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†:告発者の詩 3


 首領様――あなたはとっくにご存知のことと思いますが、わたしたちは、少なくともH組の生徒たちは、様々な可能性の内から二つの奉仕先に配属されることを嫌っていました。


 その一つが臓器提供者になること。

 もう一つが海兵自衛隊の自衛官になることです。


 誰でも痛い思いはしたくないし、戦場で死ぬのは避けたいものです。なのにそれらの奉仕先に就けば、重度の糖尿病患者のために腎臓を提供するかもしれないし、A組の成功例にもとづいて、人間兵器にさせられるかもしれません。


 シンジがわたしたちに「変更」を匂わしたのは、せっかくよい奉仕先に恵まれたはずの生徒に恐るべき未来を暗示することと同義でした。最高の支配は恐怖によると言いますが、このわたしでさえシンジの言うことには屈服してしまいそうでした。


 一体彼は、どんな権限があってわたしたちに連帯責任と奉仕先の変更を強いることができたのでしょう。(つたな)い想像をめぐらすと一つの答えに辿り着きました。それは美琴先生がほのめかした、海兵自衛隊から出向した担当官(先生が現時点におけるこの学校の最高責任者だと仰った人物です)が他ならぬシンジなのではないかという回答です。


 これまでこの学校は、厚労省の監察官であるあなたが支配していたのが、大人たちの事情によって自衛隊が主導権を握ることになった。そしてそれに該当する人物はてっきりA組の担当官である片桐先生だと思っていたのに……この考えに到達したときわたしは怖気を振るいました。


 一旦そうした考えに取り憑かれると、確かにシンジは、教師というより軍人に近い雰囲気がありました。上背もあり、引き締まった体格をしている。何よりも目つきが異様に鋭い。

 むかし読んだ本に、自衛官の眼差しが、いかに一般人と異なるかを示す描写がありましたが、わたしもその本の作者と同じことを考えました。


 ひょっとしたらシンジがこの学校を支配している? その疑問は突飛ではありましたが、二年時に赴任してきたというタイミングは絶妙です。

 それに、従来の最高責任者である首領様を押しのけ赴任した「王様」が彼だとすれば、色々な疑問に答えが出ます。


 着任早々、わたしたちのクラスを速やかに掌握したこと。奉仕先の変更を迷わず口にできたこと。そして康介くんの意志を継ぐ者に弾圧を加えるという尊厳無視を平気で指示したこと……。

 彼のやたら示威的な態度にも納得がいきます。もっとも彼は、美琴先生が少年Aに残したネット接続可能な端末については言及しませんでした。


 この学校では外部とのアクセスを制限するため、ネットというコミュニケーションツールは利用できませんでした。だから美琴先生が、康介くん以上に賢くできるなら、という留保つきで、端末を利用した逸脱を認める発言をしたのは驚きでしたし、その事実は盗聴でもされていない限り、わたしたちしか知らないことでした。


 裏を返せば、シンジよりわたしたちのほうが、逸脱の可能性を強く認識していたとも言えるでしょう。そうした背景があるために、シンジの着任挨拶を受け、琉架くんが具体的な行動に移そうと言い出したとき、わたしはそれを意外とは感じませんでした。


「学級会を開こう」


 学習プログラムが終わっているので、わたしたちは自由授業を始めようとしているところでした。そのタイミングで、琉架(るか)くんはクラスメート全員にそう呼びかけました。


 琉架くんは和希くんに継ぐ、学年二位の秀才で、わたしと一緒に男女の学級委員長を務めていました。そんな発言力のある彼が言い出したことに、クラスは沈黙しました。


 でもそれは否定の意味合いではなく、みんなシンジの挨拶に度肝を抜かれ、まともな反応ができなかったのだと思います。自主的に学級会を開くことは、決して珍しいことではありませんでしたし、幸か不幸か、その場にシンジはいませんでした。


 だから琉架くんの発案によって臨時の学級会が開かれたのはH組生のほぼ総意だったと言えるでしょう。「ほぼ」と留保つきで書くのは、わたしはそこに不穏なものを感じて気持ち的には反対でしたし、同じように乗り気でない生徒はいたはずだと思うからです。だけど彼ら彼女らも、琉架くんの次の発言によって反対することができなくなってしまいました。


「連帯責任になるんだ、僕たちだけで解決しよう。奉仕先の変更なんて目に遭ったら悔やんでも悔やみきれないだろ。聖良さん、僕と一緒に議長席について」


 このときばかりは、自分が委員長という職務についていることを恨みました。

 だけどシンジの発言を繰り返した琉架くんによって、クラスの空気は一つの方向にむかいました。誰も自分の未来を捨てたくなかったのです。たとえそれが誰かを傷つけることであっても、このクラスからあっという間に理性は蒸発しました。


 それについてはわたしも同罪です。わたしは琉架くんと共に議長席へつき、学級会の開催を宣言しました。とはいえ会議の流れをリードしたのは終始、琉架くんでした。


「このクラスには逸脱した康介と親しかった生徒がいる。担当官たちの疑惑の目は、彼らに向いていると言ってもいいだろう。美琴先生が言っていた生徒Aが次の逸脱を起こさないためにも、僕は彼らのチェックをし、その動向を見張らなくてはいけないと思う。事は全員であたろう。僕たちは一人ひとりこのクラスに責任を持っている。勿論こうした措置を講じるのは、誰かをやり玉にあげるためじゃない。担当官の抱いている疑惑を自主的に排除するためだ。それは結果的に僕たち自身のためになる。みんな、納得してくれるだろうか?」


 琉架くんの言い回しは巧妙でした。シンジの意向にしたがったのは他ならぬ彼なのに、その責任を巧みにクラス全員へと転嫁しました。だけど多くはそれに気づかず、あるいは被害が自分たちに及ぶことを怖れ、彼の発言を受け容れたようでした。

 その証拠に、琉架くんが挙手を求めると、ほとんどの生徒が手を挙げました。例外はわたしと、和希くん、渚くんの三人でした。琉架くんはわたしのほうを振り向き、こう言いました。


「聖良さん、議長だからといって挙手をしなくていいわけじゃないよ」

「でもわたしは……」

「反対というならそれでもいいさ。しかし賛成多数で対応は決まった。いいかい、みんな。これから監視を拒否した男子――生徒Aの候補である和希と渚の私物チェックを手分けしてやろう。それが終わったら女子である聖良さんのチェックもおこなう。この三人は康介と仲が良かった人びとだ。どんな些細なものでもいい。次の逸脱に通じそうなものがないか調べ上げてくれ」


 琉架くんの号令によってクラスメートたちは行動を開始しました。彼の的確な指示で、和希くんと渚くんの身につけているものをチェックする者、彼らの部屋を家捜しする者、取り上げた端末をチェックする者……大まかに三つの班に分かれました。


 その動きはまるで一つの生物が有機的にうごめているようで、わたしの目にはとても気持ちが悪いものに映りました。和希くん、渚くんがまったく抵抗しなかったため、なおさらそう見えました。


 対するわたしはと言えば、自分の私物チェックが始まることをただ怯えながら眺めているだけでした。わたしは康介くんから何かを託されたわけじゃない。自分でもそうわかっていながら、恐怖は消えませんでした。琉架くんはわたしが康介くんと仲が良かったと言っていましたが、それはおそらく彼の認識違いです。わたしはただ、片思い的に康介くんのことを見つめていただけなのですから。


「何か出てきたか?」


 二人の部屋から戻ってきた生徒に、琉架くんは厳しい目を向けました。

 彼女らは首を横に振りました。


「美琴先生は、僕たちに端末を残したと言っていた。それらしいものはなかったのか」

 彼女らは「なかった」と言いました。琉架くんは軽く舌打ちをしました。

「先生はメールを出したとも言っていた。端末のほうにログは残っていないのか」


 端末班は昨日づけのメールを中心に調べているようでしたが、そちらから特に気になるものは出てこなかったようです。


「おかしいな、そんなはずはない。校内SNSは調べたのか」


 琉架くんは強い調子で言いますが、該当するものはなかったのでしょう。端末班はお手上げという格好をとりました。


「まだ入手していない可能性がある。どうなんだ、和希。美琴先生はおまえに何かを託したんじゃないのか。僕たちの命運がかかっているんだぞ。知っていることがあるなら全部話してくれないか」


 やっぱり琉架くんが目星をつけているのは和希くんのようでした。人間性の発露という点で、このクラスを影から支配していた康介くん。そんな彼ともっとも仲が良かったのは和希くんでした。


 友人というのは、きっと彼らのような関係を意味しているのでしょう。だからこそ琉架くんは、和希くんを洗えば何らかの証拠が出てくると踏んでいたようです。でも、和希くんの身辺を洗えど、物証らしきものは皆無だったようでした。


「女子のみんな、聖良さんの私物も調べてくれ」


 ついにわたしが調べを受ける番になりましたが、疾しいところのないわたしにとって、それは痛くもない腹を探られる行為でした。案の定、部屋からも教室からも物証は出ず、報告を受けた琉架くんは苦虫を噛み潰したような顔になりました。


「何も出てこなかったみたいだな。これで納得したか?」

 されるがままだった和希くんがようやく口を開きました。

「俺は美琴先生と連絡を取り合ったりしてない。渚も同じだろう。それに俺たちだって、奉仕先の変更はご免被りたいし、連帯責任になったらみんなに迷惑がかかる。そんなハイリスクなことに手を染めるわけがないだろ」


 和希くんの言い分は妥当性があり、琉架くんは押し黙ってしまいました。

 捜査に駆り出されたクラスメートたちは、その沈黙を静かに見守っていました。みんな、琉架くんの次の発言を注視していました。


「常磐先生は、逸脱する可能性のある奴らを監視しろと言った。僕はみんなのためにそれに耳を傾けるべきだと思う。今ここで物証は出なかったが、メールを削除して美琴先生のくれた端末を放置しているとすれば、辻褄は合う。だから僕は、何とかして和希と渚から話を聞き出すべきだと思う。実力行使に出ることになるが、これは正当な裁きだ。やむを得ない措置だと思う。賛成だと思う者は挙手してくれないか」


 口調を強めた琉架くんに押され、ぽつりぽつりと手が挙がりました。

 その動きはさざ波のように広がり、手を挙げていないのは和希くん、渚くん、わたしというさっきと同じ顔ぶれになりました。


「聖良さん、どうして君は賛同しない?」

 琉架くんはわたしの顔を見て、せっつくように言いました。

 わたしは少し迷ったあと、こう答えました。

「このH組は人間性を尊重されてきたクラスです。なのに次の逸脱を怖れて、シンジの言いなりになって、おかしいのはみんなのほうだと思う」


 わたしはクラスの全員に聞こえるよう、心持ち大きな声を出しました。康介くんと仲の良かった二人を擁護しようなどと考えていたわけでありません。わたしは美琴先生のつくったこのクラスが、べつの卑しい何かに変わるのが嫌だったのです。だけど琉架くんは、そうは受け取りませんでした。わたしの抗弁に彼はこう言い返しました。


「なるほど。しかし客観性を装っているけど、君は私情で抵抗しているわけだろ」

 私情? 一体何のことかと思いました。

「君は康介のことが好きだった。だから奴の残した意志に逆らえないんだ」

 琉架くんは口の端を歪めて笑い、わたしは言葉を失いました。

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