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銭湯

 陽が落ちて間もない暗がりの中、メルとマナはスラム街を歩いていた。この時期のラミュールは温暖な気候なので夜でも少し暖かい。二人の服装も気温相応のものだ。

 二人はしばらく歩いて目的地である銭湯に到着した。

 

「メルちゃんはいつも一人で浴室に入るの?」

「そ、そうですよ!他に誰がいるですかぁ!」


 マナの何気ない質問にメルは過剰に反応する。


「そ、そうだよね。あはは……」


 銭湯はスラム街の中央に位置していて価格はとても安い。その割には掛け流しの浴槽で建物もしっかりとしている。


 暖簾をくぐると広いフロントが二人を迎えた。数メートル先の番台はマナの想像よりも低い位置にあり、マナはしばらく視線を彷徨わせた。


「マナさん、何してるんですか?」

「あ、いやぁ。なんでもないよ。それより早くお風呂入ろう」

「……?」


 マナは慌てて首を横に振ると番台に話しかける。


「あの。二人で入りたいんですけど……」


 番台は年老いた男性で薄い白髪頭。丸眼鏡をかけていて威厳のある老人というよりは何があっても怒らないお爺ちゃんといった柔らかい顔をしている。


 番台のお爺ちゃんはマナに話しかけられると読んでいた本を置き二人に柔らかい笑顔を見せた。


「おやおや、初めて見る顔だね。ようこそいらっしゃいました…………おや、後ろにいるのはメルちゃんかい?今日はイナビ君じゃなくて冒険者のお嬢ちゃんと一緒なんだね」


 番台のお爺ちゃんの言葉にマナは咄嗟に聞き返した。


「え、ぼ、冒険者ってわかるんですか?」

「ああ、ここらは魔法体質を持っている人が多いからね。その人の中に冒険者の人もたくさんいるんだ。もう二十数年も見てきたからね。お嬢ちゃんにもそれと同じようなものを感じ取ったわけ」

「そう……ですか……」


 番台のお爺ちゃんが言うように魔法体質を持つ者が冒険者になる事は珍しくない。むしろ魔法が使える方が冒険者としての活動もしやすく、ギルドも有益な魔法を使う者は勧誘を受けたりもする。しかし、立場上魔法体質を持つ者が冒険者になると魔法がずるいのなんのと皆から言われ、ギルド役員の中にもそう言う者がいるため他の冒険者と比べるとその稼ぎは極端に少なくなる。

 マナはこれがとても不愉快に思っていた。正義であるはずのギルドが差別を行い、その上で使える者は使う。イナビもその例の一つで、彼の魔法があれば大規模な手術が必要な怪我や病気がほんの数分で終わってしまう。勿論それが便利でないはずも無く、ギルドが半ば強制的にイナビを『ギルド赤十字』に入団させた。

 矛盾するようだが、ギルドは極端に魔法体質を持つ者達を嫌っている。故に自分の管理下にある冒険者には同じパーティ以外の魔法体質を持つ者との接触を禁止している。これを破れば罰があり、最悪の場合冒険者という職を失うことになる。


 番台のお爺ちゃんはメルの境遇を知っているのでギルドに届け出られる可能性があるので、この時マナは非常に焦っていた。


「……あの…………」


 何を考えても答えの出そうにないマナはとりあえず声を出すが続ける言葉がなくその場で後悔した。

 そんな彼女を見かねたのか、番台のお爺ちゃんはニコリと柔らかい笑顔を見せる。


「はっはっは、そんな怖がらなくても。おじさんそんなにも意地悪じゃないから」


 そう言うと手前の引き出しからロッカーの鍵を二つ取り出した。


「一人1MGね」

「あ、はい…………えと、あがとうございます」

「いやいや、御礼を言うのはこっちのほうだよ。ありがとう」




 二人が入り口から向かって右の女湯の暖簾をくぐった直後、入り口から一人の男が顔を覗かせる。


「おや、初めてのお客様がまた来たのかね?」


 男は40代程度で枝毛の跳ねた長い茶髪に記憶が正しければ旅人の着用する服装をしていた。


「ああ、爺さん。アウバトマってどこに置いときゃいいんだ?」

「アウバトマ……ああ、前の道に放してもいいよ。逃げてもこの辺の人達は優しいからすぐ見つかるからね」

「あー。駐めててもいいよな」

「ああ、いいよ。」


 すると男は一旦外に出て十数秒で戻って来た。近くで見るとますます旅商人のような気がするので番台は男に尋ねる事にした。


「旅商人だね。この街(ラミュール)は初めてかい?」


 番台がいつもの笑顔で尋ねると男は豪快な笑みを返した。


「おう、よくわかるな。この街も今回が初めてだ」

「やはりそうですか。第一印象を良く持ってもらえていれば幸いですな」

「はっはっ。大丈夫だ爺さん。あんたの笑顔のおかげで印象は好評だ」

「それはよかった」


 旅商人は1MGを取り出すと番台に渡す。


「さっきの二人の聞いてたんだけど片方が魔法を使えるな……俺の勝手な意見なんだが、この街ちょっとばかし変じゃねぇか?」


 メルと冒険者の話を出したところ旅商人の言いたいことの大半は把握できる。

 即ち、魔法体質を持った者への差別。


「ああ、変だね。でもこの老いぼれが物心ついた頃からずっとこんなのだったから、とっても可哀想だけど日常の一部みたいな所はあるね」

「それでこんな所で銭湯なんてやってる訳か」


 番台はその言葉を聞くと満足そうに笑い、引き出しから鍵を取り出す。


「ありがとうね、優しい旅のお方。どうぞごゆっくり」

「おいおい、優しいなんてやめてくれよ。俺は金に汚ねえ旅商人だ」


 旅商人は照れながら鍵を受け取ると右の脱衣所へ向かう。


「これこれ、そっちじゃないよ。まさか字が読めない訳じゃないですな?」


 番台が声を掛けると旅商人はギクリと肩を動かした。そしてゆっくりと振り向き残念そうな顔を満面の笑みにして……


「通報しますぞ」

「ッ!あの二人は見逃して俺はダメってかぁ」

「(ニコ)」

「すまん。冗談だ……」


 旅商人は肩を落とすと大人しく入り口から向かって左の男湯の暖簾をくぐった。


「全く、監視しなきゃならんではないか……」


 番台は男湯から旅商人が出て来るまでの読みかけの本を読むのはお預けとなった。

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