S級冒険者の日常
ラミュールの中央広場から西に伸びるメインストリート。その先には街の唯一の出入り口である『収穫の大門』が聳え立っている。左右は、街を取り囲んでいる石造りの厚い壁。
何故壁に囲まれているのかと言うと、街の外はリトル・ダンジョンと言う穴から好戦的な怪物が湧き出て来るからだ。
たった今、収穫の大門を潜り抜けて街へ入った冒険者パーティがいた。
人数は六人。全員若い。しかしその誰もからは圧倒的な力を伺える。
彼らはS級冒険者。
冒険者という職業は、街の外で怪物を狩りしたり、リトル・ダンジョンの無力化(怪物が湧かなくなる)をする事で稼ぎを出している。
冒険者はD〜Sに階級分けされていて、かけだし冒険者はD級。経験を重ね、"ギルド"から認められればC、B、Aと階級が上がり、その上限がS級だ。しかし、D級からC級に昇格するためには平均で5年の努力が必要になり、BやA、S級はその数倍、数十倍の努力を重ねなければならない。
しかし、そのパーティの全てのメンバーの年齢は二十代前半がほとんどで、十代の少女までもがメンバーにいる。
彼らは特別なのだ。生まれつき卓越した才能を持ち、血が滲む努力をしてS級冒険者になったのだ。
辺りの誰もが彼らに注目する中、彼らは緊張感の無い話し声を残し、メインストリートの人混みに消えていった。
メインストリートには食べ物や雑貨の屋台が所狭しと並んでいる。
冒険者は戦利品の換金を中央広場のギルドで行う。その通行のためメインストリートを使うのだが…………いかんせん誘惑の多いこの道では流石のS級冒険者も欲には負けるようだ。
マナは寄り道を重ねるパーティメンバーに手を焼いていた。
「あ、ちょっとソマーさん!ご飯は換金の後でしっかり計算してから…………」
「もー。マナちゃん昔から同じ事ばかり言って。どれだけ稼いだらそのビンボウショウが治るのさ。僕らもうS級冒険者だよ?」
「昔から同じ事ばかりして、もう私たちS級冒険者ですよ?酒場で稼ぎを全て散財するのがみっともない事だといつ気がつくんですか」
マナは肩を落とす。このパーティは毎日稼ぎはいいのだか、それ以上に財布が緩い。毎晩酒場でその日の稼ぎのほとんどを使い果してしまう。
おかげでマナはS級冒険者になっても生活には苦労していた。
「バァカソマー。マナは想いの人に手料理を振る舞っているんだよ〜。もう少し節約してあげよ」
「あぁ!?お前今俺の事バカって…………は?想いの人?」
パーティメンバーでマナ以外のもう一人の女の子が音量2/3ほどの大きさで言った。
「な、何で言っちゃうのニア!っていうか、何で知ってるの!?」
「くふふ、このニアちゃんは潜伏の天才ですよ〜。マナが酒場に来ない日なんかはこっそり後を付けてたりしてたぜ〜」
ニアの家系は先祖代々盗賊をしている。その家柄から、普段から気配を消す事が得意で、この大声がなければすぐに見失ってしまう。
マナはニアにストーカーされていた事を知ると、慌ててパーティメンバーから離れた場所に引っ張っていく。
「ニ、ニア?もしかして私の会ってる人達の事って……」
「ご安心を〜ニアちゃんはお口がかたいので、口止め料さえ貰えれば誰にも話しませんよ〜」
「お金は要求するのね……」
他人からすると「そこまでやる必要あるの?」と思うが、マナが秘密裏に会っている人は魔法体質を持っている。S級冒険者とあろう者がまともな人権すら与えられていない魔法体質者と親しくするのは道徳的にマズイ事なのだ。
「ありがとうニア。じゃあ、はい、これ。1Gでいい?」
「やった〜。これで今日もカロウ鳥の丸焼きをたくさん食べれる。ありがとうマナ!」
1Gという大金を遠慮せずに受け取るのは、決して彼女が欲深いからではなく、「絶対言わない」の意思表示のためだ。
「まさかだけど、それ全部使ってカロウ鳥の丸焼きを?」
「そうだけど?」
「た、食べれるの?」
因みに1Gは1000MGと同等の価値がある。
そこそこ高いと言われているカロウ鳥の丸焼きですら120MGが相場なのに、それを1G分食べるとなると単純計算で8羽食べなければいけない。
カロウ鳥の丸焼きはマナも以前何度か食べたことがある。炭火で焼かれたカロウ鳥は一口噛めば肉汁が溢れ出し、炭火焼鳥の香りが鼻腔全体を刺激する絶品としか言いようのないものだったが、大きすぎて半分までしか食べきれなかった記憶が蘇る。
マナはニアの大食いっぷりに苦笑いした。
「あ、今食べられるわけないって思ったでしょ〜。ニアちゃんがおーだぞ〜」
「思ってないよ!…………そろそろ行こ?」
二人は遠くで待っているパーティメンバーの所へ駆け寄る。
「遅い、さっさとギルドで換金してもらうぞ」
「「ソマーに言われたくない!」」
S級冒険者達の笑い声はメインストリートの喧騒に消えていく。
それは日常である。毎日繰り返す事だ。安全に依頼をこなし、笑って帰る。これが当たり前の事。
彼らにとっての日常だ。