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セレブレの園  作者: 天ぷら髭寝違えサウナおじさん
第一章 祝福されし者
1/49

†:手紙 1


(三年H組の生徒たちが、学生寮の自室で各々美琴先生からの手紙(メール)を開く。端末に長いメッセージが表示され、起動音と共に自動音声が読みあげる)


    ♪♪


 ごきげんよう、皆さん。

 唐突ですが、光合成ほど女子生徒に嫌われた課題はなかったと思います。


 保健科目へわたしのチェックの目が届かないと知るや、紫外線照射をサボる子たちが後を絶ちませんでしたね。特に聖良(せら)さんたちの班。


 光合成――すなわち人工太陽照射プログラムがどれほど体のためにいいと頭でわかってはいても、紫外線を集中的に浴びれば、骨の健康な発育を促す一方、あなた方の顔は浅黒くなってしまう恐れがあります。

 外見を人一倍気にする思春期の子にとって、なかでも白い肌を望む生徒には、このプログラムは耐えがたいものだったことでしょう。そうした心の機微(きび)は、同じように思春期を体験したわたしにも、十分理解できることです。


 けれど皆さん、よく思い出してください。地下施設で生活するあなた方には、通常なに不自由なく得られる太陽の恩恵がありません。

 太陽の光がなければ、体内でビタミンDが生成されません。そうなれば骨の発育に異常が生じ、まだ年若いのに老人がかかるような病気に(おか)される恐れがあります。


 健康に育つこと。そのことを目的として課せられたあなた方は、同時に光合成を受ける義務を負っています。容姿の維持を優先して紫外線照射をサボった生徒には、ドクターからきついお説教があったことでしょう。


 サプリメントがあるから大丈夫? その考えが甘いのです。

 外の世界でも流行っていることですが、正直申し上げてサプリメントで得られる栄養は限定的なものにすぎません。自然の食物、自然の日光には、多くの複合的なメリットがあります。


 例えば紫外線には睡眠リズムを整える働きがあります。

 わたしたち人間は日光を浴びることでメラトニンという睡眠ホルモンを分泌します。それが欠乏すると、人体にとって大事な、睡眠という機構が崩れます。


 不眠症の子は学習効果が落ちますし、さらには健康を損ないます。地下施設という特殊な環境で育ったあなた方はただでさえホルモンバランスを崩しやすく、一般生徒の中には精神疾患で苦しむ子供たちが多いと聞きます。


 幸いH組からそういう生徒が出てこなかったのは、勿論運がよかったというのはあるかもしれませんが、光合成の実施をもっとも積極的におこない、ビタミンD摂取を食事面からサポートしたおかげだと思っています。そう、皆さんが苦労したきくらげ入りメニューですね。


 当初きくらげを生で食べさせたことは、わたしがあなた方に課した最悪のプログラムだったかもしれません。


 わたしは料理などしないから、きくらげがビタミンDを豊富に含むと知れば、まっさきに取り入れました。結果、食堂のシェフがきくらげを卵炒めにすることを発案するまでの間、たいして味もせず不味いきくらげを黙々と食べさせられるはめになったのだから、そのことでわたしを恨んでいる生徒もいると思います。


 けれど、外の世界の何倍も健康維持に気を配ってきたにもかかわらず、他のクラスではメンタルヘルスの自助グループが多いことは、皆さんもよく知るところでしょう。


 紫外線照射の総時間と鬱病の発生率には反比例の関係があります。本校の健康スローガン「鬱病ゼロ」を達成できたのは、手前味噌ではありますが、わたしが皆さんのサボタージュを知り、光合成を厳しく管理した成果だと自負しています。


 ところが近頃、教室を見渡すと、心を病んだ人のように瞳を濁らせてる生徒が目につきました。緊張からか、怯えからか、わたしを食い入るように見ている生徒の姿も。


 メンタルヘルスで学年トップの成績を収めたクラスのわりに、これはどうしたことでしょう。きくらげメニューを義務としなかったために学級崩壊を起こした、F組の生徒たちのようではありませんか。


 勿論、生徒の健康管理がうまくいかない理由を全てビタミンDの欠乏に起因させるのは間違っています。あなた方はセレブレ計画の第一期生として、山のような試行錯誤のなかで育てられました。わたしたち担当官も、あなた方をどのように育てれば心身ともに健康な若者に育て上げられるか、手探り状態でもありました。


 いくつものイレギュラーがあり、いくつもの葛藤、そして、いくつもの不幸がありました。失敗がなかったとはとても申し上げられません。ですが相対的にH組が健康、かつ健全に育まれたことは、誰も否定できないのではないでしょうか。


 一般生徒たちが出荷を待つ野菜のように育てられたのに反し、あなた方H組の皆さんはあくまでも人間として育てられました。


 人間と野菜の違いはなんでしょう。そう、「言葉を話せること」ですね。

 野菜は言語を操れません。

 そして「自由意志をもつこと」も大事な違いです。全員が読了したとは思えませんが、クラスの図書館にわざわざ哲学書を入れた甲斐があるといいのですけれど。


 思うに人間とは何かという問いは、必ず精神の陶冶(とうや)に役立ちます。いまや外の世界でも、哲学書は高値で流通する中古品しかありませんが、そんな高い買い物をしてまで皆さんに多様で深みのある本を与えたことの意義は、いつかきっと理解できると思います。


 聖良さんたちの班も、容姿に思い悩むだけが人間ではありませんよ。だいいち皆さんは、どんなに日焼けをしていても、非常に健康的で、魅力的ですよ。

 真夏の屋外で部活動に励めば、みんなそういう肌になります。だから女の子だからといって、必要以上にへこまないでください。


 さて、わたしがこの手紙を通じて皆さんに語り残しておきたいのは、H組が他の生徒たちと違って特別なものだった、ということの確認です。

 実感しにくいことかもしれませんが、気づいている生徒はとっくに理解しているでしょう。


 健康的に育つことは、どのクラスでも必須の目標です。あなた方はその点でも、非常に高い成績を残しました。けれどあなた方の優秀さは、健康という物差しに留まりません。あなた方は一般生徒が持ちえない基準、まったく別の物差しで測られていたのです。


 語彙の豊富な皆さんなら、それを正確に答えられると思います。

 ――人間性。

 そのとおりです。わたしはあなた方に人間性を求めました。出荷されていく野菜とは異なる存在となるよう、手塩をかけて育てました。

 その意味で、このH組は特別なクラスでした。


 他クラスとの交流が制限されていることから、みずからの特別さを意識する機会は少なかったかもしれません。けれどそうした制限は、あなた方が悪影響を受けることを危惧して設けられたのではありません。


 実態はむしろ逆で、あなた方が他の一般生徒に負の影響を与える可能性を最小化するためのものでした。先ほどの比喩でいえば、野菜を人間に変えてはいけないのです。

 それが地上の世界がわたしたちに課した、この地下世界のルールでした。

 セレブレはセレブレのまま。人間である必要はないと。


 ここまで話せばどんなに頭の鈍い生徒でも、H組の特別さがわかってきたのではないでしょうか。先ほどわたしは「自由意志」と書きましたが、人間性を測る基準はそれだけではありません。一般生徒とあなた方が根本的に異なる点。わたしはそれを、皆さんが「絶望」を知っていることだと思っています。

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