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セレブレの園  作者: 天ぷら開成髭サウナおじさん(夏音)
第五章 プロジェクト・メイヘム
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†:革命を継ぐ者 6


 康介は、プロジェクト・メイヘムを立案する上で、二つの計画を練っていた。一つは、彼が実行した脱走劇とそれにともなう一斉蜂起。もう一つは、それが失敗したときに備えた代替案だった。


 とはいえ元々、これは実現可能性の低いものとして位置づけられていた。なにせ卒業式を破壊し、担当官からネット接続端末を奪い、外の世界に声明を発する計画だったのだから。


 康介が逸脱したときに起きたような混乱もなく、学校の式典は担当官が一堂に会する場だ。一部の担当官は武装しているかもしれない。最初から失敗することがわかっている案に乗るほど、エニモーたちも馬鹿じゃない。康介の叛逆が不発に終わったことで、残りの計画は日の目を見ずに終わるはずだった。


 しかしその代替案は、図らずも、美琴先生のくれたメールによって現実味を帯びてきた。先生はネット接続端末を施設のある場所に残しており、俺は屋上での一件が片付いたあと、人知れずそれを回収することができた。


 その端末にはあらかじめ、SNSアプリがインストールされていて、そこには一人のフォロワーが登録されていた。アカウント名は、ミスター・ボス。冒頭のコメントは『ようこそ。私が首領です』というものだった。


 首領様。学校の連中が噂する正体不明な人物と、ネットを介してつながっている。端末を携えて部屋に戻った俺は静かな興奮を覚えたが、同時に冷静な頭でこれは美琴先生のなりすましなのではないかと考えた。

 それに万が一、罠であるリスクもあった。だから『はじめまして。俺は和希・Hといいます』と返しつつ、俺は美琴先生が知りえないだろう情報について尋ねることにした。このときはまだ、先生を心の底から信じていなかったのだ。


『あなたが首領様だとするなら、次の問いに答えてください』

 俺は端末を叩きながら、質問を入力した。

『俺は二人の人間を殺しました。その場所はどこですか?』

 時間にして十分ほど。しばらく待ち構えていると首領様からの回答が返ってきた。


『屋上です』

 休日の昼間だったので、返信の早さには驚かなかった。俺は次の質問を入れた。


『殺した人間の名前と、殺された順番を答えてください』

 これは事情聴取を読んだ人間にしかわからないはずだ。

 思わずつばをのみ込んだ俺をよそに、答えは瞬時に返ってきた。

『あなたは琉架・H、常磐慎司の順に彼らを殺しました』


 その答えで、俺は首領様が機密情報にアクセスできる人間だと判断した。

『もう一つだけお尋ねします』

 最後の質問は、おそらく聴取資料にも載っていないだろう情報についてだ。


『俺が火傷を負った箇所を答えてください』

 たとえ映像で提出された資料を閲覧したとしても、こればっかりは簡単にわかるまい。そう思って訊いたのだが、返ってきたコメントは正鵠を射ていた。


『あなたは顔の右半分にひどい火傷を負っていますね。さぞつらかったことでしょう』

 正解をよこした上に、慰めの言葉までかけられた。

 ここまで詳細に把握しているとなると、首領様は地下施設の住人なのだろうか。

 疑問を解消すべく、遠回しにコメントを入力した。


『美琴先生は今、どこにいますか?』

『逸脱者を生んだ責任を問われ、懲戒処分させられたと聞いています。だから私が、先生からあなたのことを託されました』

『先生の居場所は?』

『自宅謹慎ではないでしょうか。それ以外のことはわかりません』


 首領様が地下施設にいるかどうかはわからない。

 俺はさらなる追及はせず、核心に迫った質問を投げかけた。

『不躾に尋ねますが、あなたは何者ですか?』

『私は海兵自衛隊の人間で、あなたが美琴先生と呼ぶ元担当官とは、同じ釜の飯を食べた仲間です。先生からあなたのことを託されたのは、そうした縁があったからです』


 戻ってきたのは想定外の答えだった。美琴先生が自衛官だという点は言うまでもなく、首領様まで制服組だったとは。俺はてっきり厚労省の役人だと思っていたが、それは美琴先生の発言が根拠だった。首領様が正しいのだとすれば、先生は嘘をついていたことになる。予期せぬ事実に手が震え、指先に力がこもる。


『先生はあなたを厚労省の監察官だと言っていましたが、それは嘘なのですか。もし嘘だとすれば、どうしてそんな嘘をついたのですか』

 気づけば詰問調になっていたが、首領様はそれを諭すようなコメントを返した。


『先生はきっと、あなた方の恐怖心が本物になることを怖れたのでしょう。私が自衛官だと知れば、セレブレ計画の本当の目的があらわになります。人間らしく育てられたぶん、あなた方はとても臆病に育っています。だからたとえ嘘だとしても、それは必要悪です』

 当を得た説明に、何も言い返せなくなった。

 唖然としていると、コメントは次々と押し寄せてくる。


『あなたは今、クラスで孤立していますね。同じように虐待を受けた渚・Hと口をきいてすらいない有様だと伺っています。とはいえ元気を出してください。あなたは過酷なめに遭いましたが、生存することに成功しました。そのことを純粋に喜ぶべきです。


 私はもう、あなたや他の生徒たちを管理する立場にありませんが、これだけは言っておきたいと思います。憎しみは何も生みません。逸脱した康介・Hと同じ末路をたどらないよう、どうか賢明な行動をなさってください』


 短いやり取りはそこで終わったが、画面の半分を埋めつくしたコメントを俺はじっくりと眺めた。一見すると首領様は、俺に自制を説いていた。しかしそれと等しいか、あるいはより重要なメッセージとして賢明さを求めていた。


 俺が知りたかったのは、首領様が俺たちの味方なのか、それとも敵なのかだったが、考え抜いた末に前者だと判断した。つまり罠ではないと解釈した。なぜならそのとき俺は気づいたのだ。このコメントは、首領様なりのアイロニーであることに。彼は俺の逸脱を許容するつもりなのだ。


 思えば美琴先生も似たようなことを言っていた。康介以上の賢明さで叛逆をなし得る者がいるとすれば、それは革命という言葉こそがふさわしく、同時に失敗のない人生を生きていくことを心から願っていると。


 先生が離任の際、俺たちにはアイロニーが足りないと言い、その価値を強調したのは、先生なりの知恵を絞ったメッセージだったのだろう。先生は、俺たちを逸脱へ導くという本心を隠すため、巧妙な嘘をつき、一番伝えたいことを皮肉にくるんだのだ。


 その気持ちは今ならわかる。俺は康介のように真っ正直になれない。本音を巧みに隠してしまう。行動で示すだけでいいと思ってしまう。俺は常に本心を隠す。初めて本音らしきものを見せたのは聖良と話したときだけだ。俺は兵士になる覚悟ができている。聖良にそう言ったのは本当の気持ちだ。プロジェクト・メイヘムは、俺個人の願望ために起こすのではない。


 いつの間にか日はかげり、部屋は暗くなっていた。初めてチャットというものをやった興奮はまだ残っていたが、俺は軽い自責の念にかられた。首領様が味方だとわかれば、美琴先生を疑う理由はなくなり、先生を疑ったことが申し訳なく感じられたからだ。先生が俺たちを人間として扱ってくれたことには感謝している。その熱意にも。


 先生は味方です。だから怖がりません。俺はもう一人ではないのだから。

 首領様と美琴先生。二人へ向けた信頼を足がかりに、俺は一度は不可能だと思った計画の続行を心に決めたのだった。

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