†:革命を継ぐ者 5
とはいえあいつの挫折が、俺を窮地に陥れたことに違いはなかった。康介に逃走資金を渡し、逸脱を幇助した生徒Aがいることを、離任前の美琴先生がクラスメートたちに宣言したからだ。
このクラスに康介を継ぐ者がいる。後任となったシンジに連帯責任をほのめかされ、H組生を襲った動揺はいかほどだったろうか。変質したクラスの空気を掌握したのは琉架だった。彼は生徒Aを洗い出すと称して、シンジの指示のもと「自主的に」捜査を開始した。
俺は美琴先生から、メールでネット接続端末の在処を教えられていた。勿論、情報だけ記憶し、メールは削除したが、シンジという後ろ盾を得た琉架の追及は止まらなかった。
美琴先生の情報によれば、シンジは海兵自衛隊出身の担当官で、今や担当官たちを束ねる地位にいるという。強権を有した軍人に容赦などない。俺は自分が真っ先に疑われる立場なのは知っていたし、その追及をのらりくらりとかわすのが難しいことも理解していた。
だから中途半端な抵抗は無意味だと悟り、徹底して被害者のポジションに立つことにした。具体的に言えば、琉架の行動がエスカレートするように仕向け、彼の気の済むまでやらせることにしたのだ。
訓練したとおりに振る舞えば、勉強しか能がない琉架を制圧することなど楽勝だったが、プロジェクト・メイヘムを遂行する上では、弱者を装うほうが得策である。渚を巻き込むのは心苦しかったが、彼は俺が目で合図すると、その意図を十分に汲み取ってくれた。元々頼りなく非力な渚ではあるが、彼とて康介に鍛えられた兵隊の一員だったわけだ。
次の逸脱者が出ることを止めねばならない。そうした認識で固まったクラスの総意は、琉架という暴力装置によって増幅されたが、おかげで俺たちの被害者ポジションは完全に確立した。最後の乱闘の末、琉架は俺を屋上から突き落として殺そうとしたが、それこそがあいつの勘違いだった。
正義は自分の側にあるという思い込みによって駆動されていたのだろうが、本当は逆だ。大怪我を負い、虐待にさらされた俺のほうに真の正義はあった。そして琉架が思うように、屋上での戦闘は、勉強馬鹿同士の争いではなかったのだ。
本気を出した俺は、容易く立場を逆転させ、地獄の底へ琉架を叩き落した。あいつは死に到る瞬間まで、俺が何者であるか知ることはなかっただろう。
生徒Aの追及劇において、誤算はシンジの死だった。俺はあいつを殺すつもりはなかったし、琉架を葬ることでケリはついたと思っていた。ところが屋上に一人でへたりこむ俺を見た途端、シンジは俺を、猛烈な勢いで追い込んでいった。
「琉架はどうした」
拳を打ち込まれながら、そんな怒声を浴びせられた気がする。シンジは自衛官だ。力勝負ではあまりにも分が悪く、それどころか俺は、新たに登場した敵に殺されかけていると思った。
やむなく腰を沈め、巴投げをかけた。ブレーキの壊れた車のように前進する一方だったシンジはふわりと浮き上がり、その体は空の向こうに消えていった。俺を侮ったことで、結果的に二人の人間が死んだわけだが、事実俺は殺されかけており、その証拠は監視カメラが残してくれた。正当防衛は成立し、罪に問われることはなかった。
残された担当官たちは俺を一貫して被害者として扱い、慰めの言葉すらかけてくる者がいたほどで、これは戦略の勝利だった。
たった一つ敗北の要素があったとすれば、それは聖良の想いを知ってしまったことだ。康介が生きているという美琴先生づての情報を教えると、彼女は露骨に驚いた顔をした。慌てて平静を装っていたが、その表情には深い安心感のようなものが漂っていた。
康介の生存が、彼女に希望をもたらしたのは明らかだったし、クラスの総意に逆らった理由も、康介への想いがなせるわざだと思えば辻褄は合う。いっそ康介のように髪を短くしておけば、彼女の気持ちも変わっただろうか。そんなくだらない想像が浮かんだが、すぐにパチンと弾ける。初等科の頃から抱き続けてきた恋心を、俺は戦闘訓練に打ち込むと言い訳をつけて頭の隅から追い払った。




