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旅商人

 イナビは今日も仕事場への呪詛を頭の中で反復していた。

 前髪に隠れた眼下には深々とした隈が刻まれているため、今日の仕事が容易にこなせるものではなかった事が一目瞭然だ。

 イナビが中央広場の病院から出ると、収穫の大門からの眩しい斜陽に目を細める。

 いつもならここで収穫の大門方面のメインストリートへ向かうのだが、今日は珍しくどうするかを考える。

 何故かというと、今日は給料が貰えなかったからだ。一人だけ日給のイナビはその日の頑張りで給料が変わる。だか、今日イナビが給料を貰えなかったのはサボっていたらかではない。


 イナビは思い出すだけで腹が立つので仕事の事は一旦忘れる事にした。そしていつも通りメインストリートへ向かう。

 持ち合わせている金額ではいつも買っている激安の幕の内弁当すらも買えない状態なので、路地の奥の袋小路へ足を運ぶ。


 ここはメインストリートでの陣取り弱者等が店を連ねる場所であり、メインストリートと比べ売り上げが1/4程に落ちる負け組の袋小路である。その理由は多々あるが中でもアクセスしにくい事と汚い事が大きいだろう。彼等で掃除をしているものの、メインストリートの勝ち組は平気でゴミを捨てに来る。そんな所にわざわざ買いに来る客は勿論少ない。なので負け組達は客が来るよう商品を減額する。故にイナビはこの袋小路に来たのだ。

 ちなみに、屋台は一週間に一度引き上げなければならない決まりがあるので昨日今日大儲けしていた屋台がその一週間で壊滅的損害を受ける事もある。が、大体同じ屋台が袋小路に並んでいる。陣取り弱者はいつまでも陣取り弱者という事だ。しかしそれはずっと袋小路で屋台を出していても潰れない袋小路屋台のプロフェッショナルという事を意味している。なんとも残念な称号だか、実際凄い事なのだろう。


 袋小路を見たイナビは、以前来た時より圧倒的に綺麗な景色に驚いた。入り口もゴミの1つも落ちていなかったので今週は綺麗好きな人の屋台があるのかとイナビは思う。偶然か客の姿も見える。


「ちょっと、そこのお兄さん」

「……?」


 男の声に辺りを見渡す。


「こっちだよ、こっち」


 声のする方向を向くと、骨董品の並んだなんとも胡散臭い屋台からからこちらに手を振っている男が目に入る。


「こんな所に居るくらいだから金に困ってんだろう?な、俺んとこで買って行かねえか」


 怪しい壺や絵画を見せびらかす男に思わずため息が出てしまう。


「金がねえ奴がそんなん買うと思ってんのか。そもそもこんな所まで骨董品漁りに来る奴すらいねえよ」

「何言ってやがる!こんな所だからこそだろ!」

「あー、わかったわかった。俺はいらないから。じゃあな」


 イナビが手を振り骨董屋から離れようとした時、袋小路の入り口から荷車を引く音が近づいて来た。

 見ると、歳は40代程の男が布の被った荷車を引いてこちらへやって来る。何を運んでいるのか歪な形に膨れ上がった布は見ているだけで疲れる重量を誇っている。

 その男はイナビと骨董屋の男の前で立ち止まると、骨董屋の男が見せびらかしていた壺に見入る。


「これ、手に取って見てもいいか?」

「あ、ああ」


 突然の来客に骨董屋の男は混乱しながらも答える。

 男は壺をあらゆる角度で眺めた後、骨董屋の男の方を向いた。


「これ、いくらだい」

「ご、50MGだけど、オッサンこれ買うのか?」

「…………まあ、十分安いし。このまま買うか」


 男は壺を買うと、大はしゃぎする骨董屋から離れたスペースに移動し荷車の布を剥ぐ。骨董屋の男のはしゃぎ具合が異常なのでイナビも少し距離を取ることにした。

 距離を取ると言っても袋小路の大きさは広くもないが狭くもないので、骨董屋の声が丁度いい感じに神経にさわる。

 骨董屋の男をいちいち気にしている暇の無いイナビはその後、当初の目的である弁当を探し始める。しかし、イナビは現在7MGしか持ち合わせておらず、自分の弁当とメルの弁当を買うためには3MG以下の売る意味の無い超大赤字弁当を見つけなければならない。

 イナビは必死で探すが、まずこの袋小路には食料を扱っている屋台が存在しない事に気がつく。


「俺、何してたんだ」


 イナビは自嘲気味な独り言の後、他の袋小路を探しに歩き出した。




 呼び止めようか……


 男はそう思っていた。

 袋小路(負け組)から出て行く黒髪の少年と()()()()()を交互に見る。

 『西の街ネクトロスの山菜弁当』

 その弁当には1MGと書かれた札が貼ってある。


「ま、いいか。面倒くさいし」


 そう言いながらも男は立ち上がった。

 荷車に布を被せて移動を開始する。どうにもあの骨董屋の男が腹立たしいので場所を変えるのだ。


「バーカ。あの壺ならさっきの100倍以上の値が付いてたよ」


 男は骨董屋の男に聞こえないようにその場を去った。

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