†:告発者の詩 4
恋慕、というのでしょうか。わたしはそれを決して表に出すことはなく、ただ康介くんのことを見ているだけの生徒でした。
ひょっとすると琉架くんは、そうした感情を見透かしたうえで、わたしの私物もチェックさせたのかもしれません。公平を期すために書くと、琉架くんのやり方に賛成しなかった理由の多くは、わたしたちの人間扱いが頓挫するからではありませんでした。
もしもこの場に康介くんがいたら、果たしてどういう対応をとるだろうか。わたしはその基準に立って琉架くんの下した裁きに反対しました。
とはいえ、多数にしたがわなかっただけで、結局わたしは何もできませんでした。琉架くんの指示のもと、和希くんと渚くんは椅子に縛られました。
そして拷問のようなことをされました。秘密にしていることを吐くまで拳で殴られる、そういった暴力的なやり口でした。
彼らを殴りつけたクラスメートは、自分たちの行為を「使命」と呼んで正当化しました。康介くんという礎石を失ってクラスに広がった動揺は、べつの支えとなる捌け口を求め、暴走を始めたのです。連帯責任を怖れて生け贄を選び、逸脱につながるような秘密を吐かせるべく、いじめと呼ぶには激しすぎる暴力を振るったのです。
半ば自主的に、半ばシンジの作った空気にあわせて。
わたしはと言えば、そんな凄惨な場面に対しているのにもかかわらず、ひたすら現実逃避をしていました。今では座る人のなくなった康介くんの席を眺めながら、在りし日の彼を思い浮かべていました。
康介くんは本をよく読みましたが、娯楽で買った漫画もそれ以上に愛読していました。漫画を読むときの彼の笑顔が、わたしはとても好きでした。とても子供っぽく、純真さに満ち溢れていました。わたしは自分の恋心を愛おしく思い、いつまでも大事にしておこうと思っていました……。
そんな現実逃避の最中にも、虐待はエスカレートしていきました。琉架くんが、購買からライターを買ってきたのでした。ライターが売っている理由は喫煙する担当官のためでしょうが、無論彼の狙いはべつなところにありました。
いくら殴打しても秘密を吐こうとしない二人に業を煮やし、暴力の質を変えたのです。秘密などそもそも存在しないのではないか。まともな思考はその場から姿を消していました。
ライターを手にした琉架くんは手始めに渚くんの制服に火をつけました。制服の裾についた火はやがて炎となり、渚くんの背中と髪を焼きました。渚くんは苦痛に悶えながら、絶叫を上げました。
和希くんが、渚くんの名前を連呼し、「やめてくれ!」「やるなら俺をやれ!」と大声で叫びました。まるで康介くんがそこにいるかのような叫び声でした。
それを聞いた琉架くんは、水が大量に入ったバケツを渚くんの頭にぶちまけ、「望みどおりにしてやる」と暗い声で言いました。
次に琉架くんがライターを近づけたのは和希くんの胸の部分でした。そこに火がつくと、直接顔に炎が立ち上ります。あまりに危険で、苦痛のほどは半端ではないでしょう。
だけど琉架くんに躊躇はありませんでした。クラスの監督責任者であるシンジが「次の逸脱を防ぐためなら、どんなことをやってもいい」と言っていたせいもあって、リミッターが機能しなかったのだと思います。
そのように言うと他人事みたいですけど、わたしだってそれが許されない行為だということは理解していました。だから「もうやめなよ! 酷すぎるよ!」と声をあげましたが、その程度の抵抗で現実が変わらないこともわかっていました。
わたしは自分を顧みて、一応止めようとしたのだ、というアリバイがほしかったのだと気づきました。クラス全員が裁きに荷担している中、わたし一人が反対したという証拠を残したかったのです。なんという卑劣さでしょうか。
案の定、琉架くんはわたしの発言を無視して、和希くんの制服に火をつけました。立ち上った炎は彼の顔と前髪を焼き、和希くんは呻き声を発しました。
それでも彼は秘密を吐こうとしませんでした。
琉架くんは何の成果も上げられなかった自分に苛立ったのか、すぐに火を消そうとしませんでした。
もしかすると琉架くんは、和希くんのことを焼き殺すつもりだったのかもしれません。段々クラスメートの間に戦慄した空気が流れ始め、「もういいんじゃない」「そろそろ消そうよ」という声が聞こえてきました。
それでも琉架くんは、目の前でうねる炎をじっと眺めているだけでした。
やがて苦痛に耐えかねた和希くんが椅子ごと倒れ、床に炎をこすりつけました。熱い湯に放り込まれたエビのように跳ね回る和希くんを見てみんな絶句していました。たった一人、琉架くんだけがつまらなそうな顔でバケツを掲げ、「くそ、無駄骨かよ」と言い、この凄惨な出来事の幕を引くように、冷たい水を和希くんの体へ浴びせたのでした。
本日もう二話投稿します。21時頃、24時頃になるかと思います。




