†:手紙 4
わたしは、あなた方が自分たちの特別さに胡座をかいていたとまでは申しません。
なぜなら一般生徒が動物化していることは、人間らしさから遠ざけられてきたという意味で、それなりに的を射た指摘だからです。
自分たちは事実を言葉にしたまでだ。あなた方はきっとそのように反論したいことでしょう。
それに一般生徒に抱いた差別意識を、ほとんどのH組生は決して表沙汰にはしませんでしたね。表面的には人間だと思っておりますし、尊厳も認めているが、仲間だと思いたくない、あなた方の抱く気持ちはそんな感情でしょうか。
けれどわたしは、あなた方が得た特権のうち、いくつかの部分については認めるべきではなかったと思っています。
一般生徒は学内のGポイントを入手できても、現金化してショッピングを楽しむことはできません。購入できる端末も限られたものでした。
それに対してあなた方は、ネットにつながる端末以外なら、どんな機種でも買うことが許されましたし、ポイントを現金化し、好きな衣服を買うこともできました。
こうした差別的な政策が、H組を他のクラスから分離するためのものだったという点で、簡単に否定できないものだったことは理解できますが、そのおかげでH組と一般生徒の間に埋めがたい溝ができ、あなた方に「自分たちは特別だ」と思い込ませる特権意識が芽生えたこともまた、否定しがたい事実です。
もしあなた方と一般生徒を平等に扱うことにしていれば、先月の修学旅行も、全クラス参加の有意義なイベントになったことでしょう。ですが実際には、H組だけが東京行きを許され、外の空気を満喫することができました。
Gポイントを現金化できるおかげで、学内の購買では入手できない服や小物、テレビゲームのソフトを買うことができました。きっとあなた方は、無自覚のうちに特権階級のような気分を味わったのではないかと思います。
「そんなことはない」と和希くん辺りは否定するかもしれませんが、現実はどうでしょう。
学年一位のあなたでも、H組にいれば、「エニモー」という蔑称が飛び交っていたことはご存知のはずです。
自分より劣ったものを見いだし、それと比較することによって人間性の根拠とする考えは、人類が生み出した恐ろしく愚劣な思想として今では歴史的に反省されていることです。黒人を奴隷とし、植民地を広げていった蛮行は、まさに人間性という点で優れているのがヨーロッパ人だという価値観によって正当化されたのですから。
こうした理由から、わたしは、このH組だけを修学旅行に連れて行くことに反対でした。
けれど「外部並み」というお題目によって、それは実行されてしまいました。その裏には、生徒のみならず、担当官にとってもここが「人間らしさ」を証明するための特別なクラスであるべきだという認識があったからです。
他の一般生徒には、欲望を解消する娯楽を適度に与えておけばよい。そうした動物扱いとは無縁なあなた方には、他の生徒とは異なる恩恵、評価軸があるべきという考え方は、実に浸透しやすかったことでしょう。皆さんが信じている「首領様」という存在も、あなた方が受け続けた特別扱いの驕りから生じたのだとわたしは思っています。
あなた方が呼称した「エニモー」がまったく自然発生的な現象だったように、「首領様」という観念もまたどこからか泡のように浮かび上がったものでした。
H組の担当官として申し上げれば、わたしは首領様の噂については熟知しております。
学校の担当官を束ねる上司のような人物であること。セレブレ計画の推進者であり、彼が奉仕先の決定権を握っているということ。
あなた方の人間的成長を測り、それをもとに進路を決めているということ。年齢は三十代後半の独身男性であること。
完全な推測からよくもまあクリアな人物像を描き出したものだと思いますが、あなた方にとっては死活問題なのだから、そこに多くのエネルギーが投入されたのは必然的なことだとも思っています。
そんな皆さんの期待、もしくは不安に応え、心の安寧をもたらすために告白すれば、首領様は存在します。彼は厚労省から派遣された監察官です。
密かにこの施設を訪れ、あらゆるデータを精査すると同時に、あなた方が書いた「詩」を読みました。特別に設けられたクラスの生徒に、果たして人間性が芽生えるのか。そうした外の世界の疑問に答えるべく、監査と称して、あなた方をチェックをしていました。
ここで、そうしたあなた方の生殺与奪権を握る人物が実在したことをはっきりと告白しておきます。そして客観性という目を持った彼だからこそ、首領様はこの学校の歪みを、わたしたち担当官以上の透明さで認識することができました。
担当官の反対多数にあって否決されましたが、彼はわたしと同じく、H組だけを修学旅行に連れて行くことに反対でした。理由は、人間扱いの行き過ぎです。セレブレ計画を推進するからには、世論の納得を得なければならない。そのためにつくったH組が、期待した以上の成果を出しつつある。彼はそこに気づいたのです。一人のイレギュラーを通じて。
これは、あなた方が知りたがっていることの一つでしょうが、こうした機会は最後でしょうし、話せることは残らず話しておくことにします。
このH組が生み出した異端の生徒、過剰に人間らしくなった康介くんは、上の組織の命令を受けつつ、脱走をくわだてた国家反逆罪、及びその途中で犯した殺人の罪によって処分されることになりました。
彼が修学旅行という外の世界に出るチャンスを見計らって逸脱したことは、一部の生徒なら目の当たりにしたことでしょう。そうした反抗の結果が今回の処分でした。
意味がわかりにくい?
確かにオブラートに包みすぎていましたね。ですがそう答える他に、わたしには皆さんに詳細を伝える権限がありません。お役人の世界では権限が全てです。とにかくはっきり言えることは、康介くんには皆さんが想像しているとおりの重い処分が下され、もうH組に戻ってはこないということです。
この決定はあなた方にとってショックなことと思います。
なにせ彼は、クラスの中心から外れていながら、同時に強い影響力を持っていたのですから。
彼を慕う生徒も数人おりますし、逆の意味で執着する生徒も何人かいるでしょう。
そして多くのH組生にとって彼は不可思議な人物でもあったはずです。
自分を特別な存在だと思うH組生の習慣に反して、彼は一般生徒、あなた方流に言えばエニモーとの交流を避けない珍しい生徒でした。そして彼ら彼女らの側に寄り添おうとしました。
そもそも一般の生徒はセレブレの意味さえ知りません。考えようともしません。あなた方と異なり、一般生徒は多様な「物語」から遠ざけられています。
娯楽と言えばGポイントを利用した各種の賭博、そして平和のために敵を倒す戦争シミュレーションゲーム。自由と正義のために戦うストーリーが称揚されました。それは勧善懲悪と呼ばれているものです。
あなた方なら、それが孕む欺瞞はよく理解しているでしょう。
一般生徒に浸透していたのは、決して野蛮な人殺しではありませんでした。それは俗に「平和主義」と呼ばれるものです。
この世には絶対的な正義があり、それを振るって、平和をもたらすのは自分たちであるという思想。あなた方は、そうした考えが偽りであると知っています。けれど知っているだけで、一般生徒に教えたり、彼ら彼女らの考え方を変えようとする真似はしませんでした。ある種の選民意識のなかで交流さえなかったのだから、当然のことだと思います。
康介くんはその状況に抗いました。
人間らしく育ち、かつ一般生徒を差別しなかった、実に規格外な生徒でした。
そんな康介くんですから、担当官たちは、常に彼の存在を意識していました。彼が学校の秩序を危うくするような行動に出ないか、絶えずチェックしていました。
けれどH組に限った監視ならできても、一般生徒の数は比較にならないほど多く、結果論で言えば、十分な管理が行き届かなかったことは否定できません。わたしたちが事態の由々しさに気づいたのは、康介くんが全てを成し終えたあとになってからでした。
学内の調査結果を受け、わたしたち担当官は、康介くんの存在を危険視する首領様の提言にもっと耳を傾けておくべきだったと悟りました。
言い訳に聞こえるでしょうが、修学旅行に同行したのはわたしと副校長の二人でしたし、肝心のわたしはクラスメートの目による監視があることでどこか安心していました。
そんな緩い監視の目をかいくぐって康介くんが企てた計画――プロジェクト・メイヘムは、担当官であるわたしの隙をついたものではありましたが、同時に修学旅行中の皆さんという衆人環視の下、遂行されたのです。H組の生徒だけでなく、一般生徒の力も借りて。