†:告発者の詩 6
「君たちは素晴らしい働きをしました」
琉架くんが強制捜査をおこなった翌日のホームルーム。シンジは教壇に立ち、わたしたち一人ひとりの目を見つめながら、琉架くんの起こした集団暴行を褒めちぎりました。
「ぼくは渚と和希の名前を出さなかった。しかし君たちは、誰が次の逸脱を起こす可能性があるのかを、ちゃんと理解していたのですね。荷物チェックと真実の追及。多少荒っぽい手段に出たことは否めないが、渚と和希は康介の友人だから、筋は通っている。そしてその追及に屈しなかった渚にも拍手を送りたい。君はその身を張って、自分が逸脱しないということをみんなに示したんだ。これで逸脱の危険性は減った。君たちは自主的にそれを成し遂げた。担当官としてこれ以上の喜びはない」
そう言ったシンジの視線の先には、坊主刈りになった渚くんの姿がありました。制服は燃やされてしまったので、ジャージ姿です。
ちなみに和希くんは彼よりも重傷で、いまだに学校付属の医療センターから出てこられません。でもそうした事態を前にして、シンジは嬉しそうに目を細めました。
「いいかい、諸君。もしぼくが逸脱を止めようとしたら、下した罰はこの程度では済まなかったと思ってほしい。しかし君たちはみずからの手で、その影響を最少化できました。これで我がH組は無事卒業式を迎えられるだろう。ぼくはそう信じています」
シンジの拍手に、クラスメートが続きます。教室は薄ら寒い音で満ちました。
「だが、残念なことに一人だけこうした賛美にふさわしくない者がいます。彼女は一人だけ安全地帯に立ち、渚と和希の追及をおこなわなかったという。そんな卑怯者が誰か、君たちはよく知っているのではないだろうか」
教壇のシンジと目は合いませんでしたが、代わりにクラスメートの視線が肉を刺す針のような鋭さでわたしに注がれました。そこで一拍置き、シンジがわたしのほうを見ました。
「聖良。君は追及の際、このクラスの女子で一人だけ反対したようですね。同様に反対した渚と和希が怪我を負ったのに君だけ無傷なのはどういうことだろう。彼らと同じ追及を受けないというのは、少しずるくないか?」
すーっと背筋が寒くなりました。わたしは慌ててこう言い繕いました。
「私物チェックならわたしも受けました。それに逸脱する気はありません」
「その気があるかどうかは、君が判断することじゃないよ。君は幸いなことに、自分が希望したとおりの奉仕先に内定した。だから逸脱の可能性は薄い。そういう理屈で考えているのかもしれないが、ぼくは納得しない。なぜなら康介と一緒だからだ。恵まれた奉仕先を得て、余裕のある者が逸脱を起こすんだ。苦しんでいるみんなをよそに、他人のことを考える余裕のある者がね」
奉仕先のことを公言されたのは、さすがに頭にきました。
でもその瞬間、シンジに対して腹を立てている場合ではなかったのです。わたしが奉仕先に恵まれたことを知って、クラスの空気が音を立てて変わっていきました。
委員長という立場から正論を言っていたのではなく、安全地帯に立っていたからこそ追及に反対できた。それは確かに事実でした。わたしだって逆の立場だったら同じ結論に到ったと思います。
現に友人だと思っていた巴と麻由子は、前方の席から冷ややかな視線を送ってきました。わたしの奉仕先を知って、不遇な自分と比較し、嫉妬心にかられたことが伝わってきました。
「聖良には、渚や和希が遭ったのと同じ思いを味わって貰わなければならない」
シンジの発言を受けて、琉架くんが近寄ってきました。その動作は迷いがなく、とても素早いものでした。そして彼は押し殺した声でこう言いました。
「委員長。僕は自分だけ高みに立っている奴が嫌いなんだよ」
どこから取り出したのか、誰かがガムテープを持ってきて、わたしを椅子に縛りつけました。勿論、力一杯抵抗をしましたが、数人がかりでは相手になりません。
「君は康介のことが好きだった。だからあいつの肩を持っている。その事実を認めるまで火は消さないぞ」
わたしの耳許で、琉架くんは震え上がるようなことを囁きました。そうして彼は、和希くんたちを焼いたライターを取り出しました。
恐怖心がわたしを襲い、「逸脱なんてするわけないじゃないの!」と叫んだ気がします。
暴れて唾を吐きかけました。それを顔面で受け止めた琉架くんの向こう側に、瞳をじっと動かさないシンジの薄ら笑いが目に入りました……。
これ以上は思い出すのもつらくて、書くことができません。わたしは和希くんたちのようにライターでスカートを焼かれ、自慢の制服を台無しにされました。
――でも、替えの制服がある。
わたしは意識を保っていた最後の瞬間、そんな見当違いなことを考えていました。心に余裕があったのか、それとも現実逃避をしていたのか、自分でもよくわかりません。
一つだけはっきりしているのは、琉架くんとシンジに対し、猛烈な殺意が湧いたということです。わたしは逸脱なんて度胸のいる真似は考えたこともありませんでしたが、彼らが滅びればいいと心の底から願いました。そんな黒々とした感情を抱いたのは本当に初めてのことでした。