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†:母になり損ねた女 8


 官邸から連絡を受けたのは、数日後のことでした。こんなに早く実現するとは思いませんでしたが、早かったのには理由がありました。わたしが面談した柴野氏が、こちらの要望を伝えてくれたことにくわえ、少年Hの処遇が決まったからでした。


 その頃、わたしを取り巻く状況は広がりを見せ、深刻化していました。大げさな物言いになりますが、わたしは窮地に陥っていました。国会の場で野党が攻勢を強めるばかりか、マスコミが少年Hの情報公開をあらためて申し入れてきたのです。


 彼らが執拗に食らいつく事情はわかります。外の世界なら、たとえ子供であろうとも、個人情報はあっという間に掘り起こされますが、地下施設の子供たちはネットとも密な人間関係とも無縁です。政府が情報を出さない限り、彼らは望む果実を手に入れられないのです。


 とはいえわたしはそれに答える権限も能力もありませんでした。なにせわたしは、少年Hの名前すら知らないのですから、少年法と人権的見地の二つを盾に、のらりくらりと答えるのが精一杯でした。


 代わりに掘り起こされたのは、鷹木(たかき)玲子(れいこ)というわたしの個人情報でした。情報不足にいらだったマスコミは、わたしの過去を暴き出しました。記者会見の場でセレブレの子供がいることが暴露されたとき、わたしは心臓が止まるかと思いました。公私混同は勿論のこと、政治家枠という特権を享受したことがやり玉にあげられました。


 厚労省が情報を漏らしたのでしょうか。だとすれば、とんだ裏切り行為です。結局、わたしはセレブレの子供がいることを認め、公私混同と呼ばれても仕方のない行いだったと謝罪するはめになりました。ニュースのネタに飢えていたマスコミは、その謝罪会見を直ちに記事にしました。わたしは動きの鈍い厚労省とセットにされ、ひどいバッシングの対象となりました。


 官邸と連絡をとったのは、個人攻撃に耐えかね、辞任を申し出ようと思ったときでした。

「話は柴野さんから聞いた」

 その電話は総理直々のものでした。喉元まで出かかっていた辞意を、わたしは必死にのみ込みました。


「マスコミの攻勢にもよく耐えてくれた。私的な事柄までバッシングの対象となって、さぞつらかったろうと思う。その対価というつもりではないが、あなたに少年Hの見学を許可しようと思う」

 見学? 一体なんのことかと思いました。

「わたしに何を見せようというのですか」

 語気を強めたわたしに、総理は言いました。


「来週、少年Hの処分がおこなわれる。以前に言ったとおり、少年法の対象にはならず、軍人として軍のやり方で罰が下される。残酷なことだろうが、少年Hはそれだけのことをしたのだ。あなたにはわれわれの判断とその結果を見届け、歴史の審判に耐えうるだけの記録を残すべく、処分の場に立ち会って貰いたい」


 総理のその言葉に、わたしは目の覚める思いでした。記録係と言えば聞こえは悪いですが、面談で言った台詞はリップサービスではなかったのです。


 とはいえ浮かれる気分はまったくありませんでした。むしろその逆で、わたしは重責に押し潰されそうな気さえしました。軍のやり方で処分。人ひとりを殺した犯人です。少年法が適用されないというからには、それがどういう罰を意味するのか、想像は難しくありませんでした。


 だからわたしは、総理との電話を切ったあとにも、手の震えが止まりませんでした。もし立ち会わずに済むなら、逃げ出したほうがよほどいい。そんな悍ましい場面に向き合おうとしていることを、わたしは短いやり取りの中から感じ取っていました。

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