるのです。ただし敷かれたレールの上に。


 この学校はあなた方が想像するより、はるかに非人間的なものなのです。人間性という尺度は、それを偽装するための手段にすぎません。例えば琉架くんのとった行動は全て貴重なデータとして論文にまとめられており、今後のセレブレ計画の設計に役立てられることになるでしょう。


 兵士となる使命を担った生徒においても同様です。いま戦場には、最新鋭の攻性兵器が投入されようとしています。これは操縦士に過剰な負担を強いる、一種の人間兵器です。人道に反するという理由で、欧州諸国では不採用になっていますが、我が国はそこにセレブレをあてがうことで実戦配備に踏み切りました。


 人と機械の一体化。そう言えば聞こえはいいですが、通常では危険すぎる任務を遂行するためにつくられた兵器です。身体への負担が大きいばかりか、絶えず命の危険にさらされます。ですが、それを稼動させることで貴重なデータが得られます。何のことはない、セレブレの主任務の一つは新機種の性能実験と変わりないわけです。

 兵士になる将来を背負ってこの学校を卒業する少なからぬ人びとが哀れでなりませんが、それもまた運命と割り切ってくださることを心から願っています。


 運命と言えば、臓器提供者になる生徒も可哀想な人たちです。海兵自衛隊に主導権を奪われる前、そもそもセレブレ計画は、厚労省の唱えた待機者ゼロキャンペーンからスタートしています。待機者とはその名のとおり、臓器提供を待ち望む患者たちのことですが、統計データによると登録された待機者だけでも一万七千人にのぼります。


 これだけの数の待機者をゼロにするために、一体どれくらいの数のセレブレが必要とされるのでしょう。役人の発想はときどき頭がおかしいのではないかと思わされますが、彼らはそのために多額の予算をもぎ取り、この広大な地下施設をつくりあげました。

 この学校で得られたデータをもとに、いずれ待機者全員がおのれのコピーをつくりあげ、その治療に役立てるときが訪れるのでしょう。あなた方は、来るべき時代の礎となるのです。


 兵役か提供か、どちらがましか、わたしにはわかりません。ただ一つだけはっきり言えるのは、わたしが担当したH組のようなクラスは今後、必要とされないだろうということです。H組は、海兵自衛隊と厚労省の政策を実現するため、予算を管理する財務省、その背後にある世論を味方につけるために設けられた経緯があるからです。

 一度計画がスタートしてしまえば、もはやカモフラージュに意味はありません。H組は中等科の三クラスで終わりになるでしょう。今後のセレブレは、兵士と提供者に特化した枠組みの上に成り立っていくのです。


 以上のような事実を隠すため、担当官たちは日常的に嘘をついてきました。わたしも自分の出身官庁を隠し、偽装のために首領様なる存在になりすましました。あなた方にとってそれは許しがたい裏切りでしょう。


 けれど、もし、あなた方の恐怖心が本物になってしまったら、この学校は成り立たなかったのではないでしょうか。少なくとも皆さんは、初等科を含めれば九年間ものあいだ、実りある時をすごせたのではないかと思います。真実を知ればいいというものではありません。知らなければ幸せな嘘というものも存在します。


 だからわたしは、担当官たちがとってきた行為を必要悪として肯定します。それに反する行動は、逸脱として処罰すべきと思います。これがわたしの本音です。


 和希くん、あなたはきっと、ここにいるセレブレたち全員に自由と解放をもたらそうとしたのだと思います。けれど自由と自分勝手をはき違えてはなりません。地上はそうした人間で溢れ返っています。だからこそあなたたちが模範を示すのです。本物の人間とはどうあるべきかを。


 個人が国家に優越することは許されません。一人ひとりの堕落(だらく)した生を賄えるほど我が国に余裕はないのです。ならば一生懸命尽くしてください、自分に与えられた使命に。それ以外に選べる自由などないことを心の痛みとともに知るのです。


 わたしが語ったことは、来賓向けのメッセージでもあります。意図は伝わりましたか? もしきょうの出来事が犯罪だと思うなら、それは間違いです。逸脱した生徒が出ましたが、セレブレ計画自体は失敗しておりません。叛逆は未然に防がれましたし、わたしのとった行動も逐一説明できるものです。


 片桐担当官を射殺したのは、セレブレという公共資産を傷つけようとしたからです。彼はセレブレ一体にいくらのお金がかかっているか、考えようともしませんでした。そうしたコスト意識に欠けた担当官には死んで貰うほかありません。


 よく見るとそこにいるのは鷹木厚労大臣ではありませんか。あなたとは昔、個人的に縁がありましたね。お元気そうでなによりです。ひょっとするとあなたなら、わたしが何によって突き動かされているか、その真意が理解できるのかもしれませんね。


 それはさておき、きょうこの場で起きた出来事は全部、わたしの端末に記録されています。もし政務上の必要があれば、遠慮なく仰ってください。あとでバックアップデータをお渡しいたしますので。


 さて、問題の端末に記録されたデータですが、それ単体ではセレブレ計画を告発したものにはならないでしょう。和希くん、あなたは答辞において、わざをアイロニーを使って語りかけましたね。それは担当官を惑わすためには有効だったかもしれませんが、わたしたちを悪だと断じるには物足りなかったと言わざるをえません。言葉の上ではあなたは、セレブレ計画を讃えていたのだから、当然のことでしょう。


 そして、わたしがネット中継していた配信も、先ほど切ってしまいました。わたしの端末がうつす映像はどこへもつながっていません。セレブレ計画の暗部を世間に公表するというあなたの目論みは、完全に潰えてしまいました。康介くんがあなたに残した遺志とともに。


 こうしてプロジェクト・メイヘムは失敗に終わるわけです。けれど和希くん、落胆することは何一つありません。あなたは、あなたが一番望んだであろう「世界を変える」ために外の世界へ行くのです。それがどんなに愚かな目的でも、そのことに誇りをもって卒業していってください。


 人間は自由しかないと、使命をほしがります。その教訓は約半世紀の社会実験を経て、より深い確信へと変わっていきました。あなた方はむしろ、感謝しなければなりません。自由よりもはるかに強靭で揺るがしがたい、あなただけに与えられた、オンリーワンの、特別な使命を手にしていることに。


 教育者になる生徒は、一人でも多くの人を育ててください。

 提供者となる生徒は、一人でも多くの命を救ってください。

 牧師や僧侶になる生徒は、一人でも多くの魂を導いてください。

 兵士になる生徒は、一人でも多くの国民を守り、一人でも多くの敵を殺してください。

 何があっても、決して逃げないように。あなた方が受け取った大切な使命を、(たゆ)むことなくやり抜いてください。そのときこそ、プロジェクト・メイヘムは完遂されるのです。

 卒業おめでとう。


 ――和希くん。()()()()()心から愛を込めて。

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